祥吾が冷たい水で濡らした手拭いを持って、枕元に座り込み
千草のひたいにあてる
「……うう、頭が、割れるようでございます……」
千草はふとんに寝たまま、額に手を当てて小さく呻いた。
いつもなら祥吾が起きる前に身支度を整え
家畜などの外の見回り、朝餉の支度にとりかかるはずが
床から起き上がれなかったようだ
「申し訳ありません旦那様
すぐに、朝餉の支度を――」
顔をしかめながら、無理に起きようとする千草を押しとどめ
祥吾は言った
「無理をするな
二日酔いのつらさは、俺にも経験がある
いやというほどな」
過去の悲惨な場面を思い出し、苦笑いで言う
「あのぉ、旦那様?」
千草が恐る恐る尋ねてくる
「夕べの私は一体――」
「覚えてないのか?」
「はい……」
申し訳なさそうに答える千草に、笑って答える
「何もない
千草が酔って寝てしまった他はな」
ほっとする千草に向かって
「今日は俺が、千草の仕事を全部やるから
安心して寝ていなさい」
「ですが――」
「そうでないと、明日も捜索にいけなくなるぞ」
ぐっと詰まる千草
さすがに、それは嫌なようだ
「心配せずとも任せるがいい
万に一つも、しくじる気遣いはない」
胸を張って部屋を出て行く祥吾
それを、心配げに見つめる千草には、全然気づかなかった
意気揚々と取りかかった祥吾だったが、いきなり家畜小屋でつまづいた
ハナもポチたちも、祥吾が搾乳しようとすると逃げ出す
タマたちは、七色の卵を隠し、取られないように抵抗する
なだめ、すかしやっとのことで完遂した頃には、日が大分高くなっていた
慌てて朝餉の用意をする。
千草には、おかゆを用意する
作ったおかゆに、梅干しをつけて部屋へはこぶ
申しなさげな千草だったが、おかゆの出来に驚いたようだった
「旦那様、台所しごともおできになるのですか?」
そう言った後で、千草は、はっとして気まずそうな顔になった
「そうだ、軍隊でも新米が食事係をやらされるからな
いやでも、うまくなるのさ
洗濯や掃除もうまいものだぞ」
屈託のない祥吾の答えに、千草がクスクス笑う
(うん、千草はその笑いの方がいいな)
祥吾も一緒に笑いながらそう思った
その後、昨夜の夕餉の残りで朝餉をすませ
洗濯に取りかかる
洗濯かごから洗濯物を取り出そうとすると
一番上に神爺が寝転がっていた
「何でこんなとこにいるんだ?」
「まだ、気持ちが悪い
洗ってくれ」
「はあ?」
「妻の責任は、夫の責任でもあるじゃろ」
「……分かった、洗ってやる」
祥吾は、ニヤリと笑って神爺をしっかり両手で捕まえた
洗濯を終えると、外の掃除、家畜の餌やり、畑の見回り
疾風を連れての、川への水くみ
昼がきて、千草への昼餉のおかゆを用意し、部屋へ持って行く
千草は、もう大丈夫だからと起きようとするのを
明日の捜索の件を再度持ち出し休ませる
自分の昼餉は、昨夜のまだ残っている分で済ませ
腹ごなしがてら、外を散歩する
「おーい、祥吾」
神爺が声をかけてくる
下からでなく上から
干された洗濯物の中に
着物の両袖に洗濯ひもを通されてぶら下がっている神爺がいた
「この仕打ち、ひどいではないか」
「これが一番風通しがよく、臭いも消えるんだよ」
笑いながら祥吾が言う
「これが、夫の責任の取り方だ」
「ふむ、夫のう……」
神爺が意味ありげにつぶやく
「な、なんだ、その言い方は」
「おぬしら、まだ、真の夫婦になっておらんであろう」
たじろぐ祥吾
「そ、それは、まだ、し、しょ……ゃ」
だんだんと声が小さくなる
「なんと! そちらもまだだったのか!」
「ち、ちがうのか!?」
「わしは、心のつながりのことを言ったのだがな」
「う、うそだ! 絶対うそだ!」
祥吾が、怒って洗濯ひもを揺らす
神爺の体が、洗濯ひもを中心に大車輪のようにぐるぐる回る
「やめんかー! 謝るから止めてくれー!」
神爺を止めた祥吾は、疲れたようにその場に座り込む
そのまま見上げた空は、あちらの空と変わりがないように見えた
(あちらに戻る……か)
「おぬし、まだ決まらぬようだの」
神爺の声に、真摯な響きを感じ、そちらを見上げる
「ああ そうだな」
「変わったやつだのう
大概の者は、半狂乱になって元へ帰せと食ってかかるがの」
「そうなのか?」
「おお、もっと心弱き者は、本当に狂ってしまう」
「そうか……」
祥吾は体を倒し、寝転んだ
しばらく沈黙が続く
「……俺は……分からん
……いや、そうじゃないな
怖いんだな」
「怖いとな?」
「あちらに帰ったら
千草が……会ったすぐのような千草に戻ってしまう気がしてな」
祥吾は思う
あちらの世界であれば、縛られていたであろう
様々のしがらみ
それらを、自分は解いてやることができただろうか
この世界で見せる
様々な表情をさせることができただろうか
自分をも縛るしがらみをものともせず千草を守る
「俺には、そんな強さはない」
自嘲気味に吐き捨てる言葉は、翻って祥吾に突きつけられる
「そうだな、千草を言い訳にしてるな
俺自身の問題なのに」
「おぬし……」
神爺の呼びかけに、祥吾は答えなかった
ただ、ひたすらに、どこの世界とも分からぬ空を見上げていた
夕方には、千草は元気になっていた
祥吾の手を煩わせたことを、しきりに恐縮する千草に
祥吾は感心したように言う
「いや、千草がやってくれていたことが、
こんなに大変なことだとは思ってもみなかった
これが毎日とは、本当にたいしたものだ」
「そんなことはございません
まだまだ、至らぬところもございますれば」
「そんなことはない
本来は、使用人何人かで分担する仕事のはずだ」
そう言ってから、千草をまっすぐ見て
「そこでだ
明日からは、俺も仕事を分担する
今更で申し訳ないが
水くみなど、力仕事は俺がやることにしよう」
「そんな! 滅相もないことでございます」
「いいや、ここには俺たち二人しかいない」
「わしもおるが」
橫から聞こえる声は無視する祥吾
「他に助けてくれるものもいない
ふ、夫婦で助け合っていくのが
と、当然と思うが、どうだ」
千草は、それでも釈然としないようだった
「それに、俺は今、仕事がない
これでは夫としての立つ瀬がない
無職ではな」
「無職……」
そうつぶやいて何事か考え込む千草
「そう無職、だから――」
「分かりました、旦那様!」
言いくるめようとした祥吾の言葉をさえぎって
千草がきっぱり言う
「捜索という外の仕事は、旦那様
屋敷の仕事は、私
その覚悟で、これからは取り組めと言うことですね」
「い、いや、そういうわけでは」
「私は、忘れておりました
家を守り
お、夫が心置きなく仕事ができるようにつとめることこそが
つ、妻の役目でありましたのに」
「いや、だから」
「明日からは、一層身を粉にして旦那様をお支えしてまいります」
強い意志を秘めながらもどこか、必死さがにじむ目で祥吾を見る千草を
どう説得したものかと、途方に暮れる祥吾だった
千草のひたいにあてる
「……うう、頭が、割れるようでございます……」
千草はふとんに寝たまま、額に手を当てて小さく呻いた。
いつもなら祥吾が起きる前に身支度を整え
家畜などの外の見回り、朝餉の支度にとりかかるはずが
床から起き上がれなかったようだ
「申し訳ありません旦那様
すぐに、朝餉の支度を――」
顔をしかめながら、無理に起きようとする千草を押しとどめ
祥吾は言った
「無理をするな
二日酔いのつらさは、俺にも経験がある
いやというほどな」
過去の悲惨な場面を思い出し、苦笑いで言う
「あのぉ、旦那様?」
千草が恐る恐る尋ねてくる
「夕べの私は一体――」
「覚えてないのか?」
「はい……」
申し訳なさそうに答える千草に、笑って答える
「何もない
千草が酔って寝てしまった他はな」
ほっとする千草に向かって
「今日は俺が、千草の仕事を全部やるから
安心して寝ていなさい」
「ですが――」
「そうでないと、明日も捜索にいけなくなるぞ」
ぐっと詰まる千草
さすがに、それは嫌なようだ
「心配せずとも任せるがいい
万に一つも、しくじる気遣いはない」
胸を張って部屋を出て行く祥吾
それを、心配げに見つめる千草には、全然気づかなかった
意気揚々と取りかかった祥吾だったが、いきなり家畜小屋でつまづいた
ハナもポチたちも、祥吾が搾乳しようとすると逃げ出す
タマたちは、七色の卵を隠し、取られないように抵抗する
なだめ、すかしやっとのことで完遂した頃には、日が大分高くなっていた
慌てて朝餉の用意をする。
千草には、おかゆを用意する
作ったおかゆに、梅干しをつけて部屋へはこぶ
申しなさげな千草だったが、おかゆの出来に驚いたようだった
「旦那様、台所しごともおできになるのですか?」
そう言った後で、千草は、はっとして気まずそうな顔になった
「そうだ、軍隊でも新米が食事係をやらされるからな
いやでも、うまくなるのさ
洗濯や掃除もうまいものだぞ」
屈託のない祥吾の答えに、千草がクスクス笑う
(うん、千草はその笑いの方がいいな)
祥吾も一緒に笑いながらそう思った
その後、昨夜の夕餉の残りで朝餉をすませ
洗濯に取りかかる
洗濯かごから洗濯物を取り出そうとすると
一番上に神爺が寝転がっていた
「何でこんなとこにいるんだ?」
「まだ、気持ちが悪い
洗ってくれ」
「はあ?」
「妻の責任は、夫の責任でもあるじゃろ」
「……分かった、洗ってやる」
祥吾は、ニヤリと笑って神爺をしっかり両手で捕まえた
洗濯を終えると、外の掃除、家畜の餌やり、畑の見回り
疾風を連れての、川への水くみ
昼がきて、千草への昼餉のおかゆを用意し、部屋へ持って行く
千草は、もう大丈夫だからと起きようとするのを
明日の捜索の件を再度持ち出し休ませる
自分の昼餉は、昨夜のまだ残っている分で済ませ
腹ごなしがてら、外を散歩する
「おーい、祥吾」
神爺が声をかけてくる
下からでなく上から
干された洗濯物の中に
着物の両袖に洗濯ひもを通されてぶら下がっている神爺がいた
「この仕打ち、ひどいではないか」
「これが一番風通しがよく、臭いも消えるんだよ」
笑いながら祥吾が言う
「これが、夫の責任の取り方だ」
「ふむ、夫のう……」
神爺が意味ありげにつぶやく
「な、なんだ、その言い方は」
「おぬしら、まだ、真の夫婦になっておらんであろう」
たじろぐ祥吾
「そ、それは、まだ、し、しょ……ゃ」
だんだんと声が小さくなる
「なんと! そちらもまだだったのか!」
「ち、ちがうのか!?」
「わしは、心のつながりのことを言ったのだがな」
「う、うそだ! 絶対うそだ!」
祥吾が、怒って洗濯ひもを揺らす
神爺の体が、洗濯ひもを中心に大車輪のようにぐるぐる回る
「やめんかー! 謝るから止めてくれー!」
神爺を止めた祥吾は、疲れたようにその場に座り込む
そのまま見上げた空は、あちらの空と変わりがないように見えた
(あちらに戻る……か)
「おぬし、まだ決まらぬようだの」
神爺の声に、真摯な響きを感じ、そちらを見上げる
「ああ そうだな」
「変わったやつだのう
大概の者は、半狂乱になって元へ帰せと食ってかかるがの」
「そうなのか?」
「おお、もっと心弱き者は、本当に狂ってしまう」
「そうか……」
祥吾は体を倒し、寝転んだ
しばらく沈黙が続く
「……俺は……分からん
……いや、そうじゃないな
怖いんだな」
「怖いとな?」
「あちらに帰ったら
千草が……会ったすぐのような千草に戻ってしまう気がしてな」
祥吾は思う
あちらの世界であれば、縛られていたであろう
様々のしがらみ
それらを、自分は解いてやることができただろうか
この世界で見せる
様々な表情をさせることができただろうか
自分をも縛るしがらみをものともせず千草を守る
「俺には、そんな強さはない」
自嘲気味に吐き捨てる言葉は、翻って祥吾に突きつけられる
「そうだな、千草を言い訳にしてるな
俺自身の問題なのに」
「おぬし……」
神爺の呼びかけに、祥吾は答えなかった
ただ、ひたすらに、どこの世界とも分からぬ空を見上げていた
夕方には、千草は元気になっていた
祥吾の手を煩わせたことを、しきりに恐縮する千草に
祥吾は感心したように言う
「いや、千草がやってくれていたことが、
こんなに大変なことだとは思ってもみなかった
これが毎日とは、本当にたいしたものだ」
「そんなことはございません
まだまだ、至らぬところもございますれば」
「そんなことはない
本来は、使用人何人かで分担する仕事のはずだ」
そう言ってから、千草をまっすぐ見て
「そこでだ
明日からは、俺も仕事を分担する
今更で申し訳ないが
水くみなど、力仕事は俺がやることにしよう」
「そんな! 滅相もないことでございます」
「いいや、ここには俺たち二人しかいない」
「わしもおるが」
橫から聞こえる声は無視する祥吾
「他に助けてくれるものもいない
ふ、夫婦で助け合っていくのが
と、当然と思うが、どうだ」
千草は、それでも釈然としないようだった
「それに、俺は今、仕事がない
これでは夫としての立つ瀬がない
無職ではな」
「無職……」
そうつぶやいて何事か考え込む千草
「そう無職、だから――」
「分かりました、旦那様!」
言いくるめようとした祥吾の言葉をさえぎって
千草がきっぱり言う
「捜索という外の仕事は、旦那様
屋敷の仕事は、私
その覚悟で、これからは取り組めと言うことですね」
「い、いや、そういうわけでは」
「私は、忘れておりました
家を守り
お、夫が心置きなく仕事ができるようにつとめることこそが
つ、妻の役目でありましたのに」
「いや、だから」
「明日からは、一層身を粉にして旦那様をお支えしてまいります」
強い意志を秘めながらもどこか、必死さがにじむ目で祥吾を見る千草を
どう説得したものかと、途方に暮れる祥吾だった
