とある大正新婚夫婦の異世界転移サバイバル!日記 〜動植物学者の父に鍛えられたマイペース妻の知識がチートすぎて、未知の魔境を無双でまったり開拓していきます〜

永遠に続くと思われた混沌はあっさりと終わりを告げた

真っ黒な神爺の前には、正座させられた祥吾と千草
その後ろに、疾風とアズキが控える

「だいたい、お主たちは、神への崇敬の念が足りん!」

祥吾が手を上げて抗議する

「それは、先ほども聞いたのですが?」
「それが、不信心じゃと言うておる
 黙って聞いとらんか!」
神爺の怒りは、なかなか収まらない

「それにしても
 あの花に飲み込まれて
 いっしょにアズキの炎で焼かれても無事だとは」
「さすがは、屋敷神様ですわ」
「そうだな」

とたんに、怒りが収まる神爺
「そうか?」
「ええ、とても他のもの
 いえ、他の神様でも、なかなかここまでは」
うんうんと肯く神爺
「そうじゃろう
 火事であろうと、大水であろうとわしには通じぬ
 たとえ屋敷が壊れようと
 わしさえ無事であれば、復活するのも容易い事じゃ」
「えっ 屋敷は壊れるのか?」
「あたりまえじゃ
 実際、本宅も何度か被害におうておる」

「それでは、あのお屋敷も——」
心配そうに千草が聞く
「いや。あれは今のところ大丈夫じゃ」
「今のところって、どういう事だ?」
「この世界の地脈は、なかなかに強力でな
 それに神気もどきもかなりの濃さじゃ
 あれほどの結界は、もとの世界ではとてもはれんよ」

「それでは、ここが今の状態であれば
 大丈夫だということでしょうか」
「そういうことじゃ」

「では、安心して捜索が続けられるということですね」
千草は、いきなり立ち上がる
「旦那様、参りましょう!」
祥吾に向かって手を伸ばす
「まて、まて、千草
 さっきのことを忘れたのか」
差し出された手を取るかどうか迷いながら祥吾は言った
祥吾の言葉に気まずい顔になる千草
もともと、この状況に陥ったのは千草が原因だったからだ

混沌の終わりの始まりは千草からだった

膝から崩れ落ちていたが
すっくと立ち上がり、気合を入れるように両手で自分の頬を軽く数回叩いた

「終わったことを嘆いても仕方有りません
 次です!
 次に行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待て千草」
花の残骸を乗り越えて奥へ向かおうとする千草を
慌てて止める
「はい?」
不思議そうに祥吾を見る目は、もはや幼い千草の目だ
「あれを見ろ」
祥吾が指さす
その先には真っ黒になった神爺がいた

「あら、屋敷神様
 いったい、どうされました?」
不思議そうに聞く千草

(花以外、何も目に入っていなかったな)

その言葉に、神爺の堪忍袋の緒が切れたようだった
「疾風! よくもわしを蹴ったな
 アズキもじゃ!  わしごと焼きおったな!
 神罰じゃ、神罰を食らわせてくれるわ!」
 小さな体で怒り狂う神爺だが
 疾風は、どこ吹く風だ
 アズキはというと嬉しそうに尻尾を振っている
 褒められたと思っているようだった

二人が慌てて、神爺の怒りを宥めようとしたが、やぶ蛇になった
神爺の前に正座させられる羽目になったのである


「や、屋敷神様、消し炭にまみれて汚れておりますわ
 先ほどの川で汚れを落としましょう」
「ふむ、そうじゃのう
 このままでは、気持ち悪いしのう」

先ほどの失態を挽回するためか千草が言うと
機嫌を直しつつあった神爺がうなずいたので
一行は川へと引き返すことになった

先ほども感じていたが
改めて見回すと
この森の異様さが感じられる

祥吾が今まで体験した森は、
同じように薄暗くはあっても
大気そのものは清浄で場所によっては神々しさを感じるほどだった

だが、この森には、それがない
大気は重く淀んでいる気がして、呼吸をするのをためらうほどだ
木々も、素直に光に向かって伸びている感じがしない
まるで、それぞれに意思があるように勝手な方向に伸び
それが、進む者の行く手を阻む

一行は無言で進む
疾風は千草を、アズキは神爺を乗せている
千草は最初旦那様も乗らないなら自分も歩くと言っていたのだが
祥吾が無理矢理乗せた
不満げな千草だったが、お前が心配だからと言うと
心なしか嬉しげな気がした

祥吾自体は、片手を軍刀に添え、いつでも抜けるようにしていた
その祥吾に、神爺が小さな声で話しかけてきた

「そう気をはらんでもよい」
「だが——」
「アズキがおるからの
 他の魔物どもは近づいてこぬわ」
「アズキが?」
「小さくなったとはいえ
 この森の主じゃからな」
「そういえば
 アズキの体、少し大きくなっていないか」
「ほう、気づいたか
 案外鋭いのお
 たぶん、大気中の神気もどきなり、先ほどの花の魔物なりを
 吸収したのであろうよ」
その言葉に、祥吾は思わずアズキを見た
今の姿は、それなりにかわいい(?)が
「おい、元の姿に戻るんじゃあるまいな」
「戻るぞ」
「なにーっ!」
思わず大声を上げる

「旦那様、いかがしました!」
先を行く千草が振り返って疾風から降りようとしたのを
手を振って止める
「いや、大丈夫だ
 何でもないから」

「元に戻るって、戻ったらどうするんだ」
「心配するな、気性はこのままだ」
「気性はそのままといわれてもな、それに、どうやって飼うんだ」
「屋敷の畑の奥が空いておろう
 大ききくなったときは、そちらに住まわせればよい」

しばらく無言で進んでから、神爺が口を開いた
その声には、真剣な響きがあった

「おぬし、これからどうするつもりじゃ」
「えっ? 川に行って——」
「そうではない
 森の様子も見たであろう
 ここは、間違いなく元の場所とは異質な場所じゃ
 それをふまえて、お主は今後どうしたい?」
「それは、当然——」
『元いた場所に戻る』と言おうとしたが、その言葉が出なかった

「まあ、じっくり考えることじゃ
 時間はたっぷりあるでのう」
そう言う神爺の声が、やけに優しく聞こえる
それが少し癪に障った

「いやに、訳知り顔に言うな」
「それは神様じゃからの」
「煤だらけのか? たいした神様だ」
からかう祥吾に、神爺はむっとしたようだが
すぐに言い返す
「たいした神様じゃとも 祥坊」
ギクリとする祥吾
「し、祥坊って」
屋敷神はニヤリと笑う
「忘れたのか
 わしは、ずっと昔から、おぬしの家に住まう屋敷神じゃ」
そう言うと、千草に向かって叫ぶ

「奥方、こやつの幼き日の——」
「やめろー!
 やめてください お願いします」
思わず、土下座する祥吾だった