とある大正新婚夫婦の異世界転移サバイバル!日記 〜動植物学者の父に鍛えられたマイペース妻の知識がチートすぎて、未知の魔境を無双でまったり開拓していきます〜

千草は、叫んだあと、我に返ったように表情が元に戻った

目の前には、怯えて抱き合う二人
祥吾と、その胸に抱きかかえられている屋敷神

それを見るなり、千草は平伏した

「申し訳ございません、旦那様
 お恥ずかしい醜態をお目にかけ
 誠に面目次第もございません」

「なんじゃ、わしにではないのか」
不満顔の屋敷神
対して、屋敷神を邪険に机へ降ろした祥吾はご満悦だ

「千草の気持ちはわかるぞ
 すべての元凶は、こいつのせいだ
 こいつが、すべて悪い」
そう言いつつ、祥吾の腰は引けている

「何を言うか、わしがおればこそ
 おぬしたちは助かったのだぞ」

「そうだな、命は助かった
 それは認めよう
 だが、その結果が今の状態だ
 神様なら、最後まで責任を取ってもらわねば」

「責任とは?」
「元の場所に戻してもらおう」

「そ、それは——」
屋敷神は、その後の言葉が出ない

「そもそも、ここはどこなのだ?
 日本ではないことは、推察できるが」

「あのぉ…… 旦那様」
千草が遠慮がちに、話に割り込んでくる

「なんだ、千草」
「旦那様は、ここが地球上であると思っておられるのですか?」
「えっ?」
意外な問いに、祥吾が絶句する

「まだ、森を調べておりませんので
 確かなことは言えませんが、
 川縁の植物、遭遇した獣、そして、夜空の星座等から見まして
 ここが、地球でないのは、ほぼ、確かではないかと思われます」
「植物、獣、星座?」

祥吾は、ここが地球ではないという指摘より、
千草の、それを導いた、観察と思考に驚いた
ぎこちなく首を回して祥吾は、千草を見た

祥吾を見て息を呑む千草
その目を、不安定に揺らし、
すがるような表情で、祥吾を見つめる

祥吾が口を開く
千草は、ぎゅっと目を閉じ、体を縮めた

「すごいな、千草
 やはり、父上は学者だったのだな」
「えっ」
驚いたように千草は、目を開け祥吾を見た

「疑っていたわけではないのだが……
 いや、少し疑っていたな、千草が父上から教えられたことが
 軍人や武道家のように思えてな」

唖然としたように、祥吾を見つめ続けていた千草は、
突然両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ

その肩が小さく震えている

「ど、どうしたのだ、千草」
驚いて駆け寄ろうとする祥吾に、あきれたような声が飛ぶ

「まったく、的外れなことを
 奥方もあきれて笑いをこらえきれなんだようじゃな」
「えっ、俺は笑われているのか?」
「そうじゃ、まったく、おぬしは本当に……」
 
そう言う屋敷神の声と表情は、しかし、優しく穏やかだった

「さっき、奥方が言うた『ここが、地球でない』というのは
 わしもそう思っとる」
「どうして?」
「ここの地脈が、わしの知る地脈と、異なっておるからじゃ
 こんな地脈は、今まで見たことがない」
「そうなのか……」

祥吾は、事の重大さが、今更のように胸に迫ってきた
 
「まあ、そう深刻になるでない
 『腹が減っては戦はできぬ』というであろう
 まずは腹ごしらえじゃ」
「神様も腹が減るのか?」
「細かい奴じゃのう
 奥方、もうよいかの?」

呼ばれた千草が顔を上げる
その顔は、いつもの笑顔だ
なのに、祥吾はまぶしく感じ、めずらしく湿り気を帯びた目を
じっと見つめてしまった

「はい、旦那様、失礼いたしました」
「い、いや、気にしてない
 疾風やタマのせいで
 笑われるのはなれてしまったからな」
自分で言って、空しくなった祥吾は
「はは……」と
自嘲的な笑いを漏らした

だが、千草は、それには反応せず
「それでは、昼餉の用意をして参りますので
 旦那様は、お部屋でお待ち下さい」
「はい……」
しょんぼりと屋敷神といっしょに部屋へ向かおうとする祥吾

「お待ち下さい、屋敷神様、
 少しお話したいことがございます
 よろしいでしょうか」
「わしは、かまわんよ」
「俺は……」
「旦那様は、お部屋でお待ち下さい」
「はい……」
さらにしょんぼりして部屋へ向かう祥吾

祥吾の姿が見えなくなると
千草は、屋敷神に深々と頭を下げた
「お心遣い、有り難うございました」
「なに、年寄りのお節介じゃ
 気にせずともよい
 ただ、お節介ついでに言うが
 奥方は、もっと自分を出してもよいと思うがの」

千草は小さく首を振った
「分からないのです。自分の気持ちも、旦那様の気持ちも
 どうなっていくのか怖くて」
千草の目は、まだ、湿り気を帯びていた
「ふむ、『惚れた腫れたは当人同士の勝手』というからの
 これ以上口を出すのは野暮であろうな」

「それに」
屋敷神は、ニヤリと笑う
「あやつを、からかうのはおもしろかろうて」
その瞬間、千草の目が鋭くなり、
乾いた目となって屋敷神を見据えた

「屋敷神様」
その声は、冷たい響きで屋敷神を震え上がらせた
「屋敷神様、お分かりでしょうね」
「何がだの?」
「結界の件でございます」
「ああ、そなたが、あやつを危ないめ——」
屋敷神はそれ以上言えなかった
胴体をつかんでいた千草の両手の力がぐっと強まったためだ

「『敵に隙を見せるな。隙を見せたときは』
「み、みせたときは?」
「『敵をつぶ—— いえ、隙をふさげ』と
 父の教えですわ」
「い、いま、つぶすと言わなんだか?」
「いえ、気のせいですわ」
「わ、わしは——」
「お分かりでしょうね」
「はい、わかっております」
そこに、もはや神様はいなかった