ト或ル新婚夫婦ノ異世界転移サバイバル(?)日記 ~大正時代の新婚が異世界に転移したけど、妻はマイペースです~

障子をがらっと開けた西園寺祥吾の前に、
空気を引き裂くような轟音とともに、
すべてを押し潰すような炎の塊が迫ってきていた

ドクン、と心臓が跳ねた。
軍人としての彼の直感が、冷徹に終わりを告げる。

——ああ、間に合わない。
次の瞬間、彼の体は思考を追い越し、
背後にいた妻に覆い被さり、その分厚い背中で壁を作った。

轟音を耳にしながら、彼はただ、自分の背中が少しでも長く、
彼女を遮る盾であらんことを祈った。

「旦那様、旦那様」

覆い被されて、くぐもった妻の声がへんに熱っぽい
見ると顔が真っ赤になっている。

「あの……左様(さよう)に……昨夜はご満足いただけなかったのでございましょうか」

「はっ?」

祥吾の口から出たのは、軍人らしからぬ間の抜けた声だった。
脊髄を駆け抜けていた死の恐怖が、妻の放った言葉で、行き場を失って霧散する。

(昨夜は……いや、俺は緊張しすぎて、布団の端で寝ていただけ……!
 ち、違う……! いや違わないが、いや違う! 何を考えているんだ俺は!)

「もう、あんなにお日様が高くなっておりますし、せめて雨戸を閉めてからでないと……」

「な、何を言っている! 炎だ! 炎が、すぐそこに——」

祥吾が震える指で外を指差す。
視線の先では、天を突くような業火が、荒れ狂う龍のごとく屋敷に迫っていた。

——だが、届かない。

轟音を立てて渦巻く炎は、屋敷の境界線にある「透明な何か」に阻まれ、
そこから先へは一寸たりとも侵入できずにいた。

呆然と口を開けて固まる祥吾。
そんな夫の心中など露知らず、
千草はいつもの丁寧な所作で三つ指をつき、お辞儀をした。

「旦那様、朝餉(あさげ)の用意ができておりますわ。
 お味噌汁が冷めないうちに、お召し上がりくださいませ」

朝餉の席に着く
屋敷の外では、炎の龍のような魔物が結界に阻まれ、悔しげに吠えている。

だが千草は、味噌汁の湯気を見つめながら、のんびりと言った。
「旦那様、今日はお野菜を収穫してみませんこと?」

(俺の覚悟は…… )
祥吾は、遠くで吠える魔物を見つめながら、味噌汁を口にした。