勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

 
 坂の上には神社がある。
 黄泉の女神の杜がある。

      ☆

 緋色の桜が咲いた。
 その日、答えを受けに来た桜に対し、彼女を出迎えた柚真人は、司を傍らに、彼女に妹を預けることを断った。
「ただ、いろいろ話し合った結果、大学へは行きたいそうだ。だから、上には諸々その手配と……お前のとこで、バイトさせてやってくれ」
 しかし桜は、柚真人がそう返答をすることまで、わかっていたようだった。
 そして彼女は、いかにも訳知りといった顔で柚真人と司を交互に見つめ、司がその視線に耐え兼ねてちょっとだけ赤面してうつむきがちになったところで、こういった。
「――これで皇も草薙も滅びの預言を回避した。うまくやってくれたようね。あと、気づいてないようだから教えてあげるけど、非時香菓は、巫女の処女性まで固定できるのよ」
「!」
「だから貴方が彼女に触れるためには必要なことだったの。彼女の中の退魔の剣が鬼である貴方を受け入れるかどうかについては、貴方と彼女次第だったけど、貴方はかつて草薙の剣とともに戦っている。だから、あまり心配はしてなかったわ。それでも、お互いを求めるために命を賭けたこと、評価しましょう。私も、これでいい遊び相手ができたというものよ。――これから末永くよろしく頼むわね」
「!?」


 そのあと、桜の接待を司に任せて、神事の準備をしていると、隣に飛鳥がやってきた。今日は飛鳥も息子連れで神事に参加していたが、それはそれとして息子はそのへんにほったらかしているのが飛鳥らしかった。
「……ここ数日、ずいぶん清々しく朗らかだわよねお兄ちゃん」
「……」
「桜さん、なんて?」
「……司を、バイトで預かってくれるって」
「ふーん? じゃ、司ちゃんはここから大学とバイトに通うことに?」
「そうだな。学校には、行きたいというから。そう手配してもらった。表向きの戸籍は、草薙で用意できるそうだ。草薙司」
「……他にも、なにかありましたわよねえ、お兄ちゃん」
「……」
「……もしかして。……やることやりました?」
「………………………………………………まあ」
「うえっ、まじで」
「……まあ」
「……おにいちゃん」
「なんだ。あと、俺をお兄ちゃんと呼ぶな」
「……おにいちゃん!!! おまえ!!! やっっっっっとか!」
「!」
 飛鳥はなんでか妙に嬉しそうな顔になり、柚真人の背中を力いっぱい容赦なく遠慮なくばしんと叩いた。
 柚真人は不意打ちに驚き、
「――ちょ、おま!」
 と声を上げたが、
「おまえ!!! ほんっとに!!!」
 飛鳥は頓着したふうもなく、さらにばしばしと、やっとかこの、と遠慮なく背中を叩かれた。ついでにまた、背中からも蹴り飛ばされそうな勢いだ。
 ちなみに二人とも神事のために正装をしているので、見た目には正装姿の神職がじゃれあっているようである。
「お赤飯!!! 祝、脱童貞!!! おめで!!! とう!!!」
「!!?!? おまっ――やめろばか!!!」
「よかったー、俺、お前がこの先、千年もそのままだったらどうしようかと思ってたからね!!! ほんとまじで、おめで!!! とう!!!!! よくぞ踏ん切った! お兄ちゃん! お赤飯! 焚こうねえ!!!」
「――おまえええ! その口を! とじろ飛鳥ァ!!!」

      ☆

 桜の花が咲いた日の神事は、正午より執り行われる。
 これは神社の神事でもあり家と一族の神事でもあるのだが、年頭にあった葬祭同様、今現在、家に集まる一族は多くは無い。
 そんな中。
 境内にある神楽の舞台で、千早姿の巫女がひとり、舞っている。
 その舞を見つめながら、今までには見覚えのない、ずいぶんと若い娘だな――と思っていたのは、陵颯だ。
 あの時、妙な事件があって呼び出されて神社の御神刀がどうとかあって、その件がその後どうなったのか気になっていた。
 そのこともあって、今日も神社にやってきて、今は、巫女の奉納舞を見ているのである。
 ずいぶんと若い娘だなあ、と思った。
 下手をしたら、高校生ぐらいか。
 しかし、この舞はバイトに任せられるような類のものではないものだろうし、そもそも一般公開されている行事ではない。
 かといって、こんな娘が身内にいただろうか、と思った。
 誰かの、娘さんかな。
 そうも考えたけれど、自分の持っている親族一同の情報として、そんな年頃の、皇の家で巫女をつとめられる娘がいるともついぞ聞かない。
 そこで、隣に立っていた父親――和泉に、
「父さん。あの娘、知ってる娘?」
 尋ねてみると。
 和泉は、なんとも感慨深そうな、息子の自分からしてみたらめずらしい感じの表情をしていて。
「ああ、あの娘? ……そうねえ……」
 答える声が小声なのは、本来、神事中は声を発してはいけないからだ。
 和泉はすこし言葉を探した。それから、
「あの娘は、御当主の――なんだろうね。片翼ってやつかなあ」
「かた?」
「羽根の片方。もっといえば、伴侶ってこと。お前が俺のあとを継げば、そのうちちゃんと知り合うことになるよ」
「ああー、その話」
「継ぐだろ」
「――」
「継ぐよな」
「まあ――あんなにかわいらしい巫女さんがいるなら、それも悪くないかなあ、とは思うけどさあ」
「……お前、それを御当主に言ったら、命がないぞ」
「ええ」
「いっておくけど、間違っても惚れるなよ。あれはご当主の比翼だっつーたろ」
「ええー……」
「敵は御当主だけじゃないからな。そんなことになったらおまえ、ここの神職、全員的にまわすからな」
「ひぇえ……」


 彼女が手にした、神楽鈴が鳴る。
 奏でる音が、空気を柔らかく清浄にしていく。
 そのただならぬ清々しさは、肌でわかって――春の空に広がる鈴の音に、颯は目を閉じた。
 彼女のことは良く知らないが、彼女の奏でる美しく柔らかなその舞が、あたりの空気を染め変えるほどに清冽で、比類なき力にあふれたものであることが、颯には――理解できたのだ。

      ☆

 坂の上には神社がある。
 黄泉の女神の杜がある。


 祭壇に揺れる焔。
 それは彷徨う魂を導く道標。
 それは想いの残滓を喚ぶ灯。
 揺れる炎は鎮魂の明。
 深紅の桜が咲き乱れ、血飛沫の如く花吹雪舞う、緋赤の社。
 そこは、迷える死者の魂が辿り着く、黄泉の女神を祀る杜。


 ――皇神社。


 祭神の名は、祓戸四神の一柱・速佐須良比売。
 人の罪と穢れを背負い、永遠に死の国の底を彷徨い歩く、放浪の女神の御名である。
 黄泉の女神を一族の祖とし、黄泉の女神の血脈を継ぐと伝わる『皇』の『巫』は、人の眼に見えぬものを見るという。人の耳には聞こえぬ声を聴くという。
 黄泉と現世の境にありて彼の者は、彼岸を離れた魂に、辿るべき道を示すのだ。
 それが皇の神事である。
 そして皇の巫の――務めである