04
☆
明るさを感じて、目が覚めた。
布団の中だった。
それから――すぐ傍に、自分のものではない異質な温かさを感じて、はっとなる。
そうして顔を上げると、その温かさの主の寝顔があって、鼓動が跳ねた。
兄の――本当に無防備な姿というものを、司は今までに見たことがない。寝顔は、その最たるものであったろう。
完璧に整いすぎたといってもいいくらいの、美しい兄の顔容。
なのに初めて見る、無警戒で素の寝顔。
それがいま、司のほんの目と鼻の先にある。
触りた――いな。
司は、そう思った。思ったまま、静かにそろそろと指を伸ばしていくと、少しだけ、柚真人が反応した。
でもまだ瞼は降りていて、整った鼻梁から洩れる寝息もすうすうと深くて規則だたしい。
そんな様に、――これ、直接柚真人に言ったら怒られるか嫌がられるんだろうな。でも、……すごい、かわいい……。
そんなふうに――司はしみじみ噛み締めた。
同時に、明るくなった部屋の中で、こんな近くに兄の寝顔を見つめていると、ぼんやりだんだんと昨夜のことが思い出されてきて、気恥ずかしいような気持ちにもなった。
はじめて――柚真人の前に全部を晒した。裸も、それ以上の何もかもをも。全部見られて、誰にも触られたりしないところを指や唇で触られて、そのたびに感じたことのない感触を覚えて、それが声になって出て、それも全部柚真人に聞かれたけれど、逃げようも、隠しようも、抑えようもなかった。
司が柚真人を受け入れる段階になった時、柚真人はとても優しくしてくれた。けれど、司にとっては難しくて、その時、ひょっとしたら柚真人の方がしんどかったのではないかな、と思った。
司は、柚真人の言う通り促す通りにただただ任せていただけだったが、ずっと、柚真人がどこか苦しそうにしか見えなかったからだ。
司にとってはなにもかもが初めてのことだった。だから、昨夜のことがあれでよかったのかどうかわからない。
ただ、今まで柚真人との間にあって越えられない一線だったものを越えられた嬉しさのようなものや、柚真人がちゃんとこうして朝まで一緒にいてくれたことに対する安堵感のようなもの、が、司の中には生まれていた。
柚真人はどう思うだろう。せめて柚真人が自分と遠くない気持ちでいてくれたらいいのだけれど、と――思いながら、司が、今度はちゃんと、柚真人の寝顔に触れてみたら、その瞼と長い睫毛がふるえ、柚真人が薄く目を開けた。
そのまま、ふわっ、と。
兄が、これまでにもましてこれまでには見たこともない表情をしたので司は驚いた。
「――…………」
胸の中を、甘く引っ掻かれたような心地で、そんな甘ったるく優しい顔をするんだ??? と思った。
それこそ、本当にみたこともない顔を、兄はしている。なんといえばいいんだろう。なんだか、とろけそうな顔。自分に、向けられているんだよね、と司が思わず戸惑うほどの。
まず、柚真人が不機嫌だったり不満だったりしたら絶対にこんな顔しない――ということは、司にもわかる。
――この表情なら……昨夜は、あれでよかったのかな……。
なんてことを思いつつ、しかしその表情で、黙って見つめられるのにも困って、司はおずおずと、
「お、おはよう……」
と口にした。
そうしたら、少し声がかすれて、喉の奥にひっかかり、それを聞いた柚真人の笑みがやや深くなった。
そうして、柚真人の手が司の方へ伸びてきて、司の前髪を軽くすきあげ、柚真人もまた、
「……おはよう」
と言った。
「……………………」
だけどこういう時、その次に何を言ったら。司はそう思っていたのだけれど、そうしているうちに、
「!」
柚真人から唇が軽く重ねられてたのでまた司は驚いた。
さらにそのまま布団の中で抱き寄せられてしまったので――う、う、うわ!!?!? と頭の中だけで思いながら、柚真人に任せることにする。
まだ当然二人とも裸なので、素肌同士が触れ合い、いまさらながらお互いに裸で抱き合っていることが意識される。
ただ、その感触が昨夜とは少し違う感じで、心地よかった。ようやくそこで、本当に解けた緊張――とでもいえばいいのか、緩んだ空気の中で抱き合う安堵感とでもいえばいいのか。
その中で、司はやっと思えた。このまま、こうして、甘えていいんだ、と。
そうしてたぶん、柚真人の方も、司に甘えてくれている。柚真人が甘える、ということ自体がつい昨日までなら信じがたいことだったが。
やがて、ややあって、
「……大丈夫、か?」
問われて、司は頷いた。
「……うん」
「……その……どこか、痛いとか………………は、無いわけ、ないよな」
確かに、それはそうではあった。
「でも、へいき」
「……悪いな。どうやっても、お前に、我慢させることしかできなくて」
柚真人はさらにそう重ねてきた。ちなみに、司は柚真人に抱き寄せられているので、その胸板のあたりに押し当てた状態になっている額やくっついている肌からもその声が伝わってきていた。
「……嫌、な、ことは。……なかったか?」
「うん」
司はまた、頷いた。というよりも、自分の返事でそういうふうに聞こえるのかなあ、と思う。
「……その。これからは、もう少しその……色々、抑えられるように努力、する。……それで、……いい、ん、だ、――な?」
昨夜のことを、もう少しだけ思い返して、柚真人がそんなに気にするようなことはなかったのに、と司は考えた。司から言わせてもらえば、
「それって、……私は、ちゃんと、柚真人のことを、好きになっていい、ってことよね?」
「――」
「……柚真人のこと、私の好きな人、って、……私が、好きでいることを、許してくれる人、って、思っていいってことだよね?」
すると、柚真人の動きが止まってしまった。でもしばらくして、司の身体を抱いている腕に力がこもって、司は柚真人の裸の胸板にぎゅっと強く押し付けられた。体温と、鼓動を感じる。
ややあって、そこから柚真人の声が届く。
「ずっと前から。お前を一度見失う前から。俺が本当にお前に言いたかったのは、ただ、お前が大事だ、っていうことだった。……それなのに、余計な紆余曲折をしすぎたな。すまなかった。…………司。俺は、お前を、愛して、いるよ」
「――……」
「そう思うことさえ俺はずっと自分に禁じてきて、自分の気持ちにその価値もあるのかわからなくなって、迷いもあった。……少なくとも俺は、この先、二度と自分からお前を手離したりしない。……お前は俺の妹だが、俺がこの世の果てまで愛し抜くただひとりの相手だ。――ただ、こっちも今度こそ肚は括ったからな。それなりに覚悟、しとけよ」
ただ、から後の声は、司の耳もとで囁かれるように聞こえて、柚真人がそこへ顔と唇を寄せたのだと気がついた。
それから、うわっ、と顔が熱くなるのを司は覚えた。
兄の、そんな、鼓膜に直接触るみたいな声を、司は聞いたことがなかったし――そこまではっきりと言葉にした想いを乗せた言葉も、たぶん、まっすぐに受け取るのは初めてだったのだ。
あと、こんな場面でこんな雰囲気でこんなふうに告げられることも。今までには、なかった。ああ、そうか。これからは、こう、なるのか。
そのまま、自分の耳もとに柚真人の鼻先が当たる。鼻先は、なにかねだるように司の耳朶のあたりを擦り、こっちを向いて、と促されているのがわかった。
気づいた司がされるまま、自分からも顔を上げていくと――こつん、と優しく額に額がぶつけられ。
「……だいすき、って言ってもいい?」
司が訊くと、柚真人は小きざみに何度も頷きながら、
「何万回でも。…………二世を誓った涯がこうなるとはな。なにもかも、お前のおかげだ。ありがとう」
と、答えた。
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明るさを感じて、目が覚めた。
布団の中だった。
それから――すぐ傍に、自分のものではない異質な温かさを感じて、はっとなる。
そうして顔を上げると、その温かさの主の寝顔があって、鼓動が跳ねた。
兄の――本当に無防備な姿というものを、司は今までに見たことがない。寝顔は、その最たるものであったろう。
完璧に整いすぎたといってもいいくらいの、美しい兄の顔容。
なのに初めて見る、無警戒で素の寝顔。
それがいま、司のほんの目と鼻の先にある。
触りた――いな。
司は、そう思った。思ったまま、静かにそろそろと指を伸ばしていくと、少しだけ、柚真人が反応した。
でもまだ瞼は降りていて、整った鼻梁から洩れる寝息もすうすうと深くて規則だたしい。
そんな様に、――これ、直接柚真人に言ったら怒られるか嫌がられるんだろうな。でも、……すごい、かわいい……。
そんなふうに――司はしみじみ噛み締めた。
同時に、明るくなった部屋の中で、こんな近くに兄の寝顔を見つめていると、ぼんやりだんだんと昨夜のことが思い出されてきて、気恥ずかしいような気持ちにもなった。
はじめて――柚真人の前に全部を晒した。裸も、それ以上の何もかもをも。全部見られて、誰にも触られたりしないところを指や唇で触られて、そのたびに感じたことのない感触を覚えて、それが声になって出て、それも全部柚真人に聞かれたけれど、逃げようも、隠しようも、抑えようもなかった。
司が柚真人を受け入れる段階になった時、柚真人はとても優しくしてくれた。けれど、司にとっては難しくて、その時、ひょっとしたら柚真人の方がしんどかったのではないかな、と思った。
司は、柚真人の言う通り促す通りにただただ任せていただけだったが、ずっと、柚真人がどこか苦しそうにしか見えなかったからだ。
司にとってはなにもかもが初めてのことだった。だから、昨夜のことがあれでよかったのかどうかわからない。
ただ、今まで柚真人との間にあって越えられない一線だったものを越えられた嬉しさのようなものや、柚真人がちゃんとこうして朝まで一緒にいてくれたことに対する安堵感のようなもの、が、司の中には生まれていた。
柚真人はどう思うだろう。せめて柚真人が自分と遠くない気持ちでいてくれたらいいのだけれど、と――思いながら、司が、今度はちゃんと、柚真人の寝顔に触れてみたら、その瞼と長い睫毛がふるえ、柚真人が薄く目を開けた。
そのまま、ふわっ、と。
兄が、これまでにもましてこれまでには見たこともない表情をしたので司は驚いた。
「――…………」
胸の中を、甘く引っ掻かれたような心地で、そんな甘ったるく優しい顔をするんだ??? と思った。
それこそ、本当にみたこともない顔を、兄はしている。なんといえばいいんだろう。なんだか、とろけそうな顔。自分に、向けられているんだよね、と司が思わず戸惑うほどの。
まず、柚真人が不機嫌だったり不満だったりしたら絶対にこんな顔しない――ということは、司にもわかる。
――この表情なら……昨夜は、あれでよかったのかな……。
なんてことを思いつつ、しかしその表情で、黙って見つめられるのにも困って、司はおずおずと、
「お、おはよう……」
と口にした。
そうしたら、少し声がかすれて、喉の奥にひっかかり、それを聞いた柚真人の笑みがやや深くなった。
そうして、柚真人の手が司の方へ伸びてきて、司の前髪を軽くすきあげ、柚真人もまた、
「……おはよう」
と言った。
「……………………」
だけどこういう時、その次に何を言ったら。司はそう思っていたのだけれど、そうしているうちに、
「!」
柚真人から唇が軽く重ねられてたのでまた司は驚いた。
さらにそのまま布団の中で抱き寄せられてしまったので――う、う、うわ!!?!? と頭の中だけで思いながら、柚真人に任せることにする。
まだ当然二人とも裸なので、素肌同士が触れ合い、いまさらながらお互いに裸で抱き合っていることが意識される。
ただ、その感触が昨夜とは少し違う感じで、心地よかった。ようやくそこで、本当に解けた緊張――とでもいえばいいのか、緩んだ空気の中で抱き合う安堵感とでもいえばいいのか。
その中で、司はやっと思えた。このまま、こうして、甘えていいんだ、と。
そうしてたぶん、柚真人の方も、司に甘えてくれている。柚真人が甘える、ということ自体がつい昨日までなら信じがたいことだったが。
やがて、ややあって、
「……大丈夫、か?」
問われて、司は頷いた。
「……うん」
「……その……どこか、痛いとか………………は、無いわけ、ないよな」
確かに、それはそうではあった。
「でも、へいき」
「……悪いな。どうやっても、お前に、我慢させることしかできなくて」
柚真人はさらにそう重ねてきた。ちなみに、司は柚真人に抱き寄せられているので、その胸板のあたりに押し当てた状態になっている額やくっついている肌からもその声が伝わってきていた。
「……嫌、な、ことは。……なかったか?」
「うん」
司はまた、頷いた。というよりも、自分の返事でそういうふうに聞こえるのかなあ、と思う。
「……その。これからは、もう少しその……色々、抑えられるように努力、する。……それで、……いい、ん、だ、――な?」
昨夜のことを、もう少しだけ思い返して、柚真人がそんなに気にするようなことはなかったのに、と司は考えた。司から言わせてもらえば、
「それって、……私は、ちゃんと、柚真人のことを、好きになっていい、ってことよね?」
「――」
「……柚真人のこと、私の好きな人、って、……私が、好きでいることを、許してくれる人、って、思っていいってことだよね?」
すると、柚真人の動きが止まってしまった。でもしばらくして、司の身体を抱いている腕に力がこもって、司は柚真人の裸の胸板にぎゅっと強く押し付けられた。体温と、鼓動を感じる。
ややあって、そこから柚真人の声が届く。
「ずっと前から。お前を一度見失う前から。俺が本当にお前に言いたかったのは、ただ、お前が大事だ、っていうことだった。……それなのに、余計な紆余曲折をしすぎたな。すまなかった。…………司。俺は、お前を、愛して、いるよ」
「――……」
「そう思うことさえ俺はずっと自分に禁じてきて、自分の気持ちにその価値もあるのかわからなくなって、迷いもあった。……少なくとも俺は、この先、二度と自分からお前を手離したりしない。……お前は俺の妹だが、俺がこの世の果てまで愛し抜くただひとりの相手だ。――ただ、こっちも今度こそ肚は括ったからな。それなりに覚悟、しとけよ」
ただ、から後の声は、司の耳もとで囁かれるように聞こえて、柚真人がそこへ顔と唇を寄せたのだと気がついた。
それから、うわっ、と顔が熱くなるのを司は覚えた。
兄の、そんな、鼓膜に直接触るみたいな声を、司は聞いたことがなかったし――そこまではっきりと言葉にした想いを乗せた言葉も、たぶん、まっすぐに受け取るのは初めてだったのだ。
あと、こんな場面でこんな雰囲気でこんなふうに告げられることも。今までには、なかった。ああ、そうか。これからは、こう、なるのか。
そのまま、自分の耳もとに柚真人の鼻先が当たる。鼻先は、なにかねだるように司の耳朶のあたりを擦り、こっちを向いて、と促されているのがわかった。
気づいた司がされるまま、自分からも顔を上げていくと――こつん、と優しく額に額がぶつけられ。
「……だいすき、って言ってもいい?」
司が訊くと、柚真人は小きざみに何度も頷きながら、
「何万回でも。…………二世を誓った涯がこうなるとはな。なにもかも、お前のおかげだ。ありがとう」
と、答えた。

