07
その後、柚真人は水月を呼び出して、司に空腹具合を尋ね、まだ取れていなかった夕食を手配してくれることも忘れなかった。
なので途中から司は、差し入れられた夕食を食べながら柚真人の話を聞いていた。
「……他にも疑問はあるだろうな。たとえば、飛鳥たちと違う、今の俺の――この容姿についても」
もちろんそれには司も頷いた。
というより、なによりそこの説明が欲しいとは、誰だって思うだろう。
同年代の友人たちは、皆いちように歳を重ね、同じ年齢になったと言われた司だったし、その姿を見てもいる。なのにどうして、柚真人だけが、青年のままなのか。
けれども柚真人は、そこのところでは少し難しい顔になり、
「俺も説明したいところだが、それについては実は俺に権限があることじゃないんで、ひとまず後回しだ」
「――」
「そのことも含めて、もう少ししたら全部ちゃんと説明される機会があるはずだ。お前にとって、それがどういうものになるかわからないが――その時に、あらかた、知りたいことは知れる。だから、聞きわけてくれ」
「今、ではだめなの?」
「すまないが」
「――」
ふうん、とは返しつつ、柚真人が、権限、といったのが気になった。
司が知る限りにおいては、皇の家に関することで、柚真人以上に権限を有する者などいないはずだったからだ。
でも今は、それ以上に気になることが司にはあって。
「それで、私――家に帰っても、いいの?」
訊くと、柚真人は、一瞬だけ何か言い返したげであった。
でもそれを抑えるような間がほんのちょっとだけあって、こう、答えた。
「お前が、それでかまわないというなら。忌避されるべきなのは俺だと、いったろ」
戻らなくてもかまわないということについては、柚真人は柚真人で、司とは真逆のことを気にしてのことだったらしいということは、わかった。しかしそうなると、司としては、むしろそれは気にならない。司にとっては、柚真人はどうあっても柚真人だし、柚真人の言葉を考えたところで、自分の中でそれは変わらないからだ。
なにより、逆にそう言われて忌避したくなるなら最初からこんな気持ちを抱えて苦労しない。
ただ――お互いに、その話については、いったんそこで止める。
それ以上先には、進めようもない。
この時、司と柚真人は、きっと、同時に本能的にそう察し合い、意識したともいえた。
お互いに、同じ気持ちがあったとて、これについては、だからどうできる話ではないし、柚真人もあの頃の柚真人ではない。
闇雲に司に対して気持ちをぶちまけるような子供ではないし、自分の言動も、ずっと冷静に制御できる。さきほど、自身で、頑張って繕っているのだ、と言ったように。
今の柚真人はそれを維持するつもりなのだろう。
そして司にとっても、とくにいまは、なにより柚真人から家族として拒絶されなければそれでよかった。それ以上には、何も望むべくもない。
ただ、そこで柚真人がふと、
「ああ、そうだ。もうひとつ、お前に聞きたいことがある」
と、思いだしたように言ったことがあった。
「お前が、その――『神隠し』から戻った時。お前が、こう――両手で握りしめるようにして、持っていたものがあるんだ。それがなんだかわからなかったから、いちおううちの祭壇に置いてあるんだが……」
問われて、司は首を傾げた。
「……もっていたもの?」
「ああ。木の、枝だな。柑橘系の葉と、キンカンみたいな実のついた」
「……」
枝。
キンカンみたいな実のついた枝。
司はしばし考え、その後、なんとなく思い出した。
「そういえば。貰った気がする。これを、持って帰れって」
「誰に」
誰、だったろう。それは、思い出せない。
「わからない。ただ、絶対に持って帰れ、って言われたの。それと、ここで食べたらダメだって。いま思い出した。それ……神社にあるのね?」
「今は、本殿の祭壇に置いてある。あれは、なんだ?」
何だ?
何か、何か、だと。
言われたような気がした。
思い出そうとすると、それがぼんやり司の脳裏に浮上して、ぽろっとこぼれた。
「……たしか……とき……? ええと、ときじく? の……なんとかの実って」
「……は?」
「そう。ときじく、って言われた。その、の、なにかの実」
「…………まさか。非時香菓、か!?」
ときじくのかぐのこのみ。確か、響きはそうだった。
柚真人はなんでも知ってるなあ、と司は感心した。
「そうそう。そんなやつ」
「――そんなって……お前。あっさり言うな。非時香菓? あれが???」
司はその言葉を知らなかったので、きょとんとして柚真人を見返した。
その時の柚真人は、ちょっと司でもあまり見ないような困惑と驚愕を一緒に宿した顔をしていた。
「……なに? 非時香菓、って」
司は尋ねる。
すると柚真人は少し迷ってから答えた。
「いや……これは、あくまでも神話の話だよ。だからそれが本当にその、非時香菓ってこともまあないんだろうが、……その実を食べたものは不老長寿を得るという――あの世、あるいは神話の世界にあるといわれた食べ物だ」
「……へえ」
「どうしてそんなものを……っていっても、たぶん覚えてなさそうだな。自分が、どこでどうしていた、とかも思い出せないんだよな?」
司はこくんと素直に頷いた。察しの通り、言われた名前以外は何も覚えては無かったので。
誰かが、あれを、持っていけといった。
それだけは覚えているが、それが誰だったかはまったく記憶にないし、その他のことも覚えていない。
病院で目が覚めるまで、少し夢を見ていたような感覚だけが残っているが、それだけだ。
「……まあ……あれが本物かどうかは置いておくしかないとして、じゃあしばらく、祭壇に置いておくか……」
柚真人はなにか釈然としない感じであったものの、そのあたりで話を打ち切った。
気が付けば、時計は午後九時をまわっている。
「……深夜の神事があるんだった。今夜は半月だ」
柚真人は時計を見て、そんなことを洩らす。
そういえば。
うちは、月齢による夜中の神事があったな。
司は思った。
当たり前だが、皇の社での、そういう行事はきちんと続いているのだろう。柚真人を宮司に戴いて。
なのに、飛鳥に言われてきてくれたのか。本当に。
護身用の印についても、抜け目がない。
そういうところが。
さあ、柚真人。
柚真人の方は改めて、
「お前が帰宅したければ、水月に話を通して、明日、あらためて緋月か飛鳥を迎えに寄こす。ただ、言ったとおり、今のお前は厄介だから、それまでは、ひとりでこの部屋から出て、外を出歩こうとするなよ。そのためにも個室にしてあるんだぞ」
と言い置いて、その日、司の病室を――後にした。
その後、柚真人は水月を呼び出して、司に空腹具合を尋ね、まだ取れていなかった夕食を手配してくれることも忘れなかった。
なので途中から司は、差し入れられた夕食を食べながら柚真人の話を聞いていた。
「……他にも疑問はあるだろうな。たとえば、飛鳥たちと違う、今の俺の――この容姿についても」
もちろんそれには司も頷いた。
というより、なによりそこの説明が欲しいとは、誰だって思うだろう。
同年代の友人たちは、皆いちように歳を重ね、同じ年齢になったと言われた司だったし、その姿を見てもいる。なのにどうして、柚真人だけが、青年のままなのか。
けれども柚真人は、そこのところでは少し難しい顔になり、
「俺も説明したいところだが、それについては実は俺に権限があることじゃないんで、ひとまず後回しだ」
「――」
「そのことも含めて、もう少ししたら全部ちゃんと説明される機会があるはずだ。お前にとって、それがどういうものになるかわからないが――その時に、あらかた、知りたいことは知れる。だから、聞きわけてくれ」
「今、ではだめなの?」
「すまないが」
「――」
ふうん、とは返しつつ、柚真人が、権限、といったのが気になった。
司が知る限りにおいては、皇の家に関することで、柚真人以上に権限を有する者などいないはずだったからだ。
でも今は、それ以上に気になることが司にはあって。
「それで、私――家に帰っても、いいの?」
訊くと、柚真人は、一瞬だけ何か言い返したげであった。
でもそれを抑えるような間がほんのちょっとだけあって、こう、答えた。
「お前が、それでかまわないというなら。忌避されるべきなのは俺だと、いったろ」
戻らなくてもかまわないということについては、柚真人は柚真人で、司とは真逆のことを気にしてのことだったらしいということは、わかった。しかしそうなると、司としては、むしろそれは気にならない。司にとっては、柚真人はどうあっても柚真人だし、柚真人の言葉を考えたところで、自分の中でそれは変わらないからだ。
なにより、逆にそう言われて忌避したくなるなら最初からこんな気持ちを抱えて苦労しない。
ただ――お互いに、その話については、いったんそこで止める。
それ以上先には、進めようもない。
この時、司と柚真人は、きっと、同時に本能的にそう察し合い、意識したともいえた。
お互いに、同じ気持ちがあったとて、これについては、だからどうできる話ではないし、柚真人もあの頃の柚真人ではない。
闇雲に司に対して気持ちをぶちまけるような子供ではないし、自分の言動も、ずっと冷静に制御できる。さきほど、自身で、頑張って繕っているのだ、と言ったように。
今の柚真人はそれを維持するつもりなのだろう。
そして司にとっても、とくにいまは、なにより柚真人から家族として拒絶されなければそれでよかった。それ以上には、何も望むべくもない。
ただ、そこで柚真人がふと、
「ああ、そうだ。もうひとつ、お前に聞きたいことがある」
と、思いだしたように言ったことがあった。
「お前が、その――『神隠し』から戻った時。お前が、こう――両手で握りしめるようにして、持っていたものがあるんだ。それがなんだかわからなかったから、いちおううちの祭壇に置いてあるんだが……」
問われて、司は首を傾げた。
「……もっていたもの?」
「ああ。木の、枝だな。柑橘系の葉と、キンカンみたいな実のついた」
「……」
枝。
キンカンみたいな実のついた枝。
司はしばし考え、その後、なんとなく思い出した。
「そういえば。貰った気がする。これを、持って帰れって」
「誰に」
誰、だったろう。それは、思い出せない。
「わからない。ただ、絶対に持って帰れ、って言われたの。それと、ここで食べたらダメだって。いま思い出した。それ……神社にあるのね?」
「今は、本殿の祭壇に置いてある。あれは、なんだ?」
何だ?
何か、何か、だと。
言われたような気がした。
思い出そうとすると、それがぼんやり司の脳裏に浮上して、ぽろっとこぼれた。
「……たしか……とき……? ええと、ときじく? の……なんとかの実って」
「……は?」
「そう。ときじく、って言われた。その、の、なにかの実」
「…………まさか。非時香菓、か!?」
ときじくのかぐのこのみ。確か、響きはそうだった。
柚真人はなんでも知ってるなあ、と司は感心した。
「そうそう。そんなやつ」
「――そんなって……お前。あっさり言うな。非時香菓? あれが???」
司はその言葉を知らなかったので、きょとんとして柚真人を見返した。
その時の柚真人は、ちょっと司でもあまり見ないような困惑と驚愕を一緒に宿した顔をしていた。
「……なに? 非時香菓、って」
司は尋ねる。
すると柚真人は少し迷ってから答えた。
「いや……これは、あくまでも神話の話だよ。だからそれが本当にその、非時香菓ってこともまあないんだろうが、……その実を食べたものは不老長寿を得るという――あの世、あるいは神話の世界にあるといわれた食べ物だ」
「……へえ」
「どうしてそんなものを……っていっても、たぶん覚えてなさそうだな。自分が、どこでどうしていた、とかも思い出せないんだよな?」
司はこくんと素直に頷いた。察しの通り、言われた名前以外は何も覚えては無かったので。
誰かが、あれを、持っていけといった。
それだけは覚えているが、それが誰だったかはまったく記憶にないし、その他のことも覚えていない。
病院で目が覚めるまで、少し夢を見ていたような感覚だけが残っているが、それだけだ。
「……まあ……あれが本物かどうかは置いておくしかないとして、じゃあしばらく、祭壇に置いておくか……」
柚真人はなにか釈然としない感じであったものの、そのあたりで話を打ち切った。
気が付けば、時計は午後九時をまわっている。
「……深夜の神事があるんだった。今夜は半月だ」
柚真人は時計を見て、そんなことを洩らす。
そういえば。
うちは、月齢による夜中の神事があったな。
司は思った。
当たり前だが、皇の社での、そういう行事はきちんと続いているのだろう。柚真人を宮司に戴いて。
なのに、飛鳥に言われてきてくれたのか。本当に。
護身用の印についても、抜け目がない。
そういうところが。
さあ、柚真人。
柚真人の方は改めて、
「お前が帰宅したければ、水月に話を通して、明日、あらためて緋月か飛鳥を迎えに寄こす。ただ、言ったとおり、今のお前は厄介だから、それまでは、ひとりでこの部屋から出て、外を出歩こうとするなよ。そのためにも個室にしてあるんだぞ」
と言い置いて、その日、司の病室を――後にした。

