03
☆
それからさらに三日ほどを、司は病室で過ごした。
はじめに身体は健康だとは言われたものの、その間に追加でいろいろな検査や水月の診察を受け、質疑のやり取りをし、いくつかのこと――司にとってはあくまで直近の出来事と認識していることだ。学校で学園祭があったこととか、その後自転車で転んだのは学校から帰宅したあと買い物に出た時だったこととか――を、うっすら思い出したり、現在の時間の状況についてもっと詳しく教えてもらったりした。
その一方で司は、水月の配慮によるものか必要と判断された処置だったのか、何時間かおきに鎮静剤も注射されていて、ずっと病室から出ることも出来ていなかった。
水月がいうには、急にいろいろなことを思い出してパニックになるのを防ぎたいのと、現状の記憶の混乱がどの程度のものなのかちゃんと診断しなければならないから、とのことだった。
なので病室から出ることを禁止されたわけではなかったのだけれど、おそらくは薬の効果でなんとなく足もとがふわふわし、病室を出たいという気になれなかった。――というのが正しいかもしれない。
決定的なことは、三日目の午後になって突きつけられることになる。
その日になって、緋月と飛鳥がやってきて――司はとうとう、水月から言われてもなおやや半信半疑でいたことを、信じざるを得なくなった。
他にも情報を得る手段や機会はあったけれど、直接知っている相手に会えば、水月と同じでどうにも否定のしようがない。緋月も飛鳥も、確かに水月と同じように、司を置いて、歳を取っていた。
信じられなくて驚愕したし、鎮静剤が入っていても動揺して困惑して、司は二人の前で少し泣いた。
「ごめんねえ」
といった飛鳥は、どう見たところで大人の男の人だった。
隣で困ったような顔をしている緋月も、大人の女の人だった。
司が泣き止んでひといきつくまで待っていてくれた二人に、司がまず尋ねたことは、
「……あの。……緋月ちゃん、と。飛鳥くん、で、いいの?」
呼び方を尋ねたつもりだった。
なにしろ、目の前にいるのは、急に大人になってしまった二人だ。
頭ではそれが緋月と飛鳥だとはわかっていても、違和感というか、距離を感じた。
「もちろんですわ」
「そうそう。俺たちは別になにも変わってないし」
二人はそう答えてくれた。
その答え方から、変わっていないのだな、ということは感じ取れた。
でもそうなると、ひとつ引っかかることがある。当然に。
「……柚真人、は? あと、優麻さんとか、卓史兄とかも」
本当は、ここで意識が戻った時からずっと気にはなっていた。
それでも水月にもあまりきちんと訊かなかったのは、司の知っている柚真人は必要があれば必要なことをちゃんとする人だからだ。
連絡がないなら連絡がないなりに、顔を見せないなら顔を見せないなりに、理由がある。そう思っていたからだ。それに、何かあれば水月自身が司に言うだろう、とも。
けれど三日経っても何もないとなると、どうしているんだろう、とも思う。
すると緋月と飛鳥はちょっと顔を見合わせた。そうして口を開いたのは、緋月の方だった。
「実は、そのことなんですけれど」
緋月は言いながら腕を組んだ。
それは何か、緋月の中に不満がある時の仕草だ。彼女のその癖も、覚えているし、変わっていない。
「柚真人さまからは、伝言を預かってまいりましたのよ」
「伝言?」
鸚鵡返しすると、今度は飛鳥が、
「俺は自分で言えつったんだけどね。まあ、神社があるから忙しい、とか言われちゃうと俺らも言い返しようがないわけで」
「お休みいただきましたものね。司のためにここに来るのに、お休みっていうのもどうかと思いますけれど、わたくしたちもおとなですから、そこは仕方ありませんの」
「おやすみ」
「俺と緋月ちゃん、今は正式に神社の神職なのよ。だから、休むならちゃんとした手続きと、柚真人の許可と、有給が必要、ってわけ」
そうなの、と司は思った。
確かに、神社に就職する、というのはあるんだろう。
そもそも、緋月も飛鳥も司も、そして司の兄である柚真人にも、やがては神社の跡を継ぐ義務がある、という認識があった。
司の中では、それもまだまだ先の未来の話であったはずだが、今がそれから何十年も経ってしまったというのであれば、二人がちゃんとした神職になっていて当然だ。
それはそれとして伝言というのが気になった。それとも、単純に、今の柚真人はそれほど忙しいということだろうか。
「伝言、て?」
尋ね返すと、また、緋月と飛鳥はちょっとだけ顔を見合わせた。
それは何かお互いに確認し合う仕草のようだった。
それから、緋月が、話しだす。
「司が、家には戻りたがらないのではないかと。それで……もし、そうしたければそうしてもいいから、考えておくようにと。わたくしには、どうして柚真人さまがそんなことを仰るのかわからないんですけど」
「司ちゃんが、自分には、会いたくない、というんじゃないか、って。いうんだよ。あいつ」
言われたことを飲み込むのに、少しかかった。
「だけど、あいつ、司ちゃんのことは、本当に必死で探したんだよ。本当に。それは傍で見てた俺たちが保証する。だから、逆に急にそんなこと言い出すと思わなくて、俺たちもここに来るまでにあいつとは何度か話もしたんだけど」
「司に任せる、の一点張りですの。……私としては、司のことを気遣ってのことかと思うんですけど。司、皇の……神社のお仕事や、その他のお仕事を、苦手にされてましたでしょう? でも、柚真人さまも私たちも、司がいない間に、皇の社に入ってしまいましたから……そのことを、気にかけていらっしゃるのではないかと」
「今は俺たちもいつもいるし、神社も、そんな怖いとこじゃないよ、司ちゃん」
確かに――自分が生まれた家のこと、それにまつわる稼業のこと、霊とか神様とかお祓いとかそういったよくわからない世界のこと、を。自分は忌避する傾向にあった。それから、二十年以上が本当に経ってしまっている、と考えると。
「……戻って、くるな、ってことなのかな」
司が洩らすと、
「は?」
「だって」
「いや……それはないでしょ」
飛鳥が即答した。
「でも。私が今家に帰っても、何の役にも立たないだろうし、……言われてみると、帰りようも、無い気がするから」
「……そんな。なにを言い出しますの」
「いやいやいやあの、そういうことじゃあないよ思うよ。絶対。だいいちあそこは司ちゃんの家じゃん。それはなにより大前提だよ?????」
「だけど……よく考えたら、居場所って、ない気がするもの。そういう意味では……柚真人の言うことは、正しいんじゃないかな」
「――ええ!?」
「司……なんでそういうことになりますの? ありえませんわ、居場所がない、なんて!」
「そうだよ。柚真人が言ってるのは、司ちゃんが、ってことだったよ。だから、戻るな、なんて言うはずないじゃない。それは絶対に無い。司ちゃんに判断してもらいたい、みたいな感じだったし」
そうだろうか。
司は思った。
司の認識では、家の仕事、課された義務のようなものを嫌がる司に、柚真人は厳しかったと思う。
それから何年も自分が『神隠し』になっていたとして、今更戻られても神社として、皇の家としては不要なのだ、と言われてもおかしくはない。
柚真人なら、そのくらいはなんということはなく言ってのけそうだ。
自分のことは家族としては大事にしてくれていた柚真人だったけれど、司が皇の社にとっては役に立たない人間であることも柚真人は正しく認識していたはずだった。
司に任せるといっている。飛鳥も緋月もそう言うが、それは柚真人が、司の判断の方向性を司自身に仄めかしている可能性のがある。司であれば、そんなふうに考えてしまう。
柚真人は、そういう厳しいところのある人間だ。酷薄ではないが、厳正ではある。
でも。
だから、司にとっては、憧れで。
家族も兄妹も越えた感情を引き出されてしまう人だった。
「司としては、なにか思い当たることはありませんの? わたくしとしては、柚真人さまの方から、司に対してそんなふうに思うことは、絶対ないと思いますの。ですから……もしかしたら、わたくしや飛鳥さんにはわあらない事情があるのかもしれない、とも思うのですけれど……」
事情。
逆に、本当に、柚真人が《《司を慮って》》、ということか。
あるだろうか、そんなことが。
百歩、いやもっと譲って、そんなことがあるとして。なにか、あっただろうか。司はちょっとだけ考えてみるも、わからない、し――それこそそんなはずはない、と思う。
もっとも、自分が時間を跳ぶ前のことは、今になってもはっきり思い出せていなくて、そのことについても、いったい何があったんだっけ、とずっと考えて続けている司ではあったけれど。
「……ごめんなさい、緋月ちゃん。私まだ、ちょっと前のことも思い出せてないの」
司は正直に言った。
「何かがあって、……水月さんは『神隠し』みたいなものっていってたけど……そうなったとして、そのあたりのこと、全然なにがあったかわからないの。水月さんに、診察も受けてるんだけど……」
「謝らないでくださいな。きっと、短期的な記憶の混乱ですわよ。わたくしたちも柚真人さまも、そこのところを司に無理に聞きたいとも思いませんもの。ただ、それとこれとは別にして、今後のことを考えるときに、司のしたいようにしなさいということだと思いますのよ」
「――ったく。だあから俺は、柚真人に自分でここに来て話をしろっつったんだよ。いくら忙しくても、病院なんて遠くもないし、車使えばそんなに暇ないってこともないだろうに。柚真人のやつ」
ということは――飛鳥に促されても、柚真人が断った、ということだろう。
そうであれば。自分に会いたくないという、ことなのかもしれないな、と司は思った。
そう思われてもしかたのない逃げ方をして、皇の社をないがしろにしていた自覚はあった。
その後、飛鳥と緋月がつきそってくれたので、少し病室の外に出た。
そうして、時々水月が食べ物やお菓子なんかを買ってきてくれるコンビニを見て、病院の外にもちょっとだけ出て、そこから見渡せるかぎりの景色を見て、なるほどなんかいろいろ変わっている――ような気もする、と司は思った。
夕方になると、緋月と飛鳥は一度神社に戻ると言い、柚真人に伝言が有れば受ける、と言ってくれた。携帯電話さえあれば、今はもっと簡易に誰とでも話ができるから、それを用意してあげればよかった、とも。
司は、とりあえず、言われたことを考えておくと伝えて欲しいと返した。いまのところ、それ以外にはなにもない、と。
緋月と飛鳥は司がそう返すとなんともいえずどうしてそんなこというんだというような顔になったのだが、戻らなくてもいいと言われた司としては、それ以外に柚真人に返す言葉が無かった。
☆
それからさらに三日ほどを、司は病室で過ごした。
はじめに身体は健康だとは言われたものの、その間に追加でいろいろな検査や水月の診察を受け、質疑のやり取りをし、いくつかのこと――司にとってはあくまで直近の出来事と認識していることだ。学校で学園祭があったこととか、その後自転車で転んだのは学校から帰宅したあと買い物に出た時だったこととか――を、うっすら思い出したり、現在の時間の状況についてもっと詳しく教えてもらったりした。
その一方で司は、水月の配慮によるものか必要と判断された処置だったのか、何時間かおきに鎮静剤も注射されていて、ずっと病室から出ることも出来ていなかった。
水月がいうには、急にいろいろなことを思い出してパニックになるのを防ぎたいのと、現状の記憶の混乱がどの程度のものなのかちゃんと診断しなければならないから、とのことだった。
なので病室から出ることを禁止されたわけではなかったのだけれど、おそらくは薬の効果でなんとなく足もとがふわふわし、病室を出たいという気になれなかった。――というのが正しいかもしれない。
決定的なことは、三日目の午後になって突きつけられることになる。
その日になって、緋月と飛鳥がやってきて――司はとうとう、水月から言われてもなおやや半信半疑でいたことを、信じざるを得なくなった。
他にも情報を得る手段や機会はあったけれど、直接知っている相手に会えば、水月と同じでどうにも否定のしようがない。緋月も飛鳥も、確かに水月と同じように、司を置いて、歳を取っていた。
信じられなくて驚愕したし、鎮静剤が入っていても動揺して困惑して、司は二人の前で少し泣いた。
「ごめんねえ」
といった飛鳥は、どう見たところで大人の男の人だった。
隣で困ったような顔をしている緋月も、大人の女の人だった。
司が泣き止んでひといきつくまで待っていてくれた二人に、司がまず尋ねたことは、
「……あの。……緋月ちゃん、と。飛鳥くん、で、いいの?」
呼び方を尋ねたつもりだった。
なにしろ、目の前にいるのは、急に大人になってしまった二人だ。
頭ではそれが緋月と飛鳥だとはわかっていても、違和感というか、距離を感じた。
「もちろんですわ」
「そうそう。俺たちは別になにも変わってないし」
二人はそう答えてくれた。
その答え方から、変わっていないのだな、ということは感じ取れた。
でもそうなると、ひとつ引っかかることがある。当然に。
「……柚真人、は? あと、優麻さんとか、卓史兄とかも」
本当は、ここで意識が戻った時からずっと気にはなっていた。
それでも水月にもあまりきちんと訊かなかったのは、司の知っている柚真人は必要があれば必要なことをちゃんとする人だからだ。
連絡がないなら連絡がないなりに、顔を見せないなら顔を見せないなりに、理由がある。そう思っていたからだ。それに、何かあれば水月自身が司に言うだろう、とも。
けれど三日経っても何もないとなると、どうしているんだろう、とも思う。
すると緋月と飛鳥はちょっと顔を見合わせた。そうして口を開いたのは、緋月の方だった。
「実は、そのことなんですけれど」
緋月は言いながら腕を組んだ。
それは何か、緋月の中に不満がある時の仕草だ。彼女のその癖も、覚えているし、変わっていない。
「柚真人さまからは、伝言を預かってまいりましたのよ」
「伝言?」
鸚鵡返しすると、今度は飛鳥が、
「俺は自分で言えつったんだけどね。まあ、神社があるから忙しい、とか言われちゃうと俺らも言い返しようがないわけで」
「お休みいただきましたものね。司のためにここに来るのに、お休みっていうのもどうかと思いますけれど、わたくしたちもおとなですから、そこは仕方ありませんの」
「おやすみ」
「俺と緋月ちゃん、今は正式に神社の神職なのよ。だから、休むならちゃんとした手続きと、柚真人の許可と、有給が必要、ってわけ」
そうなの、と司は思った。
確かに、神社に就職する、というのはあるんだろう。
そもそも、緋月も飛鳥も司も、そして司の兄である柚真人にも、やがては神社の跡を継ぐ義務がある、という認識があった。
司の中では、それもまだまだ先の未来の話であったはずだが、今がそれから何十年も経ってしまったというのであれば、二人がちゃんとした神職になっていて当然だ。
それはそれとして伝言というのが気になった。それとも、単純に、今の柚真人はそれほど忙しいということだろうか。
「伝言、て?」
尋ね返すと、また、緋月と飛鳥はちょっとだけ顔を見合わせた。
それは何かお互いに確認し合う仕草のようだった。
それから、緋月が、話しだす。
「司が、家には戻りたがらないのではないかと。それで……もし、そうしたければそうしてもいいから、考えておくようにと。わたくしには、どうして柚真人さまがそんなことを仰るのかわからないんですけど」
「司ちゃんが、自分には、会いたくない、というんじゃないか、って。いうんだよ。あいつ」
言われたことを飲み込むのに、少しかかった。
「だけど、あいつ、司ちゃんのことは、本当に必死で探したんだよ。本当に。それは傍で見てた俺たちが保証する。だから、逆に急にそんなこと言い出すと思わなくて、俺たちもここに来るまでにあいつとは何度か話もしたんだけど」
「司に任せる、の一点張りですの。……私としては、司のことを気遣ってのことかと思うんですけど。司、皇の……神社のお仕事や、その他のお仕事を、苦手にされてましたでしょう? でも、柚真人さまも私たちも、司がいない間に、皇の社に入ってしまいましたから……そのことを、気にかけていらっしゃるのではないかと」
「今は俺たちもいつもいるし、神社も、そんな怖いとこじゃないよ、司ちゃん」
確かに――自分が生まれた家のこと、それにまつわる稼業のこと、霊とか神様とかお祓いとかそういったよくわからない世界のこと、を。自分は忌避する傾向にあった。それから、二十年以上が本当に経ってしまっている、と考えると。
「……戻って、くるな、ってことなのかな」
司が洩らすと、
「は?」
「だって」
「いや……それはないでしょ」
飛鳥が即答した。
「でも。私が今家に帰っても、何の役にも立たないだろうし、……言われてみると、帰りようも、無い気がするから」
「……そんな。なにを言い出しますの」
「いやいやいやあの、そういうことじゃあないよ思うよ。絶対。だいいちあそこは司ちゃんの家じゃん。それはなにより大前提だよ?????」
「だけど……よく考えたら、居場所って、ない気がするもの。そういう意味では……柚真人の言うことは、正しいんじゃないかな」
「――ええ!?」
「司……なんでそういうことになりますの? ありえませんわ、居場所がない、なんて!」
「そうだよ。柚真人が言ってるのは、司ちゃんが、ってことだったよ。だから、戻るな、なんて言うはずないじゃない。それは絶対に無い。司ちゃんに判断してもらいたい、みたいな感じだったし」
そうだろうか。
司は思った。
司の認識では、家の仕事、課された義務のようなものを嫌がる司に、柚真人は厳しかったと思う。
それから何年も自分が『神隠し』になっていたとして、今更戻られても神社として、皇の家としては不要なのだ、と言われてもおかしくはない。
柚真人なら、そのくらいはなんということはなく言ってのけそうだ。
自分のことは家族としては大事にしてくれていた柚真人だったけれど、司が皇の社にとっては役に立たない人間であることも柚真人は正しく認識していたはずだった。
司に任せるといっている。飛鳥も緋月もそう言うが、それは柚真人が、司の判断の方向性を司自身に仄めかしている可能性のがある。司であれば、そんなふうに考えてしまう。
柚真人は、そういう厳しいところのある人間だ。酷薄ではないが、厳正ではある。
でも。
だから、司にとっては、憧れで。
家族も兄妹も越えた感情を引き出されてしまう人だった。
「司としては、なにか思い当たることはありませんの? わたくしとしては、柚真人さまの方から、司に対してそんなふうに思うことは、絶対ないと思いますの。ですから……もしかしたら、わたくしや飛鳥さんにはわあらない事情があるのかもしれない、とも思うのですけれど……」
事情。
逆に、本当に、柚真人が《《司を慮って》》、ということか。
あるだろうか、そんなことが。
百歩、いやもっと譲って、そんなことがあるとして。なにか、あっただろうか。司はちょっとだけ考えてみるも、わからない、し――それこそそんなはずはない、と思う。
もっとも、自分が時間を跳ぶ前のことは、今になってもはっきり思い出せていなくて、そのことについても、いったい何があったんだっけ、とずっと考えて続けている司ではあったけれど。
「……ごめんなさい、緋月ちゃん。私まだ、ちょっと前のことも思い出せてないの」
司は正直に言った。
「何かがあって、……水月さんは『神隠し』みたいなものっていってたけど……そうなったとして、そのあたりのこと、全然なにがあったかわからないの。水月さんに、診察も受けてるんだけど……」
「謝らないでくださいな。きっと、短期的な記憶の混乱ですわよ。わたくしたちも柚真人さまも、そこのところを司に無理に聞きたいとも思いませんもの。ただ、それとこれとは別にして、今後のことを考えるときに、司のしたいようにしなさいということだと思いますのよ」
「――ったく。だあから俺は、柚真人に自分でここに来て話をしろっつったんだよ。いくら忙しくても、病院なんて遠くもないし、車使えばそんなに暇ないってこともないだろうに。柚真人のやつ」
ということは――飛鳥に促されても、柚真人が断った、ということだろう。
そうであれば。自分に会いたくないという、ことなのかもしれないな、と司は思った。
そう思われてもしかたのない逃げ方をして、皇の社をないがしろにしていた自覚はあった。
その後、飛鳥と緋月がつきそってくれたので、少し病室の外に出た。
そうして、時々水月が食べ物やお菓子なんかを買ってきてくれるコンビニを見て、病院の外にもちょっとだけ出て、そこから見渡せるかぎりの景色を見て、なるほどなんかいろいろ変わっている――ような気もする、と司は思った。
夕方になると、緋月と飛鳥は一度神社に戻ると言い、柚真人に伝言が有れば受ける、と言ってくれた。携帯電話さえあれば、今はもっと簡易に誰とでも話ができるから、それを用意してあげればよかった、とも。
司は、とりあえず、言われたことを考えておくと伝えて欲しいと返した。いまのところ、それ以外にはなにもない、と。
緋月と飛鳥は司がそう返すとなんともいえずどうしてそんなこというんだというような顔になったのだが、戻らなくてもいいと言われた司としては、それ以外に柚真人に返す言葉が無かった。

