01
誓約を行ったのだ、と柚真人は言った。
神使たちの言い分を越えるには、その上位存在と交渉する必要がある。
そこで、速佐須良比売と直接誓約を行った。
柚真人が誓約にかけたのは、池の神使と闘って、勝てば巫女は現世にあるべき、ということ。
誓約となれば絶対のうえにも絶対に負けるわけにはいかないが、当然柚真人はその覚悟で臨んだ。
結果として、柚真人は神使三匹を全力で伸し、その果ての顛末があの様であったということらしい。
誓約自体は、本殿を基点としてそのために開いた結界を用いた。しかし結果は、結界が解かれた末に、柚真人にすべて還る。それがきまりだ。
司のことは呼び出した水月と漣に預け、柚真人はそのまま自分の身を己の治癒力に任せるほかなかった。
その間に、飛鳥と緋月が本殿の片づけをし、――物理的な汚損は本殿をある種の文化財であるとみればけっこうな厄介だ。ゆえにあらかたの片づけを終えた後、細部の清掃などにはちょっと手間と時間がかかるだろう――柚真人が事情を説明できるようになったのは、それでも半日後、その日の夕方になってからである。
司が、いなくなった時のままの姿であったことについては、柚真人は、
「ウラシマタロウだな……」
と言った。
司は神刀とともにある。そして神刀は、こちらがわの世界から時間を跳び、未来のどこかでふたたび出現をする、という仮説は立ててあった。
その際、神刀と司はどこに存在しているのか、というのが問題であったわけだが、まず、消失点と出現点はそのまま点と点であった。
その時点で、こちら側で経過した年月を、司と神刀は飛び越えたことになる。
そうして司自身は、神刀が絡んでいることと、神使たちの言い分や様子から、祓戸大神の神域に匿われたと推察できた。
となると、神刀が出現点に着地してから柚真人が誓約と果たすまでが、司がそこにいた時間、ということになる。
こちら側ではそれでもゆうにひと月の日数があるはずなのだが、司が存在していた場所で流れた時間は、おそらく、一日か、長くて二日であったろう。
なにしろ、司はその間、何も口にしてはいないはずだから。
空腹か渇きに耐え兼ねれば、何かを食べるか飲むかしただろう。
するとそれは黄泉戸喫となり、司は現世に戻れなくなる。
神使は、それを狙っていた。
でもそれも、あくまで神使たちが神使たちなりに司を守ろうとしてのことではあったのだ――とも、柚真人は、飛鳥と緋月、それに優麻に説明した。
「現世と幽世、あらゆる常世は時間の流れが違う」
時間の経過とともに徐々に疵が塞がって、なんとか動けるようになった柚真人は、風呂場で自身の血や汚れを洗い流して、着替えて居間に戻った。
飛鳥と緋月と優麻は、その後ようやく、柚真人の話を聞いている。
ちなみに神使たちは気がつけば池で仰向けになって浮いていた。まるっきり死んだ魚のようだったが、放っておけばそのうち回復するらしい。
「あの、柚真人さま」
「……なんだ」
「わたくしたちは、その。……司に、会っても?」
飛鳥にしても緋月にしても優麻にしても、やや意外だったのは、柚真人が司を水月と鎮護官に任せたまま、今もこうして、自分は動こうとしていないことであった。
むろん、負傷して動けない状態まで追い込まれていたという点はあろう。
けれどそれにしても、いくぶんらしくなく、無気力感のようなものを漂わせているように――。
三人には、柚真人の様子が、そう見えた。
彼女を取り戻すこと。
それは、誓約で自らの命を賭すほどの悲願であったはずなのに――。
いくらかの怪訝さも込めて緋月が問うと、柚真人は、どこか悩まし気な嘆息とともに、
「………………ああ……そうだな。……それなんだが――」
と。
重たい声を吐き出した。
誓約を行ったのだ、と柚真人は言った。
神使たちの言い分を越えるには、その上位存在と交渉する必要がある。
そこで、速佐須良比売と直接誓約を行った。
柚真人が誓約にかけたのは、池の神使と闘って、勝てば巫女は現世にあるべき、ということ。
誓約となれば絶対のうえにも絶対に負けるわけにはいかないが、当然柚真人はその覚悟で臨んだ。
結果として、柚真人は神使三匹を全力で伸し、その果ての顛末があの様であったということらしい。
誓約自体は、本殿を基点としてそのために開いた結界を用いた。しかし結果は、結界が解かれた末に、柚真人にすべて還る。それがきまりだ。
司のことは呼び出した水月と漣に預け、柚真人はそのまま自分の身を己の治癒力に任せるほかなかった。
その間に、飛鳥と緋月が本殿の片づけをし、――物理的な汚損は本殿をある種の文化財であるとみればけっこうな厄介だ。ゆえにあらかたの片づけを終えた後、細部の清掃などにはちょっと手間と時間がかかるだろう――柚真人が事情を説明できるようになったのは、それでも半日後、その日の夕方になってからである。
司が、いなくなった時のままの姿であったことについては、柚真人は、
「ウラシマタロウだな……」
と言った。
司は神刀とともにある。そして神刀は、こちらがわの世界から時間を跳び、未来のどこかでふたたび出現をする、という仮説は立ててあった。
その際、神刀と司はどこに存在しているのか、というのが問題であったわけだが、まず、消失点と出現点はそのまま点と点であった。
その時点で、こちら側で経過した年月を、司と神刀は飛び越えたことになる。
そうして司自身は、神刀が絡んでいることと、神使たちの言い分や様子から、祓戸大神の神域に匿われたと推察できた。
となると、神刀が出現点に着地してから柚真人が誓約と果たすまでが、司がそこにいた時間、ということになる。
こちら側ではそれでもゆうにひと月の日数があるはずなのだが、司が存在していた場所で流れた時間は、おそらく、一日か、長くて二日であったろう。
なにしろ、司はその間、何も口にしてはいないはずだから。
空腹か渇きに耐え兼ねれば、何かを食べるか飲むかしただろう。
するとそれは黄泉戸喫となり、司は現世に戻れなくなる。
神使は、それを狙っていた。
でもそれも、あくまで神使たちが神使たちなりに司を守ろうとしてのことではあったのだ――とも、柚真人は、飛鳥と緋月、それに優麻に説明した。
「現世と幽世、あらゆる常世は時間の流れが違う」
時間の経過とともに徐々に疵が塞がって、なんとか動けるようになった柚真人は、風呂場で自身の血や汚れを洗い流して、着替えて居間に戻った。
飛鳥と緋月と優麻は、その後ようやく、柚真人の話を聞いている。
ちなみに神使たちは気がつけば池で仰向けになって浮いていた。まるっきり死んだ魚のようだったが、放っておけばそのうち回復するらしい。
「あの、柚真人さま」
「……なんだ」
「わたくしたちは、その。……司に、会っても?」
飛鳥にしても緋月にしても優麻にしても、やや意外だったのは、柚真人が司を水月と鎮護官に任せたまま、今もこうして、自分は動こうとしていないことであった。
むろん、負傷して動けない状態まで追い込まれていたという点はあろう。
けれどそれにしても、いくぶんらしくなく、無気力感のようなものを漂わせているように――。
三人には、柚真人の様子が、そう見えた。
彼女を取り戻すこと。
それは、誓約で自らの命を賭すほどの悲願であったはずなのに――。
いくらかの怪訝さも込めて緋月が問うと、柚真人は、どこか悩まし気な嘆息とともに、
「………………ああ……そうだな。……それなんだが――」
と。
重たい声を吐き出した。

