02
☆
柚真人が意識を取り戻したのは、例のあの場所から皇神社に戻ってきて、なお少し時間が経過したところでだった。
出かけたのが早朝だったので、陽はまだ高い頃だ。
一度水の中に落ちてしまい、ずぶ濡れの状態のまま戻ってきたので、そのままというわけにはいかず、優麻と飛鳥で水気を拭いて着換えさせられていた柚真人は、自分の寝台で目を覚ました。
目を開けると、一瞬だけ、自分の置かれた状況に戸惑いを覚えたが、
「――よかった。お目覚めになりましたね」
耳慣れた声が聞こえ、すぐ傍に優麻が端座していたことに気が付いた。そうして、何がどうしてそうなったのか、思い出し、推察をする。
「――佐須良はうちの池だな」
柚真人はそう確認した。寝台の上に、上半身を起こしながら。
「俺はどれくらい落ちてた」
「二時間ほどでしょうか。まだ時刻は午前のうちです」
「そうか」
あの場所で、水の中に佐須良を見つけた。それがこの手の中から消えた時にはさすがに心臓が凍えるかと思うほどぎょっとしたが、すぐさま何が起きたのか、そういういことかというのもわかった。だから柚真人はいまこうして冷静でいられる。
神刀は、神社の池の神使が、柚真人に渡すまいとしたのだ。ゆえに、今は、池の中にある。
ただ、そのままだと神刀には手が出せない。池の水はただの水のように視えて、女神の神域の一部でもあるからだ。さすがにその中に隠されてしまうと、柚真人には分が悪すぎる。
「――クソ」
柚真人は短く悪態をついた。あいつら、そこまでして。そう、臍を噛む。
「おかげんに問題ありませんか?」
傍らから優麻にうかがわれ、柚真人はそちらの方は問題ないと頷いた。
自分でもまさかよもやあのタイミングで派手に意識を持っていかれるとは思わなかった。なのでいくらなんでも優麻も多少不安になる――といったところだろうが、おそらく、《《こちら》》と《《あちら》》で同時に物事が進行しているので致し方ないだろう。しかも、《《こちら》》と《《あちら》》は完全に隔てられているので、こちらとしても何もさぐりようがない。
つまり――。
あの時。神刀が柚真人の手から奪われた時。ほぼほぼ同じタイミングで、柚真人は強制的に例の夢に召喚された。自分が、幼い姿をしたかつての自分と対峙する夢に。
夢はつい最近までたびたび定期的に続いており、あれからもそれはたびたびあり、やはり柚真人にとって少しの謎であったのだが、つい先ほど、柚真人にとってもすべてがわかった。そうして、なぜ、自分が、たびたび、自分のすべきことをしろ、この先の道を間違うな、と言われたのかもなんとなく理解した。
柚真人はいま、司を救い出すべく行動している。でもそれは、自分だけが、というわけではないということだ。
柚真人はかつて、過去から転生する鬼と、現世に生まれ出る人とが、混ざり合ってひとつの御霊を成していた。それが、鬼と人とに分けられた。
その後、柚真人は鬼として自分を生かすために人としての自分を喰った。喰ったということは、殺したとほぼ同義だ。つまり人の部分の『柚真人』は死を迎えた。ただ、人として分けられた『柚真人』は鬼と人とに分けられた時からずっと呪縛により眠ったままでいた。その呪縛が、死と同時に解けることにもなった。
災い転じてというかなんというか、死によって『柚真人』は自由を手に入れることになったのだ。
そもそも、死とはいうもののその死は通常のそれとは異なっており、『柚真人』の身体でもあった肉体は依然として生きている。
これにより、『柚真人』は、死していながら柚真人の肉体と幽世を行き来している状態なのだ。幽世に干渉しているということは、黄泉の神域、根の国の神域にも当然干渉できる。となれば、当然、司、にも。
他方でそれは、『柚真人』が柚真人の霊力に寄っているということも意味する。
都度、あの夢を見たのは、そのためだろう。
『柚真人』は、そうやって、死してなお存在をたもちつづけるために、柚真人と霊力を分け合っていた。
そしてつい先ほど、同じように柚真人から、霊力をもっていった。ただし、いつもとは違ってこちらの意識が一時的に失われるほどにごっそりと、だ。
ということは。むこうで、あいつが何かしている。それが何なのか、司にとってどういう意味があるのか、柚真人にはわからない。でも、もともとは自分だ。この世に生まれ出でた時、そしてふたつに強制的に引き裂かれるまで、この身体の中でひとつであったもの。であれば――信じるしか、ない。
目覚める前、柚真人は、声を聞いた。
きみは、きみのするべきことをして。
ぼくのことは、振り返らなくていい。
ぼくたちは、つかさのために、つかさを守る。そうだよね?
ああ、そうだ。
司の、ために。
それを、信じるしかない。ひいては、己を。
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柚真人が意識を取り戻したのは、例のあの場所から皇神社に戻ってきて、なお少し時間が経過したところでだった。
出かけたのが早朝だったので、陽はまだ高い頃だ。
一度水の中に落ちてしまい、ずぶ濡れの状態のまま戻ってきたので、そのままというわけにはいかず、優麻と飛鳥で水気を拭いて着換えさせられていた柚真人は、自分の寝台で目を覚ました。
目を開けると、一瞬だけ、自分の置かれた状況に戸惑いを覚えたが、
「――よかった。お目覚めになりましたね」
耳慣れた声が聞こえ、すぐ傍に優麻が端座していたことに気が付いた。そうして、何がどうしてそうなったのか、思い出し、推察をする。
「――佐須良はうちの池だな」
柚真人はそう確認した。寝台の上に、上半身を起こしながら。
「俺はどれくらい落ちてた」
「二時間ほどでしょうか。まだ時刻は午前のうちです」
「そうか」
あの場所で、水の中に佐須良を見つけた。それがこの手の中から消えた時にはさすがに心臓が凍えるかと思うほどぎょっとしたが、すぐさま何が起きたのか、そういういことかというのもわかった。だから柚真人はいまこうして冷静でいられる。
神刀は、神社の池の神使が、柚真人に渡すまいとしたのだ。ゆえに、今は、池の中にある。
ただ、そのままだと神刀には手が出せない。池の水はただの水のように視えて、女神の神域の一部でもあるからだ。さすがにその中に隠されてしまうと、柚真人には分が悪すぎる。
「――クソ」
柚真人は短く悪態をついた。あいつら、そこまでして。そう、臍を噛む。
「おかげんに問題ありませんか?」
傍らから優麻にうかがわれ、柚真人はそちらの方は問題ないと頷いた。
自分でもまさかよもやあのタイミングで派手に意識を持っていかれるとは思わなかった。なのでいくらなんでも優麻も多少不安になる――といったところだろうが、おそらく、《《こちら》》と《《あちら》》で同時に物事が進行しているので致し方ないだろう。しかも、《《こちら》》と《《あちら》》は完全に隔てられているので、こちらとしても何もさぐりようがない。
つまり――。
あの時。神刀が柚真人の手から奪われた時。ほぼほぼ同じタイミングで、柚真人は強制的に例の夢に召喚された。自分が、幼い姿をしたかつての自分と対峙する夢に。
夢はつい最近までたびたび定期的に続いており、あれからもそれはたびたびあり、やはり柚真人にとって少しの謎であったのだが、つい先ほど、柚真人にとってもすべてがわかった。そうして、なぜ、自分が、たびたび、自分のすべきことをしろ、この先の道を間違うな、と言われたのかもなんとなく理解した。
柚真人はいま、司を救い出すべく行動している。でもそれは、自分だけが、というわけではないということだ。
柚真人はかつて、過去から転生する鬼と、現世に生まれ出る人とが、混ざり合ってひとつの御霊を成していた。それが、鬼と人とに分けられた。
その後、柚真人は鬼として自分を生かすために人としての自分を喰った。喰ったということは、殺したとほぼ同義だ。つまり人の部分の『柚真人』は死を迎えた。ただ、人として分けられた『柚真人』は鬼と人とに分けられた時からずっと呪縛により眠ったままでいた。その呪縛が、死と同時に解けることにもなった。
災い転じてというかなんというか、死によって『柚真人』は自由を手に入れることになったのだ。
そもそも、死とはいうもののその死は通常のそれとは異なっており、『柚真人』の身体でもあった肉体は依然として生きている。
これにより、『柚真人』は、死していながら柚真人の肉体と幽世を行き来している状態なのだ。幽世に干渉しているということは、黄泉の神域、根の国の神域にも当然干渉できる。となれば、当然、司、にも。
他方でそれは、『柚真人』が柚真人の霊力に寄っているということも意味する。
都度、あの夢を見たのは、そのためだろう。
『柚真人』は、そうやって、死してなお存在をたもちつづけるために、柚真人と霊力を分け合っていた。
そしてつい先ほど、同じように柚真人から、霊力をもっていった。ただし、いつもとは違ってこちらの意識が一時的に失われるほどにごっそりと、だ。
ということは。むこうで、あいつが何かしている。それが何なのか、司にとってどういう意味があるのか、柚真人にはわからない。でも、もともとは自分だ。この世に生まれ出でた時、そしてふたつに強制的に引き裂かれるまで、この身体の中でひとつであったもの。であれば――信じるしか、ない。
目覚める前、柚真人は、声を聞いた。
きみは、きみのするべきことをして。
ぼくのことは、振り返らなくていい。
ぼくたちは、つかさのために、つかさを守る。そうだよね?
ああ、そうだ。
司の、ために。
それを、信じるしかない。ひいては、己を。

