勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

03
 
     ☆

 ――べつにこわい人ではないし、接してみるとただの優しい宮司なんだけどなあ。
 でもやっぱり、面と向かって対面したりすると、ぞわぞわと怖い感じがする。いや正確には、これが、怖い、という感覚と言っていいのかどうかもよくわからないのだけれど。
 もしかすると、不安、とか、不吉、に近い感覚なのかもしれない。なにか、自分の手に負えない存在がすぐそこにいる感じ。だから、逃げ出したいような心地になる。
 ――あの人、顔も異っっっ様に綺麗で人間離れしてるしさ。ただそこにいるだけで妙な迫力あるんだよな……刑事のオレがそう思うのもなんだけどさ。
 そんなことを思いつつ、(みささぎ)(はやて)はその日の夜、けっこう遅い時間になって、少し前にも来たばかりの皇神社の鳥居をくぐった。
 こんな時間になったのは、もちろん自分の仕事のあがりが遅かったためで、颯が先日からほとんど間をあけずに再びここに来なければいけなくなったこともその仕事に起因している。
 ことの起こりは、三日ほど前のことだ。
 それまで颯は、ある殺人事件の捜査で、都内の所轄署にやってきていた。
 事件自体の発覚は、去年の年末、師走の半ばのことであった。なので颯は、年末年始もほぼ普及で働いていたことになる。
 犯人は、不休の捜査の甲斐あって、年が明けてすぐに逮捕することが出来た。問題は、その事件が発覚当初は失踪事件であり、犯人が逮捕されたから殺人事件に切り替わったことにある。
 とはいえ颯は現在警視庁の捜査一課に所属しており、その捜査一課が所轄に出張ったのだから、殺人はもとより視野に入っていた。犯人もまた、逮捕されると自分が被害者を殺害したと自供した。
 ただ、その被害者の遺体が――。


 ――見つからない?
 犯人の自供から、遺体を捜索に行った所轄の捜査員たちから報告を受けた時のことを、颯は考える。
 そう。犯人は確かにそこに死体を遺棄したといった。ところが、その死体が、見つからないのだ。
 となれば、犯人が虚偽の供述をしている可能性があると疑うのが普通だろう。そこで、颯と颯の相棒である同じく捜査一課所属の刑事――名前は(そよぎ)という――が、再度犯人を取り調べた。
 しかし犯人は、確かに遺体はそこに遺棄したという。そこに、嘘をついている様子は見えなかった。それに、犯人は、犯行も自供して、動機も自分の行動も詳細に供述していた。犯行を否認しているならともかく、すべて認めて証拠もあるのに遺体の遺棄場所だけ虚偽を述べる理由がない。
 奇妙なことは他にもあった。それは、遺体が存在しない、ということ以外は、おおむね犯人の供述に対してちゃんと裏付けが取れていたということだ。
 犯人は、都内郊外のとある山中にある、泥沼の中に遺体を遺棄したと言った。
 その供述の通りに捜索を行ったところ、犯人がそこまで車で乗り付けたタイヤ痕、そこから遺体を運んだ痕跡、傷ついていた遺体から現場に残ったと思われる血痕までもが見つかった。なのに、泥沼の中に投げ捨てたという遺体だけが、見つからない。
 そんなことが、あるだろうか? この点についても犯人に問い質したが、犯人は頑なに遺体はそこに捨てたというし、遺体以外の証拠はむしろきちんと揃っている。なにより、そこに犯人の嘘があるとしても、さっぱり意味がわからない。
 そのことを、颯は、家で、ぽろっと、父親にも洩らしたのだった。
 ――そんなことって、あると思う?
 颯の父親は、現在は警察庁の官僚である。しかし、若い頃には警視庁の捜査一課にいたと聞いていた。それもあって、意見を聞いてみたかったのだ。
 類似の事件や、そういう時の犯人の考え方、取り調べの仕方など。なにか、あるのかもしれない。
 ところが、事件のあらましを聞いた颯の父、陵和泉は、少し考えたあとで、颯にこう言った。
 ――お前、ちょっと御当主んとこ行ってきなさい。
 ――え?
 ――そういう事件を解決する時にね。俺もだいぶ、ちょっとこう、アドバイス的なものをもらったりしてたのよ。だから、そういう話なら、たぶん御当主に聞いてもらった方がよさそうだなっ、と。
 ――は、あ? ええ、そうなの???
 ――お前が御当主のこと、苦手にしてるのは知ってるよ。けど、俺もそろそろ引退の時期が近づいてきてるしさ。そうなると今後はお前が陵と皇のパイプ役になるんだから、そういう仕事もちょっとずつ引き継いでもらわないとね。
 そういう仕事――については、颯もいちおう一族の人間なので話には聞いていた。皇の社家である陵の家がどうして近代になるにしたがって警察内部に人員を送り込むようになったかといえば、皇の勾玉の血脈としての職務が、人の不審かつ不可解な死に触れるからである。
 昔であればいざしらず、時代が変わるにつれ、そういった仕事のためには警察内部に融通を利かせられる人間も必要になった。それも、出来れば上層部の方に。むろん最終的には、現在であっても勾玉の血脈は神社本庁と宮内庁の管轄に置かれている。だがそれはあくまで非公式のことであり、通常、そこから表立って公的な介入は行われないのだ。

 ――いい機会だし。ちょっと御当主に会ってらっしゃい。なに、取って食われたりしないよ。あれでけっこういい子だから。我らが御当主様は。