勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

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「事情の説明はするわ」
 そう言われて、柚真人は桜と雅を皇邸の居間に通した。
 おまけに、
「貴方のところにある一番いいお茶お願いね」
 と付け足されて、お茶も提供させられている。
 まあ、客人にお茶を淹れることくらいは、柚真人も別にやぶさかでもなかったのだが。
 居間のテーブルを挟んで、柚真人と、そして桜と雅が端座していた。
 そして柚真人の側のうしろに、優麻と飛鳥と緋月正座のかたちで控えている。
 神社はあのまま閉めてしまって、外は夕暮れになりかけていた。柚真人を捕らえていた異界が雅によって開かれた時――雅の携えてきた剣が、それを可能にした。例の小箱を境界としたクモの異界は、雅の剣が小箱を割ることによって一緒に割れた――一瞬、この世にあらわれた巨大なクモは、とりあえず誰の目にも留まらなかったものと思いたい。
「――それでは」
 凛とした声で、雅が言う。
「暁は、こちらで処罰いたします。それで問題ないわね、暁の現当主」
 それは、柚真人の背後にいるはずの暁緋月への言葉であった。
 なので柚真人から緋月の反応はわからない。しかし、そのかわりに向かい合っている雅の様子で、柚真人は緋月が頷いたのだろうということはわかった。
 事情の説明はする。そう言った桜と雅が、ここで柚真人に淹れさせたお茶を啜りながら話したことは、主には、暁圭吾にまつわることだったのだ。
 暁圭吾は、暁緋月の実父である。ゆえに、緋月にとってはおおむね酷な話の数々ではあった。もっとも、緋月ももう柚真人に仕えて長く、父親の失踪後の動向についてはうすうす良くない予見は抱いていたようで、黙って話を聞いていた。
 暁圭吾が、ある時から勾玉の血脈としての道を外れ、密かに外法に手を出していたこと。自分自身は妻とともに名前を変え、医者としてあちこちの診療所を転々としていたこと。その間にあの虫を育て、最後には妻を喰わせたこと。
 皇の先代次女、暁維月は、おそらく、薬物や精神操作で、圭吾のいいなりになっていた。火事で死んだ男は、暁の患者であったそうだ。暁圭吾は精神科医だ。その肩書で患者と接するうちに、使いやすそうな駒を選んだ。男には自殺願望があり、暁圭吾はそれを叶えてやることととの交換条件として、小箱を皇神社にもちこませた。あの火災は、その結果だったというわけだ。それは勾玉の血脈どころか、人倫にも悖る行為と言えた。
「貴方のことが、よほどおそろしかったのでしょう」
 とは、雅が柚真人に向けた言葉だ。
「自分で勝手に俺の頭の中をいじくりまわしたあげく、『俺』を引きずり出しておいてか」
 柚真人はそう応じた。
「むろん、そのことについても暁圭吾は罪に問われます。――もはといえば、暁が余計なことをしなければ、そもそもあなたも皇の家もこんなことにはなっていなかったはずですから」
 現状を。
 こんなこと、と評する雅の言い方に、雅自身の柚真人に対する嫌悪の強さもうかがえた。
 神薙雅は、たぶん暁圭吾のことを多少は理解できると思っているのに違いなかった。だからといって、断罪するのに容赦がいるとも思っていないだろうが、今の柚真人を忌避したい気持ちは、雅の態度や空気、言葉の端々にも感じられた。
 それに――柚真人自身もまた禁を犯せば暁とまとめて消すことができる。雅はその程度のことまで考えたのに違いない。だから、桜がついてきている。ひとつ貸しよと、いった桜の言葉がその証だ。ちなみに、柚真人をおとりに使ったことに対する言及や謝罪も、雅はしなかった。おとり、とはいうものの。あるいは――どう転んでもいいように、計算しながら暁圭吾を追っていたのだろう。
 緋月の、事態に対する了承を得たところで、雅と桜は話を切り上げた。
「今回のことは、こちらで報告を上げておきます。貴方たちは、もうこの件にはかかわらなくていいわ。暁の……あなたには、思うところもあるかもしれないけれど」
 桜は、雅のあとを引き継ぐようにそう言った。柚真人の肩越し、緋月の方へと視線をやって。
「忙しいところ、悪かったわね」
 そして、柚真人が淹れたお茶を飲み干す。
 茶托の上に、白い磁器の茶碗を置くと、
「貴方、お茶の趣味もいつもいいわよね。――その感覚を、私としては、今後も大事にして欲しいと思うわ。私がここでまたお茶を飲めるようにね」
 と、柔らかい音色の声を紡いだ。
 その言葉は、今回、雅とともに桜がここにやってきたことの理由を載せたもので、桜の意見を、隣に座る雅に伝えるものでもあったろう。
 対する雅は、お茶には手をつけずに、ふん、とほんの小さく鼻を鳴らすような息をついた。
 その後、彼女たちが立ち上がったので、柚真人も立ち上がった。
 柚真人に続いて、優麻や飛鳥、それに緋月も立ち上がって従おうというそぶりを見せたが、柚真人はそんな三人を制した。
 そのままでいい、ということを差し出した手で示し、自分だけで、二人の同業者を玄関口までいざなった。
 二人が草履をはいた時――ともに神職服だったので、彼女たちはたぶんここまで公用車を使ったものと想像できた。帰路のために、車はまだ待っているはずである――桜の方が、ちょっとだけ柚真人を振り返って、
「――数日後に、環がこちらに来ることになっているわね。その時に、今後の事の顛末について報告があるでしょう。必要があれば、暁のご当主にも伝えてあげて。そこは貴方の判断でかまわない。どのみち、彼女にとって嬉しい報告にはならないわ」
「――」
「それと、貴方にとって大事な知らせもあるはず。それについても、心しておくこと」
「!」
「道を間違えるんじゃないわよ。かならず、巫女を取り戻して。貴方の行動がそうである限りにおいて、我々は協力できるのだから」
 桜は、長い髪をふわりと翻した。
 その瞬間、比喩ではなく、甘い桜のような香りが舞った。