勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

09
  
       ☆

 何かの手掛かりにはなるのかもしれない。
 緋月がそう言って、浄化した小箱は社務所へもってきた。
 あれからもう一度、優麻と緋月で皇邸の中を探してみたが、柚真人の気配はない。そこで、二人は社務所へ戻ってきて、飛鳥にも事の次第を説明した。
 柚真人に何かあったかもしれない、ということはもはやどう考えても確実だ。しかし、ではいったい何が起きたのかということがわからない。箱の中身が何だったのか。何が目的でこの箱はここに持ち込まれたのか。箱の主も死んでいて、問い合わせのしようもない。
 ただ、不測の事態に備えて、神社へのひとの出入りは制限しておこうと、飛鳥と緋月、優麻たちは判断し、非常勤の職員や巫女たちを午後から退勤させた。神社には参拝客も多い時期だが、事情により臨時休業のようなかたちで参道を閉鎖しておけば、たいていの人間は入ってこない。
 午後になり、冬の日が傾き初めて、三人は社務所で頭を突き合わせていた。ただ、緋月は先刻、水を汲みにいったときに思いついたようで、
「そういえば、神使の方々にお話をうかがうことはできませんの?」
 と、優麻に尋ねた。
 神使であればおそらくこの神社内で起こったことは把握している可能性が高い。神職といってもだいぶその血統も薄まった緋月と飛鳥には、そうはいっても神使との意思の疎通などできないのだが、優麻であればできるはず。
 ところが優麻がいうことに、
「それは私も試しましたが、神使の方々もだんまりで。……柚真人さん、本当に仲が終わるいんですよねえ、ここの神使たちと」
「……そんなことある?」
 マジか。宮司なのに。
 と天を仰ぐ話なのである。文字通りに飛鳥が社務所の天井を仰ぐと、優麻いわく、
「神使の方々は、かつて司さんのことが大好きでした。その司さんを守れなかった柚真人さんに、神使の方々はいたくご立腹でして。宮司として認めるわけにはいかぬ、お前らがいうな同罪だろうが、というような対立があるといいますか、ここは、柚真人さんも歩み寄る気がさらさらなくてですね」
 それは――そうだろうなあ、と飛鳥と緋月も納得するより他になかった。むしろ司のことで神使たちと反目し合っているといわれると、そういう柚真人の態度が目に見えるようだった。
 通常、宮司と神使は通じ合っていればお互い助け合うものだろうが、相手の宮司が柚真人であればそうもいくまい。そっちがその気なら神使の助力など要らんわ、とでも言い出しそうだ。
 となるとやはり手がないことになるのか。
 どうするか。
 最終的な手段としては、鎮護官に報告を入れて判断を仰ぐことになるのだろう。だが、それは現段階ではまだ避けたい――そう、それぞれが思っていたところ。
 ひとけのなくなったはずの境内から、社務所の方へと、声がかかった。
「――ちょっと。誰の姿も見当たらないけど、誰かいないの?」
 その時、社務所の作業場にいた三人三様、覚えのある声だった。
 驚いて顔をあげ、三人揃って社務所の入り口まで出て行くと。
「あら。いるじゃない」
 そこには、二人の、神職服に身を包んだ女性が立っていた。一人は、柚真人と同じ白に紋入りの袴。もう一人は紫に白い紋様の入った袴。どちらも、上級の神職だが、それは勾玉の血脈の継承者としての階級を示すものでもあったろう。
「……高徳寺さん、と」
「……神薙(かんなぎ)(みやび)……」
 白い袴の方が、高徳寺桜。そして紫の袴の方が、神薙雅。そして神薙雅、と緋月に呼ばれた方の女性は、手に、おそらく剣を収めたものと思われる袋も携えていた。
「お困りのようなので、援けにきたわよ」
 桜はそう言い、三人に向かって、にこっと人好きのする笑顔を浮かべた。
「雅もあいさつぐらいはしなさいな。いかにここが貴女の毛嫌いしている皇の社とはいえ、礼節は必要よ」
 桜は朗らかに言う。
 そこには、およそ現状の事態と釣り合うような緊迫感や緊張感はうかがえない。もっとも、高徳寺桜という人は、いつもこんな雰囲気ではあるのだが。
 対する神薙(かんなぎ)という女性は、どこか厳しめな表情と空気でもって、皇の側の三人の前に立っていた。(みやび)が、皇の家に良い印象をもっておらず、たったいま桜がいったように、皇の家を毛嫌いしていることは、三人ともが知っていた。
 雅は、かつて――高校生だった柚真人と司がここで襲われた時の退魔戦を率いてくれた退魔師だ。しかしというかゆえにというか、以来、ずっと、皇の現当主を快く思っていない。もっというと、露骨に忌々しい存在と認識してはばかる気配もない。
 だからこそ、この二人が揃っていまここにやってきたということの重大さは、三人にはよくわかった。こちらからは何も情報を上げていない。なのに二人が来たということは、今のこの事態、皇柚真人の身になにかがあったらしい、ということを、既に上が把握しているということになるからだ。
 どうして――という空気が、おそらく自分の顔に出たのだろう。
 そう、飛鳥は自覚した。
 桜の目が、ちらりと自分の方を見て、それから彼女が、
「――そう心配しなくてもいいわ。今回のことは、あなた達の落ち度ではない。それはこっちも上もわかってる」
 と、言い放ったためである。
「ここに、これくらいの小箱があるでしょう」
 なんの説明も前触れもなく、指先で掌くらいの大きさを示してそう言ったのは雅の方。雅の方は、その問いもずいぶんと厳しく向けてきたので、そのこと自体にはカチンときたようだった緋月なのだが、すぐに取って返して作業場にあった小箱を持ってきた。
「これのことですの?」
 緋月はそれを掌にのせて雅の方へと突き出した。雅はそれを取り上げた。
「……浄化したのね。まあいいわ」
 雅が普通に触っていることと、気配でも雅にはそれがわかるのだろう。
「この箱はなんですの。何かが入っていたようですけど」
 雅が尋ねると、
「見覚え、ないの?」
 そう言って、雅が緋月を睨めつけた。
「?」
 見覚え? と、緋月は首を傾げた。
 何を急に? あるわけがないではないか?
 だしぬけに、何をいうのだ、この女は、と緋月も雅を軽く睨んだ。いつもふわふわとしていて礼儀正しい緋月にしてはめずらしい態度なのだが、緋月にしてみれば、この女退魔師はいつでも柚真人に無礼なので、はなからそもそも苦手なのだ。――桜、以上に。
 雅は何か含みあるげに緋月を見て、ふん、と小さく嘆息したようだった。だが、それだけで何も言わずに、話題を変えた。
「――話はあとよ。これを借りるわ。皇の当主は、この箱の向こう側」
「? 向こう、側?」
「閉じ込められたのよ。この箱の、本当の内側にね」
「!?」
 雅と桜は、そこで踵を返し、今度は境内の方へと出て行った。