勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

07
 
 
「柚真人さん!」
「柚真人さまー?」
 名を呼びながら、優麻と緋月は境内をひとめぐりした後、その背後のに位置している皇の邸宅の方へ向かった。途中それぞれ仕事中の職員たちに柚真人の所在を訪ねてみたが、柚真人の姿は境内にはしばらく前からなさそうだった。
 二人は玄関で靴を脱ぎ、廊下に上がる。そうして、優麻はそのまままっすぐに廊下を進んでいき、緋月は居間のある左手の方から中庭をぐるりと囲む廊下を歩いて、優麻と同じ場所へと辿りついた。
 保管庫の扉が開いていた。そこが何を保管している場所かは、もちろん、優麻も緋月も知っている。
 そして。
「……箱……?」
 開けっぱなしになった保管庫の扉のすぐ傍に落ちていたものに、緋月が手を伸ばそうとした。それに気づき、さらに優麻はとっさに別の事柄にも気づいて緋月を止めた。
「ダメです、緋月さん」
「え?」
 緋月の手は止まる。
 そこから訝し気な顔を向けられ、優麻は緋月の顔を見返して強く言った。
「……触らない方がいい。よくないものを感じます。中に何か入っていたんでしょう。それが、ここで開いた……」
「それって、柚真人さんがお引き受けになられていたという祓い事に関係ありますの?」
「――おそらく。今朝がた、私は柚真人さんから、ある人物について急ぎで調べるように言われていたのですが、それが、先日ここにある小箱を持ち込んだという人物のことだったんです。小箱、と柚真人さんは仰ってました。それが、いわくのある呪物だということで、祓いを引き受けたと」
「……」
 緋月は、優麻の説明を聞きながら、小箱へと目を戻した。箱は小さな木箱のようだ。しかしその内側に、何か呪札のようなものがびっしりと貼りこんであるのに、緋月も気がついたろう。
「これ……中に何が入っていましたの?」
「それがわからないのだと柚真人様は仰ってました。開かないといって持ち込まれた箱だ、とも。それが開いているのですから、変です」
「……それは、確実にこの箱ですの?」
「状況から考えてそうかと。それに、その箱からは私や柚真人さんと同類の気配の名残を感じます。わずかには、柚真人さん自身のものも。だとすると、中にあったのは本来ならここに持ち込めるはずのないものであったということでしょう。私が調べて柚真人さんに急ぎお知らせしたことも合わせればより辻褄は合いそうです」
「そういえば、柚真人さまには何かお急ぎでお知らせしたとおっしゃってましたわね。それはなんですの?」
「簡単に言えば、柚真人さんがお引き受けになった小箱をここに持ち込んだ人物に、なにか思惑があったようだということです。その人物は、昨日死亡しておりまして。そのうえ、柚真人さんには自分の身上について虚偽の説明をしていました。ですから、何かおかしいと――」
「――」
 さらにいえば、柚真人の姿は、まだ見つからない。
 その時、緋月がはっと何か思いついたような顔をして立ち上がった。優麻が見ていると、緋月は箱はそのままにして皇邸の玄関まで戻り、しばらくして戻ってきた。
 その手には、柄杓があり、柄杓の中には水がある。
 なるほど、と優麻は思った。
 緋月は、また箱のところまでやってくると、柄杓をそこでひっくりかえした。すると当然中身が箱と床を濡らしていく。
 同時に、濡れた箱からは煙があがった。
 水をかけたのに煙があがるというのは一般的には妙なことだがこれは皇の祓いの一手段だ。
 煙と見えるのは、普通に火をたいた時に上がるものや水が上記になった時に見えるものとは違うものである。ただ、水が蒸気になった状態とは似ているのかもしれない。皇の社には神気を帯びた池がある。そこからくみ上げた水は、そうやって一切の穢れを祓いのけることが出来る。その時、神気を帯びた水は、蒸発に似た現象を起こして、穢れを滅し祓うのだ。
 緋月がもってきたのは、神社の手水場にあった柄杓と、そこに池からひかれている水であったろう。
「……間違いなさそうですわね」
 水の溜まりができた廊下と、なお少し白いもやのようなものを立ち昇らせてる箱を見て、緋月は確信の色を洩らした。
 問題は。
 この中に何があったのか、ということと。
 柚真人はどうしたのか、ということだ。