勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

02
 
 
 翌日はクリスマスイブの前日で、神社職員の約一名が朝からそわそわしていた。
 聞けは、だってクリスマスって楽しみじゃん、とその約一名の職員は言う。
 神社で年末年始の準備に忙殺されながらクリスマスが楽しみとか言っている場合か、と柚真人が応じると、当該職員――橘飛鳥は、楽しみなことは多い方がいい、と言い張った。
 飛鳥は、柚真人が知りうる限りの子供の頃からそういったお祭り行事が好きだ。飛鳥自身が、単純に、明るく朗らかな性格なせいでもあるだろう。
 柚真人自身は、クリスマスには特段特別な興味は無いし、自分がこの社の宮司である以上神社に関わる祭禮と祓い事をまわすので手一杯だ。けれども、飛鳥のなんでも楽しもうとする性格や何事にもめげない朗らかさには、正直なところ、ほんのちょっとあくまでも微々たるきもちくらいには救われていると感じることも無くはなかった。
 飛鳥が、クリスマス――に限ったことではなく、バレンタインだのハロウィンだのといったものもなのだが――を強引に神社の中にまで持ち込もうとすることに、柚真人がやや寛容に対応するのは、だからでもあった。
 そのため、飛鳥は毎年皇家あてにクリスマスケーキをホールでいくつか発注する。
 ケーキならもちろん柚真人にも作れるが、当然この時期にそんなことをしている暇はない。なので、柚真人はこれも飛鳥が好き放題やってくれるのに任せていた。ケーキは冷凍便順次であっちこっちの有名パティスリーから届くので、柚真人としては飛鳥に自分の台所にある冷凍庫を貸してやるくらいのことはする。
 そんなわけで、本日、みっつ目のケーキが届き、まったくほんとに毎年毎年このクソ忙しい時期に宮司の俺に何をさせてくれるんだあいつはと思いながら柚真人がそれを荷解きして冷凍庫にしまってきた時だった。
 平素からちょっと耳慣れないような大きなサイレンの音が聞こえてきたのは。
 もっともサイレン自体は多い時には一日に数度、どこかで鳴っているな、程度には耳にするものである。しかしたったいま聞こえてきたのはずいぶん近く――より大きくなって近づいてくるので、神社の目の前を抜けていく通りを下から登ってきているものだなと思われた。
 自邸から境内へ出て、お守りやお札などの授与所の方へいくと、案の定、飛鳥がそこから表を覗くように頭を出していた。
「近くで火事ぃ?」
 柚真人の姿を認めた飛鳥が言うので、柚真人は飛鳥に応え、
「だろうな」
 と呟いた。
 皇神社の境内は、神社の前の道から少し階段を上がったところに広がっている。ゆえにこの位置から道のある方を見ると、サイレンと明らかに消防車であろうなと思われる車体が何台か連なって道の下の方から上の方へと何台も上がって行く様子が見えていた。
「消防車が前の道通るの、めずらしいね」
 飛鳥が言うのは、この神社の前を通っていく道が、幹線道路や大きな街道ではないためだろう。
 普段聞くサイレンは、たいてい、神社から少し離れたところにある広い道路を通っていくのだ。ということは、この道をわざわざ通る必要がある場所へ、消防が向かっているということになる。おそらく現場はこの神社からそう遠くないところであるはずだ。
 しかも、消防車の数が多い。数台が通過していったと思うと、間をあけてまた数台が神社の前の坂道を登っていく。
 この神社は坂の中ほどの緑地を境内としているが、もう少し坂を上ると高台にも住宅街がある。
「年末なのにねえ」
 飛鳥がどことなく渋い声でそう言う。
 まあ確かに、宗教施設に身を置いている者としては、この時期はなるべく誰もが平穏無事に過ごすことが出来ればそれにこしたことはないと思いはする。だが同時に、すべての人間がそうあることが出来るはずもなく、不慮の事態は誰の身にも平等に訪れうる。それを救い留めることは、神様にだって出来ることではなく、それがこの世の無常の理だ。その中でもより良く、なんとか最善を。人は、そうつとめてこの世を生きるしかないのだろう。
 その火災は、少なくともその時は、そんなふうに。
 柚真人にとっても、皇の社にとっても、否応の無い他人事の類に過ぎなかった。