02
☆
ここのところ、皇邸での夕食の卓がにぎやかだ。
まあ、にぎやかと言っても実際に神職たちが食卓を囲んでいる間は基本的には黙食だから、誰も口を開かない。でも、食卓のうえにはいつにもまして彩よくいろいろなものが並んでいたし、食事が終わって一拝一拍手すれば黙食はそこまでとなる。
ここのところ、とは、11月の新嘗祭以降、ということで、ゆえにこれは毎年の常でもあった。
新嘗祭は全国一般的にも神社にとって大事な行事で、いわゆる一年の米の収穫に感謝をする祭禮だ。祭禮では、その年の新穀を神前に供え、その供え物を神からの賜りものとして、人の側でも共に食するならわしがある。
皇神社では、さらにこれが毎年、人の通常の食卓においても新米解禁の時ともなっており――とくに当代の宮司が正式に皇柚真人になってからは、その食卓に、同時に、大量の『ごはんの友』が用意されることとなっていた。
その『ごはんの友』があるために、しばらくの間、食卓がにぎやかになるのだ。
食後の拝と拍手を終えると、
「今日は……もうちょっと入りませんわ……俺の、明日のぶん、とっといて……とくにその……無限青唐辛子……やばい。新米が消える」
うう、と軽くうめくような声を出して畳に両手をついてから飛鳥が言う。
その様子を呆れたようなまなざしで眺めつつ、
「その歳で子供みたいなことをおっしゃいますわねえ、毎年。まあ、柚真人さまのお料理は美味しいですから、そうなりますのも致し方ありませんけれど」
と緋月が苦笑した。
飛鳥は唇を尖らせて応じる。
「だってー。……それに今は貴重だもん。柚真人くんがごはん食べさしてくれる機会がさあ」
新米とごはんの友の会が催されているこの間は、居間のテーブルに白米の入ったお櫃やら件のごはんの友の諸々やら取り皿やら日本酒やらが並べられていた。そのテーブルを、柚真人はもちろん飛鳥と緋月、それに優麻が囲んでいる。
実のところこの時期は、新嘗祭だけでなく、年末年始に向かって神社がひたすらに忙しくなる時期でもある。ゆえに、時には非常勤の神職や神職以外の職員たちがここに混ざることもままあった。彼らにも、宮司である柚真人の料理の腕は好評なのだ。
ただ、今は他に職員の参加はない。飛鳥が緋月の苦笑を誘うような態度で柚真人に気安い物言いをしているのは、だからでもあった。
柚真人もまた、そんな飛鳥にしかたないなというような苦笑いを向けながら、片付けのために席を立つ。
昔はよくこんなことをしていたし、料理をするのもその後片付けをするのも柚真人は嫌いではなかった。
ゆえに、立場は上下関係となる飛鳥たちが満腹で動けないと言って居間の畳の上でダラダラしていても、とくに思うところはない。
さすがに緋月は、私がやりますと気遣ってくれるが、柚真人はたいがいそれも制する。つまるところ、台所は自分の城のようなものであるのかもしれない。
しかしこの時は、すこし経ってから優麻が、皇邸の台所の方へと顔を出した。
「べつに、手伝いならいいぞ。さっき緋月にも言ったが」
柚真人が返すと、優麻は穏やかにこう返してくる。
「お茶を淹れようと思いまして」
そして、勝手知ったる具合で台所の戸棚から茶器や茶葉の缶を取り出した後で。
「……それはそうと。少し、浮かない顔をしているように見受けられます」
「――」
「今日は、出張でのお祓いがありましたよね。もしかして……なにか、ありましたか?」
洗い物のため、シンクの前に立っていた柚真人が、問いかけに応じて優麻の方を見遣れば、優麻もこちらをうかがっていた。相変わらず、その表情や雰囲気はおだやかなものだったが。
こいつには気づかれるか、と思う柚真人だ。まあ、それもいつものことではあるので、これはすでにやや諦観を孕んだものである。
今日のいわゆる仕事に対して、確かに優麻の指摘の通り、気になることがあるにはあった。ただ、そこを深堀するのは祓い事を依頼してきた依頼人の希望の範疇外に――いまのところは――なるので、ちょっとひっかかるなあ、とずっと考えていたのだ。
柚真人の微妙な迷いや思考の燻ぶりを、優麻はきちんと嗅ぎ分ける。そして、柚真人に質すべきだろうと自身が判断した場合は、こうやって様子をうかがってくる。
柚真人は少しの間、無言で思案した。
それから、泡だらけのスポンジで食器を洗っていた手を止める。この感覚を、果たしてなんと説明すればよいものか。
「んー、まあ。なんてことはないんだが。ちょっと中途半端だったかなあ、と思ってさ」
「中途半端?」
「そ」
「……めずらしいですね」
そう。どちらかというと柚真人は、何事も常にすっぱりさっぱり綺麗に片付けたい質で、仕事のやり方についても同様だ。
だからこそ、なんとなくキレの悪い後味のようなものを感じているのだった。
とはいえ、問題がある、というほどのことでもない。それに現状では、終わった仕事だ。
ひと月ほど前から、様子がおかしくなり、起き上がれなくなり、部屋からも出て来なくなってしまった娘の様子を見て欲しい、という、娘の両親からの依頼だった。それ自体は良くある祓いの仕事で、祓うべきものは祓った。ただ――。
両親によれば何日かぶりに意識を回復したのだという娘が、事態を把握したように見えたあとで、流した――涙。
それがどうにも、安堵や安心、開放感といったものを感じさせるものではなく。
柚真人の中に、なんとも微妙な、いつにない、ひっかかりを残したのである。
「なにかあれば、すぐに言ってくださいよ」
と、優麻。
これにはちょっと笑いながら、柚真人は返した。
「いまんとこ、これはお前の――弁護士先生の助けを借りる系の仕事じゃあないよ。――大丈夫」
☆
ここのところ、皇邸での夕食の卓がにぎやかだ。
まあ、にぎやかと言っても実際に神職たちが食卓を囲んでいる間は基本的には黙食だから、誰も口を開かない。でも、食卓のうえにはいつにもまして彩よくいろいろなものが並んでいたし、食事が終わって一拝一拍手すれば黙食はそこまでとなる。
ここのところ、とは、11月の新嘗祭以降、ということで、ゆえにこれは毎年の常でもあった。
新嘗祭は全国一般的にも神社にとって大事な行事で、いわゆる一年の米の収穫に感謝をする祭禮だ。祭禮では、その年の新穀を神前に供え、その供え物を神からの賜りものとして、人の側でも共に食するならわしがある。
皇神社では、さらにこれが毎年、人の通常の食卓においても新米解禁の時ともなっており――とくに当代の宮司が正式に皇柚真人になってからは、その食卓に、同時に、大量の『ごはんの友』が用意されることとなっていた。
その『ごはんの友』があるために、しばらくの間、食卓がにぎやかになるのだ。
食後の拝と拍手を終えると、
「今日は……もうちょっと入りませんわ……俺の、明日のぶん、とっといて……とくにその……無限青唐辛子……やばい。新米が消える」
うう、と軽くうめくような声を出して畳に両手をついてから飛鳥が言う。
その様子を呆れたようなまなざしで眺めつつ、
「その歳で子供みたいなことをおっしゃいますわねえ、毎年。まあ、柚真人さまのお料理は美味しいですから、そうなりますのも致し方ありませんけれど」
と緋月が苦笑した。
飛鳥は唇を尖らせて応じる。
「だってー。……それに今は貴重だもん。柚真人くんがごはん食べさしてくれる機会がさあ」
新米とごはんの友の会が催されているこの間は、居間のテーブルに白米の入ったお櫃やら件のごはんの友の諸々やら取り皿やら日本酒やらが並べられていた。そのテーブルを、柚真人はもちろん飛鳥と緋月、それに優麻が囲んでいる。
実のところこの時期は、新嘗祭だけでなく、年末年始に向かって神社がひたすらに忙しくなる時期でもある。ゆえに、時には非常勤の神職や神職以外の職員たちがここに混ざることもままあった。彼らにも、宮司である柚真人の料理の腕は好評なのだ。
ただ、今は他に職員の参加はない。飛鳥が緋月の苦笑を誘うような態度で柚真人に気安い物言いをしているのは、だからでもあった。
柚真人もまた、そんな飛鳥にしかたないなというような苦笑いを向けながら、片付けのために席を立つ。
昔はよくこんなことをしていたし、料理をするのもその後片付けをするのも柚真人は嫌いではなかった。
ゆえに、立場は上下関係となる飛鳥たちが満腹で動けないと言って居間の畳の上でダラダラしていても、とくに思うところはない。
さすがに緋月は、私がやりますと気遣ってくれるが、柚真人はたいがいそれも制する。つまるところ、台所は自分の城のようなものであるのかもしれない。
しかしこの時は、すこし経ってから優麻が、皇邸の台所の方へと顔を出した。
「べつに、手伝いならいいぞ。さっき緋月にも言ったが」
柚真人が返すと、優麻は穏やかにこう返してくる。
「お茶を淹れようと思いまして」
そして、勝手知ったる具合で台所の戸棚から茶器や茶葉の缶を取り出した後で。
「……それはそうと。少し、浮かない顔をしているように見受けられます」
「――」
「今日は、出張でのお祓いがありましたよね。もしかして……なにか、ありましたか?」
洗い物のため、シンクの前に立っていた柚真人が、問いかけに応じて優麻の方を見遣れば、優麻もこちらをうかがっていた。相変わらず、その表情や雰囲気はおだやかなものだったが。
こいつには気づかれるか、と思う柚真人だ。まあ、それもいつものことではあるので、これはすでにやや諦観を孕んだものである。
今日のいわゆる仕事に対して、確かに優麻の指摘の通り、気になることがあるにはあった。ただ、そこを深堀するのは祓い事を依頼してきた依頼人の希望の範疇外に――いまのところは――なるので、ちょっとひっかかるなあ、とずっと考えていたのだ。
柚真人の微妙な迷いや思考の燻ぶりを、優麻はきちんと嗅ぎ分ける。そして、柚真人に質すべきだろうと自身が判断した場合は、こうやって様子をうかがってくる。
柚真人は少しの間、無言で思案した。
それから、泡だらけのスポンジで食器を洗っていた手を止める。この感覚を、果たしてなんと説明すればよいものか。
「んー、まあ。なんてことはないんだが。ちょっと中途半端だったかなあ、と思ってさ」
「中途半端?」
「そ」
「……めずらしいですね」
そう。どちらかというと柚真人は、何事も常にすっぱりさっぱり綺麗に片付けたい質で、仕事のやり方についても同様だ。
だからこそ、なんとなくキレの悪い後味のようなものを感じているのだった。
とはいえ、問題がある、というほどのことでもない。それに現状では、終わった仕事だ。
ひと月ほど前から、様子がおかしくなり、起き上がれなくなり、部屋からも出て来なくなってしまった娘の様子を見て欲しい、という、娘の両親からの依頼だった。それ自体は良くある祓いの仕事で、祓うべきものは祓った。ただ――。
両親によれば何日かぶりに意識を回復したのだという娘が、事態を把握したように見えたあとで、流した――涙。
それがどうにも、安堵や安心、開放感といったものを感じさせるものではなく。
柚真人の中に、なんとも微妙な、いつにない、ひっかかりを残したのである。
「なにかあれば、すぐに言ってくださいよ」
と、優麻。
これにはちょっと笑いながら、柚真人は返した。
「いまんとこ、これはお前の――弁護士先生の助けを借りる系の仕事じゃあないよ。――大丈夫」

