勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

05
 
 
 普段、彼女はそんなような言動はしないのだが――だからこそ、強く、その言葉と言い様は柚真人を捕らえた。
 皇邸の居間での、仕事の話が終わって、柚真人に送られながら参道まで歩いてきた時。ふいに、柚真人の方を振り返って、彼女はこういった。
「ああ、そうだ。貴方にひとつ助言をするわ。……ここのところ、貴方が気にしているらしいことだけれど」
 急に言われたので、咄嗟には彼女が何を言っているのかと思った。
 けれど、彼女は続けて、
「『それ』、じゃないわ。貴方が気にすべきことは。気になる気持ちはわかるけどね。……何を気にかけ、何をすべきか。貴方自身がするべきことを、間違えないようになさい。もう、そう遠くないうちに、わかるわ」
 なぞなぞみたいな物言いだ。
 だが、それはあえてだと柚真人は知っていた。
 彼女――高徳寺桜は、千里眼能力を持っている。その能力は強力で、ゆえに皇柚真人と同様に、力の使役に制限がかけられている。その禁を破らぬ程度に、彼女が能力で霊視たものを外に伝えようとすると、このような言葉の選びになるのだ。
 そういう時、彼女は、同族のよしみで、と柚真人に言う。同族のよしみ――そして境遇も互いに近いところにあるからか、彼女はそのようにして何度か柚真人を援けてくれたこともあった。
 彼女の能力は、本物で、強力だ。柚真人からしても、十二分に。
 それは、鎮護官たちが囲って守る、未来視の巫女――桜御護にも近いところがあった。
 いまのところ、桜御護や鎮護官からは最近定時以外の接触や連絡はない。しかし、彼女が課された禁のすれすれに触れて言葉を残したのであれば。
 それは、きっと、信用に足る。
 おそらく今回は、仕事の引継があった関係で、柚真人が水月にもちかけていた例の夢の話についてがその能力に触れたのだろう。だがそれだけでなく、彼女の能力は、柚真人や水月には知ることのできない、その先にも触れた。
 彼女いわく、霊視ようと思えば彼女にはどこまででも霊視ることが出来るらしい。桜御護との違いは、そこだ。そして彼女の力に制限が必要な理由もまた同じ。
 彼女が何をどこまで霊視たのか、は、わからない。わからないが。
 もしか、しなくとも。
 近いの、か。
 その時が。
 そう、思う。
 思えば、胸はざわついて、締めつけられるような焦燥感に息が詰まる。
 またそれを、希望と取ればいいのか。あるいは新たな絶望に触れうるものなのか。わからない。
 間違えないように、と彼女は言った。ならば。
 今はまだどちらにも振れうる選択肢が、柚真人の前に迫っている、ということだろう。
 とはいえ。
 飛鳥と、緋月には――まだ――言えない。その程度の、淡い確信だ。彼女の言葉には、いつ、も、なに、も、どのように、も欠けている。
 だから、喉を締めるような心地を飲み込み、柚真人は平静を繕う。その下で、歯がゆさと苛立ちと逸る心地を抑えつけながら、自分の一番大事なものを想っていた。

      ☆

 顔を合わせて話したい、いくらか訊きたいことがある。こちらがそう思っても、相手がこちらの望むように夢に現れてくれることはない。
 必要があるから夢で逢う。
 あいつはそう言っているから、自分の夢に出てくるにしても、あいつにはあいつなりの何か規則性もあるのだろう。
 幽霊、のようなものだってんなら。
 もうちょっと俺の意思に応えてくれても良さそうなもんなんだが。
 そう考える柚真人は、今、自分が夢の中にいるのか、それとも眠りに入り込みながらとりとめなく思考しているところなのか、よくわかっていなかった。
 お前は、いま、どこにいるんだ。
 返事はないと知っていても、問いたくなる。
 そういえば、もし、夢であるのであれば。
 せめて『彼女』の方に逢いたいものだが――。
 そんな夢は、ついぞ見ないな。
 そうも、柚真人は考えた。
 この手から失われるまでは、何度も詮無き夢を見た。気が、狂いそうだと思うほどに。
 けれどあの日、ありえない失態を犯し、『彼女』を失い、あの、とてつもない絶望と自分自身へのどうしようもないほどの失望を味わってからは。それこそ己の罪悪感からなのか何なのか、夢の中ですら、『彼女』には逢えない。むろん、夢の中で逢えたとしても、それはよけいに虚しい幻想でしかなくもあるのだけれど。
 お前にこそ、逢いたいよ。
 どうすればいい。
 どうすれば俺は、間違わずに。
 この手を、お前に届かせることができる。
 ――…………司。
 求め、欲し、悔やみ、願い、焦がれてやまないたったひとつの名を呼びながら、意識は、闇の中に落ちていく。
 その傍らで。
 遠く。
 かすかに。
 ――それは、ぼくも同じだよ。
 ――だから、それはきみに託す。
 ――よろしく、柚真人。
 どこかから、そんな言葉が聞こえた気がした。
 同時に、それは柚真人の意識をすり抜けていき、記憶として残ることはなかった――けれど。