勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

04
  

     ☆

  それから一週間後、皇神社に来客があった。
 

 その来客を、参道の鳥居の下まで見送った柚真人は、その後ろ姿が鳥居から神社沿いの道まで下りていく階段を降って自分の視界から消えていくまで眺めていた。
 オフホワイトのコートの背中に、その中ほどまで届く長い黒髪を揺らした女性は、いわば同業者で、皇と同じ勾玉の血脈を現代に継承する神社の神職だ。
 しかし彼女は、皇とはその役目を違えており、退魔を生業としている。
 というより、祓いの対象を死者に限定し、黄泉送りを専門とする皇の一族の方が、勾玉の血脈を受け継ぐ者たちの中では珍しい位置付けではあるのかもしれなかった。ただし、皇の一族は、生きとし生けるものの死に関わる祓事であれば、どのような事態にも対応する。そしてどのような御霊であっても、見捨て、見限ることはない。
 すなわち柚真人がいま見送った女性は、柚真人が水月から依頼された仕事を引き継ぎ、その処理が完了したことを柚真人に知らせに来てくれたのだった。
 水月は、皇の仕事の範疇だと思って柚真人に話を持ち掛けてきた。しかし水月の話を聞いて、少し事態を精査してみたところ、どうも違うな、これは自分には手が出せない、と柚真人にはすぐにわかった。そんなふうにして、分野違いの仕事を他の神社に引き継ぐことも、まれにあるのだ。
「お話、終わった?」
 と、背中から声がかけられたので、柚真人は振り向いた。
 そこには飛鳥と緋月が立っていて、事の次第を気にしているように見えた。いや、特に今回のことの次第というよりは――。
「今の、桜さんだよね」
 ストレートに、彼女のことが気にかかる、といったところか。飛鳥と緋月にしてみれば。
 いかにも、桜というのが彼女の名前だった。
 高徳寺桜。
 ひとことで言うと、目の覚めるような、美しい女性だ。どことなく、その美貌の雰囲気は柚真人に似ているかもしれない。そしてそれが、二人が気にかけていることの最たるところだろう。
 柚真人はとりあえず二人に頷いた。
「ああ。暁からの仕事を、ひとつ引き継いでもらってた。それが、片付いたそうだ」
 他のことには触れず、あくまで嘯く。しかし緋月はともかく飛鳥はそういうのが通用しないというか通用させてくれない男である。
 飛鳥は、少し目を細くするような仕草でもって、柚真人を見た。
「あの人がここに来るの、何年ぶりだっけ? 俺、相当しばらくぶりに見たと思うけど……あの人、いくつだ?」
「――それ、桜に直接言ったら殺されるぞお前」
 柚真人は肩をすくめて笑った。
 高徳寺桜は、――そうだな、と考える柚真人だ。
 見た目なら、自分より少し上になる。だいたいの人の目には、三十路を越えたかどうかといったところだろう。しかし飛鳥が言うことは、まあ、そういうことではない。彼が言いたいのは、相当しばらくぶりに見たはずの姿なのに、変わっていない、ということだ。柚真人と――それから、笄優麻などとも同じように。
 外見が変化しない。歳を、とっているように見えない。その意味を、飛鳥は問いたいのだ。
 飛鳥も緋月も、柚真人の傍にいるからこそそれに対する答えの推測もついているはずで、答えはおそらくそう遠く外れてはいない。しかし、その答えを自分が言うわけにもいかないだろうと考え、柚真人は答えを濁している。桜には、桜の事情があり。それもまた複雑なのだ。
 そして桜は桜で、自分が是と判断した相手にしか、自分についての話をしない。飛鳥や緋月は、申し訳ないが、そこに触れる資格を持たない。
 それに、桜の機嫌をそこねるのも、柚真人としては得策ではなかった。あまり正面から認めたくはないが、桜には、優麻と同じ程度と同じ意味での扱いづらさを、柚真人は感じている。
 いくつだ、と飛鳥は訊いたが、その本当のところは柚真人も知らない。推測は出来るが、柚真人ですら、あえて桜に向かって尋ねたいとは思わない類の問いだった。それは。
「まあ、敢えて言うならいろいろ微妙なお年頃かな。んが、正確なところなぞ知らなくても、今のお前に不都合はないはずだ。それに、あえて明確には知らない方がいいこともある」
「……」
「そのほうが、平和だ」
「……」
 飛鳥は、ふんと荒く鼻息つきそうな雰囲気だった。
 けれど、柚真人がぴしゃりと撥ねつけたことについては、さらに追及はしてこない。ただ、きちんと答えなかったことが逆に答えになりもする。そのことも、飛鳥はわかって引き下がらざるを得ないというような表情をしていた。
「わたくしは、あの方がすこし苦手ですわ」
 とは、緋月。
「……すこし、怖い感じがいたします」
 それにも、柚真人はこう答えた。
「まあ、怖いよ。その感覚も、正しい」
「――」
「あまり、本気で敵に回したくはない、祓い師だ。この俺でも――な」
 そう。怖い。それだけの力が、あの女にはある。
 そして柚真人自身、そこを信用したり、警戒したり、頼りにしたり、している部分もある。飛鳥がうっすら仄めかして訊いてきたように――自分や、笄優麻寄りの存在として。
 しかし、実のところ。
 その時、柚真人の胸のうちは、まったく別のことでざわざわと落ち着きなくざわついていた。
 それは。
 彼女が、つい先ほど。立ち去り際に、ふと。
 ひとつ、柚真人に向かって言い残したことについて、だ。