勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

01
 
 
 ああ、またあの夢だな。
 柚真人はそう思ってあたりを見渡した。


 とはいえこの夢を見る時は、決まってあたりは真っ暗で、自分がどこにいるかもわからない。夜というわけでもないし、何かの建物の中というわけでもない。空があるわけでもなく、さりとて地面らしい地面のようなものがあるわけでもない。
 おそらくこれは、夢、独特の空間なのだろう。
 ――毎度、解せないことしかないな。
 柚真人は――そんなふうに、自分の目の前にいる存在に向かって呟いた。この夢を自分が見る時は、さらに決まって、ここに自分と相手しかいない。それも、夢という独特なものなればこそであったろう。
 ――世の中、きみに解せることばかりではないということだよ。
 目の前の相手からは、そんな言葉が返ってきた。
 にしても、戸惑う。この夢の中で自分と向かい合っている相手は、6、7歳ほどであろうと思われる子供の姿をしているのだ。
 子供は、しかし幼いながらも白い修練用の神職衣装を身に着けている。そのことから、これが自分の――厳密には、自分とは違う、と柚真人は認識しているが――幼い頃の姿であるということはわかっていた。
 つまり、これは、あの事件――自分が、この年齢の姿だったときに皇家で起きたあの事件を境に乖離してしまった、もうひとりの自分なのだ。
 その自分と、自分が、対話する夢。柚真人は時々、それに悩まされている。いや、別段悩まされているというほどのこともないのだけれど、その意味がわからず、当惑を覚えるといったところか。
 なぜなら、この幼い少年――あの日、自分と乖離した本来の『皇柚真人』と言うべき存在は、ずっと、意識を喪失していたのだから。あの日以来、『柚真人』は柚真人の中に在りはしたものの、人格は完全に隔てられて、ずっと眠り続けているような状態だった。
 それが――どうして?
 きっかけは、あった。それは、柚真人が意を決して『緋の禍鬼』と呼ばれていた自分を取り戻そうと決め、自分の中に眠り続けていた、この本来の『皇柚真人』たるべき存在を、『喰って』からだ。
 柚真人と『柚真人』は、本当であればひとつの人間の霊魂として現世に生まれ変わったはずであった。ところが、たまさかというかそのたまさかに乗じて仕組まれてというか、その身に施された呪によって、ひとつの霊魂が生まれ変わった人のものと前世の業や霊力を内包した鬼のものとに分けられた。だから、可能だったのだ。鬼の部分である自分が、人である部分を喰ってしまう、ということが。
 もちろんそれは、もともとの人の部分を、『殺して』しまうということにもなる。存在が消えて消滅するということではないが、たとえば食べた食料が捕食者の身の一部となるように、とりこまれて別個の存在としてのかたちは保てなくなる。そのはずだった。
 だから柚真人もその手に踏み出してしまうまでには迷いもあったし、逡巡もしたのだ――けれど。
 逆にその瞬間から、確固たる人格、確固たる意識を持って、自分の夢の中に現れる。なんて、どう考えても、合点がいかない。
 あるいは。
 俺の、妄想か。願望か。
 そうも疑わなくもない。
 本来ならばここにあるのは、人として生まれ変わった『皇柚真人』の方だった。自分自身は、その『皇柚真人』を守るために生まれた。なのにそれを果たすことができなかった。自分がしたのは、『皇柚真人』からすべてを奪った。そういうことになるのではないか。そういった思いが、現状、柚真人の中にないともいえない。その罪悪感や、自責、後悔、後ろめたさ。それが、こういうかたちになって表れているのか?
 自分自身の性格に鑑みて言うなら、とてもそうも思えない。後悔や内省をすることはあっても、それを妄想にまでしてしまうようなことはない。けれど、ひとつあるとしたら、妹への――司への、罪悪感だ。
 司にとっては、彼もまた、兄であったろう。いや、もしかしたら彼の方が兄だった。それを、自分が勝手に奪った。そのことに対する自責の念は、強くある。今でも、これを司にどう説明すべきか、司が知ればどう思うか、といったことは考えるのだ。必要だからしたこととはいえ、それで押しきっていい問題ではない。今は、司をどうにかして取り戻すことが先決だからと自分で自分に言い聞かせて考えないようにしているだけで。
 しかし。
 ――きみが、自分を責める必要はないよ。
 子供の姿をした、『柚真人』は、この夢を見るたびに、そうも言う。
 それがどういうことなのか。それすら自分の願望に過ぎないのか、それとも本当に彼が自分を許すといっているのか。わからない。
 ――ただ、ぼくがときどきこうしてきみに会いに来るのは、ぼくがこうしてぼくであり続けるために、必要なことなんだ。もう、少しの間だけね。
 柚真人には、意味がわからない。
 なればやはり、これは自分の妄想などではなく、なにかの現象なのだろうかと――考えはいまのところ詮無く堂々巡りをするが。
 すると、自分の心中を見透かしたように、『柚真人』は苦笑するのだ。
 ――もっと、いつものきみらしく考えればいいのに。
 まるで、それを知っているかのような口ぶりで。
 子供の姿のままのくせに。
 そして。
 ――ぼくがいまいるのは、『そう』いう場所なんだ。でも、今は『ここ』に居続けなきゃいけない。ひとつ、やりのこしたことがあるからね。
 それが決まって、『柚真人』が返してくる言葉だった。
 やりのこしたことがある、と。
 ――それが済んだら、ぼくはきみの中に還るよ。だから、そんなにぼくのことを深く考えなくていい。ただ、ときどききみにあう必要がある。いまのところ、ぼくには、ね。
 夢というのは、それ自体、ひとつの怪異でもある。なのに、わからない、ということが遺憾だった。
『緋』と呼ばれる自分は、すべての怪異を、その長として統べて来た。なのに。しかもほかならぬ自分自身のことなのに、この自分に、把握できないなどということがあろうか。
 夢はそのまま、うっすらと夜明けの気配を感じて、解けていく。
 いつも。
 ――そんなに、むずかしく考えなくてもいいんだよ。
 ――ぼくからしたら。
 ――ぼくは、きみで。きみは、ぼくだよ。
 そんな言葉すら、果たして自分が自分にしている言い訳なのではないだろうか。
 そんな疑念が、払えない。