勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

04
 
 
 
 気が付いたら、どこか暗い、建物の中にいた。意識が覚醒すると同時に、頭と背中が猛烈に痛み、何があったか脳裏に思い返した。背後で音がしたと思ったら、あの怪談男がいて、いきなり、でかいスコップだかシャベルだかのようなものを振り下ろしてきて。背中と、頭を殴られた。ヤバい感じに痛いなと思って自分で頭を触ってみると、指先にぬるっとした感触があった。あ、血が出てる。ということはマジでヤバい。自分で思うにちょっと軽く起き上がれる感じでもないし、このままここにいたら自分はたぶん戻れなくなる。というより、あの怪談男、なんなんだ。女の子たちはどうしたろう。いやそれ以前にこの状況、どうしたもんだろう。とにかく、起きなきゃ。
 そう思ったものの、なんだか意識が遠くなりかけた。痛みのせいと、けっこうな出血量のせいだった、たぶん。いやいやいや、ちょっと待て。マジで。こんなところでこんなことになってる場合じゃないんだけど俺。と、思った時。
 自分がいる何某かの建物らしきものの外で、音がした。がたん、とか、ばさ、とか、どさ、とか。ひぇ、なんだ、と飛鳥が思った時、なにか扉のようなものがガラッと開く気配があって、
 ――ったく、なにやってんだこのバカ!!!
 ええ、と思った。見慣れた白い神職服に身を包んだ、柚真人――だったのだ。
 なんでこんなとこにお前が? どうしてわかった? と思った飛鳥だったが、飛鳥は物理的に真面目に重症であったらしい。柚真人が本当に真面目に厳しい表情をしているので、飛鳥はいつものような軽口を叩こうともせず、黙って、柚真人に従った。歩けるかと言われて肩を借り、建物らしきものの外に出ると、相変わらずの赤い夕焼け様の空が見えた。四囲は山と山林に囲まれたようなシルエット。時間の止まった村。柚真人も黙って飛鳥に歩くように促した。従って、村の、飛鳥たちが入ってきたあたりまで来ると、見覚えのある車が止まっていた。運転席にも見慣れた人物がいた。優麻だ。柚真人は優麻を伴ってここにやってきたらしい。そこで、飛鳥の記憶はいったんとぎれている。そしてふたたび気が付いたときには病院だった。
 頭を切って、数針縫った、大事を取って数日入院してもらうが、いまのところ頭蓋に異常はないと言われた。飛鳥が、そこで柚真人に事情を聞いたところによると。
 飛鳥と女友達二人をあの場所に誘った怪談男。そいつが、質の悪い殺人鬼だったというのだ。殺人鬼に質の良いも悪いもあるかという話だが、そいつはあの場所を自分が手に賭けた被害者の屍体の隠し場所にしていた――というのだから質が悪いといえば悪いのだろう。そいつがなぜあの場所を知っていて、あの場所が何であったのか、と飛鳥が病院のベッドで柚真人に問うと。
 ――あの場所が、かつてある来訪者によって滅ぼされたというのはおそらく本当だ。そのいきさつについてまでは俺にもわからないが、それがきっかけで、道が閉ざされた。そういう場所は存在する。
 ――一緒だった女の子たちは? あの男は、どうしたわけ?
 ――残念だが、それについては俺が一歩遅かった。男の姿は無かったから、もうあの場所をそいつは出た後だったんだろう。
 ――え。ていうことは、あの子たち、あいつに。
 ――そういうことだ。たぶん常習で、あそこにはもっと遺体があるだろう。殺しの癖のある人間が、たまたまいい場所を見つけてしまった。そうして、その場所に出入りする方法を覚えてしまった。そういうことだ。
 ――ええ……じゃあ、警察に……。
 ――いま、いい場所、と言ったろ。常人からは入口の閉ざされた異界だぞ。警察にたどり着けるはずもなければ、遺った遺体が証拠になるはずもない。お前の友達は、現実世界では、行方不明、だ。それ状には触らない方がいい。
 ――ええ…………。
 応える柚真人は淡々としていた。少なくとも飛鳥にはそう見えた。
 しかし、どうして飛鳥自身が柚真人に助けられたのか、という話になると、
 ――お前たち、学食で話をしていたろ。
 ――ああ。そういえば。
 ――聞こえた。なんというか、止めておけと言いたくなるような話が。
 ――っ、はあ!? じゃあ、止めてくれれば。
 そういう言葉が飛鳥の口から出たのは、自分だけではなく、友達が一緒だったからだ。柚真人の口ぶりからは、あの女の子たちはもう助けられるような状態ではないことが推しはかれた。だから、もし、わかっていたならその時に止めてくれればと、飛鳥は瞬間的に思ってしまったのだ。だが、飛鳥がそう言ってしまったときの柚真人の表情は、完全にそう言われることを予想していたであろう表情で。
 ――そのときに、そこまでわかれば止めていた。
 ――……。
 ――お前たちが、おそらくその村に向かって出発した後だったんだ。過去の被害者のひとりと思われる女性が、俺のところにやってきた。
 ――やって、きたって。
 ――神社に、だ。お前たちが話していた学食でも霊視た女性だと思った。だがその時は、お前たちの話に関連した御霊だとは思わなかった。黙って、学食の隅に立っていたからな。もっと彼女がなにかしら外に発しようとしていたら、お前が気が付けただろう。でも、彼女も男に殺された被害者だ。話に乗り気になってるお前をも、彼女は警戒したんだろう。ただ、彼女の方は、その時に俺とお前の関係をなんとなく感じたんじゃないか。俺の方は、お前のことをそこそこ気にして聞き耳立てていたからな。それで、当日になって、俺の前にあらわれたんだ。
 ――……。
 ――もっというと、その御霊は、そもそもは男に憑いていた。男が、お前の友達を怪談話で釣ったときに、お前の友達に、警告を発しようとした。だが、受け取る方に感受性がなければ、御霊の存在は伝わらない。俺のような者が、汲み取らないと、な。
 ――……そっか。そうだよな……いや、ごめん。悪い。わかってる。……わかってたら、止めてくれてたよな。
 ――だから、急いで追いかけたんだ。村までの道順は俺のところにきた彼女が覚えていた。特徴的な目印が三つあっただろ。
 最初に見えたロープ。それが何某かの呪術の名残だったのではないか、と柚真人はいった。その村が、まだこちら側に在った時にその村を訪れた来訪者には、何かの目的があった。その呪術のせいで、その先の道が閉ざされたのではないかと。飛鳥には、もうひとつ気がかりなことがあった。それは、飛鳥たちが同行していた男の行方だ。
 ――あの男は? 殺人犯なんだろ? だったら……野放し、ってわけ?
 ――そうだな。お前が正確な似顔絵を描けるとか、車のナンバーを覚えているとか、そういうことでもなければ。車は、レンタカーだとは思うが。
 ――俺は、なんで殺されてないわけ。
 ――男に、そういう傾向がなかったんじゃないか。殺したくなるのは女だけ。……だったとしても、あそこにああやって放置しておけば、お前は村を出られないはず。過去にもそういう成功体験を積んでるんだろう。あの場所は、探せばきっとそういう同伴者も含めた屍体だらけだよ。
 ただ、柚真人はこうも言った。その男が、あの場所を知っていて、たどり着けたのには理由がある。もしかしたら、最初に村を訪れたという人間と、なにか因縁があるか、血縁があるか、するのかもしれない。調べればわかることもあるだろうから、いちおう陵に伝えておいた。――陵といいうのは、飛鳥の橘や、緋月の暁と並んで皇の一族を形成する神職家のひとつだ。今は神職能力を喪失しているが、警察関係に幅広い力とネットワークをもっている。皇は、こんなふうにして、人の不可解な死に触れる機会が多い。ゆえに、法律や警察の側から、不可解の解明を促すこともあり、またそれが皇の役目だ。
 飛鳥にとっては気持ちの悪い話だった。けれども柚真人は、涼しい顔で飛鳥に言った。
 ――報いはあるさ。『俺たち』に把握された以上はな。それが俺たちが『勾玉の血脈』を継承するっていうことだ。