勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

03
 
 
 
 大学、二年生の、夏季休暇が終わった頃の話だ。
 同じ大学の、女の子の友達二人組に誘われた。いや、誘われたというよりもあれは、人数合わせというか念のためというか一応というかなんというか、ともかくそういうやつだったと思うが――ちょっと、付いてきてくれない、橘君なら、頼れると思うから、と。
 その時の彼女たちにとって飛鳥はいわゆる人畜無害な男友達という立ち位置で、もともと女の子と軽い付き合いをするのが好きだった飛鳥には大学時代、そういった女友達が多かった。彼女たちが何に付いてきてくれないかと飛鳥に言ってきたのかといえば、ドライブがてらとある心霊スポットへ、で、それが不味かった。
 心霊スポットなんて言われても、飛鳥にしてみれば慣れたバイト先のようなものだし、本当の本当になにかが起こりうる心霊スポットなんて言える場所は実はあまり多くない。夏の名残を惜しむような季節の中で、女の子たちがちょっとこわがりたいんだろうな、くらいの認識で、その時の飛鳥は女友達に付き合うことにした。
 そんな軽い気持ちで了解したあと、飛鳥は、チラッとそれでもいちおうは柚真人に話をしておこうかなと思わなくもなかった。しかし当時は、柚真人とはそんなふうにちょっとぎくしゃくした関係だった。話して相談してみたとしても、止めておけと鼻先で一蹴されて俺は忠告したからなとかなんとか突き放されるであろうことが目に見えた。少なくともその時の飛鳥には、そう思えたのだ。
 当日、待ち合わせると二人の女友達の他に、初対面の、少し年上と思われる男性がいた。どうやら彼女たちはどこだかでその男と知り合い、その日の約束となったらしかった。約束はしてみたものの、そこまでよくも知らない男性が相手だ。ははーんなるほどだから自分に付いてきて欲しいとなったんだな、と飛鳥にも推察できた。聞けば男も怪談マニアというか心霊マニアというかそういうやつであり、ナンパの手口としてもまあまあありがちな話だった。そんな成り行きでその日、ドライブがてら目指すことになったのが、地図に無い村、だ。これもよくある怪談の一種だ。また、女の子を夕方から夜にかけての時間に、ドライブなんかに誘いやすくもあっただろう。
 地図に無い村。何某かの悲劇惨劇があって封印された村。そんな話は、昔からいくつかあるものだ。しかし実際そんなところがあったとしてもドライブがてらの肝試しなんていう短絡的な行動でたどり着けるものではなかろうと飛鳥は思った。だが――。
 あったのだ。その、地図に無い村、というやつが。そこにたどり着くにはいくつかの目印があるという話で、なんとも気味の悪い目印を、飛鳥と、女友達二人と、自称怪談マニアの男を乗せた車は越えた。目印は、細い山道を塞ぐように、両脇の樹木から垂れ下がったロープのようなものと、そこから少し進んだところにあった小さな道祖神像らしきものと、なぜか文字が読み取れないほどぼろぼろに錆びついた道路標識のようなものだった。そこからさらに数キロ、すっかり夕暮れになった山道を進んだところ、急に視界が開けた。そこに、まったくひとけのないかつては人がいたのだろう集落のようなものが現れたのだ。
 この手の話には慣れている飛鳥でも、最初はさすがになんだこれと少し驚いたのを覚えている。飛鳥は、まがりなりにもそういう世界に触れてここまで生きてきたので、本当にまずいところに来てしまったらそれなりの構えがないと本当にまずいことになるということをよくよくよく知っていたのだ。一方、女友達と怪談男はちょっとはしゃぎながら車を降りて、村の探索を始めた。空は赤く焼けていて、そのためか地上に見て取れるあらゆるものが黒々としたシルエットになっていて、その光景は異様に得体が知れなく怪しかった。
 とはいえ、飛鳥は素人ではない。彼女たちの後について、その集落の名残のような場所をそぞろ歩くうちに、気が付いた。ここは、言うほど心霊スポットというわけではない。
 確かに、なにかよくわからない場所ではあろう。道中、怪談マニア男から聞いた話によれば、昔――昭和のはじめごろ、謎の訪問者がやってきて、その訪問者に村中の人が殺戮され、滅んだ村なのだということだった。そのため村は地図からなくなったが、村の跡地には怨念が凝り、人を呼んでいるのだとかなんだとか。けれども、飛鳥はなにも感じない、と思ったのだ。ここで、本当に何があったのかはわからない。しかし、ここに、少なくとも怪談男が語るような、人の無念や怨念の凝り、そういったものがもつ生者に対する悪意や害意のようなものは感じられない。
 ただ、ふと気が付いてみると赤く焼けた空がいつまで経ってもそのままで、夜になっていく気配がなく、ここが普通の場所でないことだけは確かであった。飛鳥の識っている言葉で言えば、一種の異界、幽世の類か。だとすると、あまり長く居てはいけない気がする。というより、ここから出られなくなる可能性が、ある。そう思って、飛鳥は一緒にやってきた女友達二人を呼んだ。飛鳥がつらつら考え事をしながら、朽ちた建物の間や、伸び切った草むらをかきわけたらいしている間に、彼女たちの姿が飛鳥の視界から消えていたからだ。何度か、彼女たちを呼んだところで、背後でガサっと音がした。飛鳥はその音に振り向いた。そうして――。