02
その後、朝拝のために、三人は本殿へ移動する。
三人の他の、非常勤の神職やバイト扱いの巫女などとは、ここでいつも顔を合わせる。当日の勤務者全員が揃うと、ここで毎朝大祓詞を奏上する。
その間、飛鳥はいつになくなお、過去のことに記憶と思索を巡らせた。
あれは、確か高校二年生のときの、文化祭が終わった次の日の出来事だと記憶している。
その日、柚真人の妹である司が消えた。
消えたといっても、言葉でいうほど単純なことではない。
司が消えた日は、おまけに柚真人が倒れて意識不明となり病院に担ぎ込まれるし、神社の本殿とその後ろ手にあった皇の家は何某かの原因で爆発炎上して半壊してしまうし、なにがなんだかわからないことがいっぺんに起きた。
あれは、そういう日だった。
そうして、飛鳥は知ることになった。自分の生まれた家とその主が継承するとされていた『勾玉の血脈』というものが、真に何であったのか。柚真人と司の両親がいつも家におらず、弁護士が後見人として常駐していたのはどうしてか。柚真人と司の上にいるはずの長兄が、弟妹を弁護士に任せて何をしていたか。柚真人と司の生家であるはずのこの家で、過去に何があったのか。それが何を意味しているのか。柚真人と司が、『何者』であるのか。
聞けば背を向けることは許されず、こちらの世界で生きることになる。そう前置きをされたけれど、飛鳥は、その時にすべてを聞いたのだ――鎮護官、と名乗る人物から。
その後、病院で意識を取り戻した従兄弟と対面した。
その時何があったのか。どうして柚真人が司のもとを離れて病院に担ぎ込まれる事態になったのか。柚真人は、多くを語らなかった。
ただ、起こってしまった出来事とあまりにもなすすべのない現状に、柚真人は平静を保つことも難しい状態にはなっていた。柚真人自身、司の身になにがあったのかわからないということと、何かが起きたらしいその瞬間に自分の手で司の身を守れなかったということが、重かったようだ。くわえて、その原因が自分にあるとも思っていたようだった。
柚真人や鎮護官とかいう人物から聞いたところによると、あの日、あの時、どういうわけでかはわからないが、柚真人の中に封印されていたものが壊れてしまって、それがそこいらじゅうの《《良くないもの》》を呼び寄せてしまうことになったのだとか。
柚真人が意識を喪失したのはその衝撃のため。しかし柚真人は、その時に司と一緒だった。司は、おそらくその場で機能不全に陥った柚真人を守ろうとして、こちらもその中に封印されていた本来の力を目覚めさせてしまった。
司には、どうやら皇の巫女としての属性よりも大きな、何かさらに特異で大きな力のようなものがあったらしい。けれどもそれこそが司の中の目覚めさせてはいけないものであったらしく、それによって司が失踪する事態となってしまった。
自分が、もっと、なにか、違う行動ができていれば、と。
柚真人は強く強く自責したのだと思われる。
――司ちゃんて、ただふつうにオバケが苦手な女の子ってだけなんじゃなかったの。
――それは反動なんだよ。大きすぎる力の。
――反動。
――ああ。自分の力が大きいぶん、その力と下手にかかわるとどうなるか、本能であいつは理解して、怖がっていた。だから、仕事にも神社にもかかわらせていなかったんだ。ただ、そろそろそれも限界で、なんとかしないとって時期にもさしかかっていてな――。
自責のうえに苦悶と後悔をさらにあつく塗り固めたような表情で柚真人が言っていたのを、飛鳥は覚えている。
その後、ほどなくして表面上の冷静さは、取り戻したように見えた柚真人だった。
しかし、明らかに柚真人が変わってしまった。
柚真人からは、自分がもともとの『皇柚真人』とは別の存在であることと、そんな自分には特異な『前世』があり、これが今の自分と本来の『皇柚真人』だった存在を分け隔てるもととなった、という話も聞いた。
以来、柚真人は飛鳥や緋月をこれまでのように皇の事にかからわらせなくなったし、接し方も態度も冷淡でよそよそしくもなっていった。以前のようにみんなで学校のあとで皇の家に集まったりすることもなくなったし、そもそも飛鳥や緋月が皇神社に足を向けることも減っていった。顔を合わせることも、むしろ学校でしかなくなってしまったくらいで、辛うじていつも皇の家にいた弁護士が時々仲介役のように飛鳥たちのことも気遣ってくれたっけ。
当時、一時期は、飛鳥の方もそれでもいいのかと思ったこともあった。なにより、そんな重大な諸々のことを、飛鳥と緋月に、柚真人と皇の家の人間は、教えてくれなかったのだ。こっちにしてみたらなんの疑いもなくすごしていた時間が、嘘と秘密で塗り固められたものだった。そのこと自体が少なからず衝撃的ではあったし、なんだ、最初から自分たちは信用されていなかったのか、という思いにも至りはした。
でも、もともと飛鳥自身が、そういうふうに屈託のある方向へと物事を考えたり切り捨てたりする性格ではなく――今にして思えば、それがよかったのかもしれない。
飛鳥は柚真人が好きだったし、少なくとも友達ではあると思っていたし、家同士の関係でいえば己の主たる人間だとも定めていた。そうやって付き合った自分自身の肌の感触で、柚真人の性根のところの人の好さや、殺しきれない優しさのようなものを信じるべきだと思っていた。
柚真人はおそらく、飛鳥たちを信用できなかったから真実を隠すような行動をとったのではない。何も知らず、なんの覚悟ももたない飛鳥たちを、いたずらに、巻き込みたくはなかったのだ――と。
だから、飛鳥の方でも己の感情の処理等に少し時間はかかったものの気を取り直して、定期的に自分から柚真人の様子をうかがうことはやめなかった。
逆に、ここで自分がこいつを放り出したら、こいつはなにかもっと極端な方向に走り出す――そんな危うさも、柚真人からは感じられたものだ。それもあって、柚真人を自分の方から放り出すことはしなかった。
その甲斐あって、柚真人にまた少し変化が出てきたなと思ったのは、飛鳥たちが大学生になってからのことになる。
大学は、緋月もそろってまた3人で、同じところへ通うことになった。もっとも、その頃には飛鳥も緋月もともにお互いの硬い意思でもってとるべきひとつの進路を決めていた。そのため、都内で唯一、正式に神職の資格を取得することが可能な神道学科のある大学へ進学する必要があったのだ。
もとは理系を進路にしていた飛鳥にしてみれば大幅な進路変更であった。でも、飛鳥も緋月も、生涯、柚真人と同じ神職として皇神社の中に入って柚真人を支える立場に徹することに異存はなかった。
これまでのような遊び半分興味半分でなく、自分たちが引き継いだとされる力と血と役目に従い、皇の家に従う者であることを全うするために。
それでも柚真人は、飛鳥と緋月に対しては、そうしたければ勝手にしろ、俺にとってはどうでもいい、くらいの距離でいたのだけれど――。
そういえば、きっかけはあったかもしれない。
はっきり、柚真人が、ふたたび飛鳥や緋月と向き合おうと腹を括った顔を見せるようになった、きっかけは――。
その後、朝拝のために、三人は本殿へ移動する。
三人の他の、非常勤の神職やバイト扱いの巫女などとは、ここでいつも顔を合わせる。当日の勤務者全員が揃うと、ここで毎朝大祓詞を奏上する。
その間、飛鳥はいつになくなお、過去のことに記憶と思索を巡らせた。
あれは、確か高校二年生のときの、文化祭が終わった次の日の出来事だと記憶している。
その日、柚真人の妹である司が消えた。
消えたといっても、言葉でいうほど単純なことではない。
司が消えた日は、おまけに柚真人が倒れて意識不明となり病院に担ぎ込まれるし、神社の本殿とその後ろ手にあった皇の家は何某かの原因で爆発炎上して半壊してしまうし、なにがなんだかわからないことがいっぺんに起きた。
あれは、そういう日だった。
そうして、飛鳥は知ることになった。自分の生まれた家とその主が継承するとされていた『勾玉の血脈』というものが、真に何であったのか。柚真人と司の両親がいつも家におらず、弁護士が後見人として常駐していたのはどうしてか。柚真人と司の上にいるはずの長兄が、弟妹を弁護士に任せて何をしていたか。柚真人と司の生家であるはずのこの家で、過去に何があったのか。それが何を意味しているのか。柚真人と司が、『何者』であるのか。
聞けば背を向けることは許されず、こちらの世界で生きることになる。そう前置きをされたけれど、飛鳥は、その時にすべてを聞いたのだ――鎮護官、と名乗る人物から。
その後、病院で意識を取り戻した従兄弟と対面した。
その時何があったのか。どうして柚真人が司のもとを離れて病院に担ぎ込まれる事態になったのか。柚真人は、多くを語らなかった。
ただ、起こってしまった出来事とあまりにもなすすべのない現状に、柚真人は平静を保つことも難しい状態にはなっていた。柚真人自身、司の身になにがあったのかわからないということと、何かが起きたらしいその瞬間に自分の手で司の身を守れなかったということが、重かったようだ。くわえて、その原因が自分にあるとも思っていたようだった。
柚真人や鎮護官とかいう人物から聞いたところによると、あの日、あの時、どういうわけでかはわからないが、柚真人の中に封印されていたものが壊れてしまって、それがそこいらじゅうの《《良くないもの》》を呼び寄せてしまうことになったのだとか。
柚真人が意識を喪失したのはその衝撃のため。しかし柚真人は、その時に司と一緒だった。司は、おそらくその場で機能不全に陥った柚真人を守ろうとして、こちらもその中に封印されていた本来の力を目覚めさせてしまった。
司には、どうやら皇の巫女としての属性よりも大きな、何かさらに特異で大きな力のようなものがあったらしい。けれどもそれこそが司の中の目覚めさせてはいけないものであったらしく、それによって司が失踪する事態となってしまった。
自分が、もっと、なにか、違う行動ができていれば、と。
柚真人は強く強く自責したのだと思われる。
――司ちゃんて、ただふつうにオバケが苦手な女の子ってだけなんじゃなかったの。
――それは反動なんだよ。大きすぎる力の。
――反動。
――ああ。自分の力が大きいぶん、その力と下手にかかわるとどうなるか、本能であいつは理解して、怖がっていた。だから、仕事にも神社にもかかわらせていなかったんだ。ただ、そろそろそれも限界で、なんとかしないとって時期にもさしかかっていてな――。
自責のうえに苦悶と後悔をさらにあつく塗り固めたような表情で柚真人が言っていたのを、飛鳥は覚えている。
その後、ほどなくして表面上の冷静さは、取り戻したように見えた柚真人だった。
しかし、明らかに柚真人が変わってしまった。
柚真人からは、自分がもともとの『皇柚真人』とは別の存在であることと、そんな自分には特異な『前世』があり、これが今の自分と本来の『皇柚真人』だった存在を分け隔てるもととなった、という話も聞いた。
以来、柚真人は飛鳥や緋月をこれまでのように皇の事にかからわらせなくなったし、接し方も態度も冷淡でよそよそしくもなっていった。以前のようにみんなで学校のあとで皇の家に集まったりすることもなくなったし、そもそも飛鳥や緋月が皇神社に足を向けることも減っていった。顔を合わせることも、むしろ学校でしかなくなってしまったくらいで、辛うじていつも皇の家にいた弁護士が時々仲介役のように飛鳥たちのことも気遣ってくれたっけ。
当時、一時期は、飛鳥の方もそれでもいいのかと思ったこともあった。なにより、そんな重大な諸々のことを、飛鳥と緋月に、柚真人と皇の家の人間は、教えてくれなかったのだ。こっちにしてみたらなんの疑いもなくすごしていた時間が、嘘と秘密で塗り固められたものだった。そのこと自体が少なからず衝撃的ではあったし、なんだ、最初から自分たちは信用されていなかったのか、という思いにも至りはした。
でも、もともと飛鳥自身が、そういうふうに屈託のある方向へと物事を考えたり切り捨てたりする性格ではなく――今にして思えば、それがよかったのかもしれない。
飛鳥は柚真人が好きだったし、少なくとも友達ではあると思っていたし、家同士の関係でいえば己の主たる人間だとも定めていた。そうやって付き合った自分自身の肌の感触で、柚真人の性根のところの人の好さや、殺しきれない優しさのようなものを信じるべきだと思っていた。
柚真人はおそらく、飛鳥たちを信用できなかったから真実を隠すような行動をとったのではない。何も知らず、なんの覚悟ももたない飛鳥たちを、いたずらに、巻き込みたくはなかったのだ――と。
だから、飛鳥の方でも己の感情の処理等に少し時間はかかったものの気を取り直して、定期的に自分から柚真人の様子をうかがうことはやめなかった。
逆に、ここで自分がこいつを放り出したら、こいつはなにかもっと極端な方向に走り出す――そんな危うさも、柚真人からは感じられたものだ。それもあって、柚真人を自分の方から放り出すことはしなかった。
その甲斐あって、柚真人にまた少し変化が出てきたなと思ったのは、飛鳥たちが大学生になってからのことになる。
大学は、緋月もそろってまた3人で、同じところへ通うことになった。もっとも、その頃には飛鳥も緋月もともにお互いの硬い意思でもってとるべきひとつの進路を決めていた。そのため、都内で唯一、正式に神職の資格を取得することが可能な神道学科のある大学へ進学する必要があったのだ。
もとは理系を進路にしていた飛鳥にしてみれば大幅な進路変更であった。でも、飛鳥も緋月も、生涯、柚真人と同じ神職として皇神社の中に入って柚真人を支える立場に徹することに異存はなかった。
これまでのような遊び半分興味半分でなく、自分たちが引き継いだとされる力と血と役目に従い、皇の家に従う者であることを全うするために。
それでも柚真人は、飛鳥と緋月に対しては、そうしたければ勝手にしろ、俺にとってはどうでもいい、くらいの距離でいたのだけれど――。
そういえば、きっかけはあったかもしれない。
はっきり、柚真人が、ふたたび飛鳥や緋月と向き合おうと腹を括った顔を見せるようになった、きっかけは――。

