03
「私、ですか?」
優麻がやや意表を突かれたような表情になるのを見て、柚真人はふたたび首肯した。
この男が――『やっとお気づきになりました?』――などと言って、すこし呆れたような表情と、深い懐かしさを宿した瞳を向けてきた時のことを、思い出す柚真人だ。
あれは、柚真人が『人』であることを棄てると決めた時。
では私もお付き合いしますよ、などとと言いだした優麻に、柚真人は笑ったのだ。さすがにそこまではお前には無理だよ、と。
実際、もともと前世の本性が人ならざるものであったことを自覚している柚真人に対し、優麻はただの人間だ。なればさすがに、柚真人がしようとしていることに、倣うことは不可能だ。
しかし、そう返した柚真人に、優麻は告げた。そろそろ、私のことも思い出していただけると嬉しいのですが――と。
つまるところ優麻は、もとより、ずっと、『人』ではなかった。
ふたたび柚真人が生まれてくるのを待って、『人』に擬態していた――鬼、だったのだ。
柚真人が鬼としては一度滅びを受け入れ、人として転生することで前世から現世までその存在を繋いだのと異なり、優麻はずっと待っていた、といった。
そして鬼としてそれが可能だったのは、優麻が人や獣の血肉を糧とする鬼ではなく、精を糧とする性の鬼だったからである、と。
このようにおおむね鬼の糧が血肉と精にわかれることを、人の側では『緋』と『蒼』に分類して呼称とする。
柚真人の性は『緋』の鬼であり、その頂点にある者だったので『緋』とそのまま呼ばれた。
そこまで優麻に明かされて、柚真人は前世についての記憶を手繰り、思い出した。かつて己が鬼としてこの世にあったとき、常に自分の傍らにいた者が在ったことを。
その者はその性おだやかな『蒼』の鬼であったが自分と気が合い、よく連んだ。まさか、その、お前なのか、と。さすがにいささか想定外で愕然としながら問うたところで返ってきたのが、『やっとお気づきになりました?』という優麻の言葉であった。
優麻――これはもちろん今の彼が名乗っている名前で、柚真人の記憶の中では、彼には別の名があった――は、『緋』が巫女と死別したときも、その後、草薙の者たちと鬼の征伐にあたったときも、『緋』とともにあった。
だから『緋』が人として転生の輪に入ることになった経緯も、そうやって巫女にいつかふたたびまみえることを願って草薙の者たちに託した言葉も知っていた。
生まれ変わることが叶うときには、徴を示す、という呪をともなった『緋』の死力をふりしぼった最期の言葉も。
そうして、千二百年ほどの時が流れ、皇の社に緋色の花が咲き乱れたという報を知った優麻は、柚真人が生まれてくることになる皇の一族の中に入り込んだ。
どうしてそこまでして――という感慨が柚真人の中に湧きはしたが、優麻は、『あなたの行く末が気になりましたので』と、それ以外のすべてはさしてたいしたことではないとでもいうように答えた。
ではもし、自分がなにも思い出すことなく人として生きたらどうするつもりだったのかと質せば、優麻は、それならそれで、人としてのあなたを見守るに留めるつもりでいましたよと言った。それだけがずっと前から私のゆいいつの気がかりでしたから、と。
ここでひとつ、では皇の一族にあたる笄の家に、どうやって入り込んだのか、ということになるが、優麻は、先代の笄の家の人間の胎を借りて人の肉身を得たのだという。
皇の庭に咲く花が赤く染まり出したころ。
かつて、『緋』が残した生まれ変わりの徴を信じて。
そこから柚真人が生まれるまでの年月が、そのまま優麻と柚真人の年齢差だ。
そのようにして鬼が人の胎に宿る術もあるにはあった。むろんそんなことを、ほかでもない『勾玉の血脈』の社家相手にそれと悟られずにしでかすには相当程度の強い力が必要となる。
しかし、ともに在った存在を想い続けて千二百年も長じた鬼であれば、可能であったろう。
『蒼』の鬼は、もともと長命で、性としては穏やかではあるが執着性も高く、そのため頑固で辛抱強く、非常に忍耐強い。
それでなくとも千二百年前、『緋』は巫女を失ってよりこの方、眷属であるはずの鬼という鬼を殺して殺して殺しまくったことと併せて考えると、笄優麻――という名を戴いたこの者は、現存する『蒼』の鬼としては長命にして最強級の存在となっているのかもしれなかった。
同時に、柚真人は理解した。
どうしていつも、この男が妙に訳知り顔で、なんでもわかっていますよというような顔で、腹立たしいくらい落ち着き払って自分の隣にいられたのか。それはそうだろう、齢千二百年を数える鬼ともなれば。
「お前の方の眷属は、植物や樹木を好んで山に棲んでることも多いだろ。お前自身、そうやってあちこちフラフラしてたとも言っていたよな。だから、俺よりは、今回みたいな事案についちゃ、もろもろ詳しんじゃないのか、って」
柚真人が言うと、優麻の表情はなるほどというものになった。
「それは……そうかもしれないですけれども」
「今回はちゃんとした祠もちってこともあって、うろんなモノじゃなさそうだ。村との協定もしっかりしていて、それが現代にまで続いている。だから年齢的にも、お前に近いくらいの古い……『何か』がいるんじゃないかと思うんだよ」
続けて、柚真人は缶ビールをあおった。こういう時は、グラスも使わず、缶から直で済ますことが多い。柚真人にならって、優麻も自分の手元にある缶ビールにひとくち、口をつけた。
「たしかに、その感じだと、おそらく同族……の可能性が高そうですねえ」
「そういう場合、そこに棲んでいるモノを強制的にどかす、とか、昔からそこにあって守られてきた協定を部外者がひっくりかえす、ってのはあんま得策じゃあないよな」
「まあ……でしょうねえ。だとしても、それを依頼主のために祓い除けるべきものとみなして、今の貴方がそうしようと思えばおそらくどんなものでも祓い除けることは出来るんじゃないかとは思いますが――」
「――お前。そうはいいつつ俺がそういう実力行使をするとは毛ほども思ってないだろ。つーかンなことしたら『勾玉の祭司長』以下鎮護官どもと西の連中が黙っちゃいねえよ。でなくてもしねえけど」
多少行儀は悪い行為なのだが、柚真人は言いながら手にしていた箸でちょいちょいと優麻を指した。表情は苦笑いだ。
優麻はこんなふうに柚真人を焚きつけるような言動を昔からよくする。
けれども、同時に柚真人の行動と優麻が焚きつける言動の内容は常に相反しがちであることを理解しているのだった。
もともと、そのあたりがかつて――かつてもかつて、前世の時に――本来であれば相反する性を持つともいえる『緋』の首魁であった柚真人と、『蒼』の鬼であった優麻の気が合った所以でもある。
『緋』の首魁には力があった。だから他者と無駄に争う必要がなかったし、生き物の血肉を好むとはいっても荒事にわざわざ手を染める必要もなかったのだ。
もちろん鬼であったから、自らの欲求や快楽のためにも人や獣を嬲りはした。しかしそのために人を狩り立てたりするよりも、誘惑したり誑かしたりするほうを好んだ。優麻は、そういう『緋』と一緒にいるのが愉しかったようだ。
そんな前世を覚醒した柚真人であったから、今であれば、山に張りつく鬼や怪異のひとつやふたつ、凪ぎ祓おうとすればできなくはない。優麻の言葉はそのことを示唆していた。
が、そのような行動に出ることはまかりならないという制約が、柚真人には課せられている。柚真人が『黙っちゃいない』というのはそれをさし、これは柚真人が『勾玉の血脈』に現状でも名を連ね続けるための条件なのだ。
もちろん、優麻もそのことは重々知っていた。なぜなら優麻の本性も含めて、柚真人は管理せねばならず、柚真人に課せられた制約は優麻にも適用されるからである。
皇神社の宮司たること、その本分から逸脱しないこと、すなわち柚真人はあくまでも人でなくてはならず、死者のための宮司でなくてはならず、鬼として覚醒したために得た――というか記憶に備わって取り戻したというべきか――力は使えない。
他方、柚真人が『西の連中』というのは退魔を生業とし西日本を主に活動拠点とする宮司たちの集団で、皇の一族とはまた別の『勾玉の血脈』に属する者たちだ。彼らは退魔の巫なだけあって、それでなくとも柚真人を毛嫌いしている感がある。鎮護官の命があるからお互い助け合うこともあるが、柚真人が皇の宮司としてちょっとでも下手を打ったりすれば、これ幸いと難癖をつけにくるだろう。
柚真人には、それらの嫌悪や誹りを受け、いかなる制約を課せられようとも、皇の宮司であり続ける必要がある。少なくとも、柚真人が皇の人間として絶対の至上命題としていることを果たすまでは。――彼女を、彼女としてこの社に取り戻すまでは。
「……そこで、だ」
「はい」
「ごくごく穏便に、ちょっと相手と話をするぐらいなら、まあ、問題はないんじゃないかと思うわけだ」
そう、続けて柚真人は優麻に向けた。
箸では総菜の中に見える緑色の豆を、いたずらでもするみたいに選んでつまむ。
「山に何かいるとして、それがどんなやつかっていうのと、契約の内容ぐらいは確認できるなら、しておきたいだろ? 村の住人に伝わってる話は、聞いてみたけどほとんど形だけのものしか残ってないんだよな。まあ、住人や戸数も減っている村で、そもそも山の相続人が何も知らなかったぐらいだからそこは致し方ないんだろうが、かつて人と約束をした『本人』にもし話が聞けるならそれにこしたことはないっつーか」
依頼主は、山を処分したいと言っていた。そしておそらく処分するつもりでいるだろう。
それが可能であるのか、そうでないならどうすべきなのか、できれば最善の方法を、こちらとしては、いちおう伝える義務がある。
「だから、次はお前もちょっと付き合え」
すると優麻はちょっとだけ目を瞬いた。
「お前がいた方が、たぶん、いいような気がする」
柚真人がつけくわえて口許を歪めると、応えてなるほどといったような表情になる。
「――そういうことですか」
呑み込み顔となった相棒に、柚真人は大きく首を縦に振って見せた。
「そういうこと」
「私、ですか?」
優麻がやや意表を突かれたような表情になるのを見て、柚真人はふたたび首肯した。
この男が――『やっとお気づきになりました?』――などと言って、すこし呆れたような表情と、深い懐かしさを宿した瞳を向けてきた時のことを、思い出す柚真人だ。
あれは、柚真人が『人』であることを棄てると決めた時。
では私もお付き合いしますよ、などとと言いだした優麻に、柚真人は笑ったのだ。さすがにそこまではお前には無理だよ、と。
実際、もともと前世の本性が人ならざるものであったことを自覚している柚真人に対し、優麻はただの人間だ。なればさすがに、柚真人がしようとしていることに、倣うことは不可能だ。
しかし、そう返した柚真人に、優麻は告げた。そろそろ、私のことも思い出していただけると嬉しいのですが――と。
つまるところ優麻は、もとより、ずっと、『人』ではなかった。
ふたたび柚真人が生まれてくるのを待って、『人』に擬態していた――鬼、だったのだ。
柚真人が鬼としては一度滅びを受け入れ、人として転生することで前世から現世までその存在を繋いだのと異なり、優麻はずっと待っていた、といった。
そして鬼としてそれが可能だったのは、優麻が人や獣の血肉を糧とする鬼ではなく、精を糧とする性の鬼だったからである、と。
このようにおおむね鬼の糧が血肉と精にわかれることを、人の側では『緋』と『蒼』に分類して呼称とする。
柚真人の性は『緋』の鬼であり、その頂点にある者だったので『緋』とそのまま呼ばれた。
そこまで優麻に明かされて、柚真人は前世についての記憶を手繰り、思い出した。かつて己が鬼としてこの世にあったとき、常に自分の傍らにいた者が在ったことを。
その者はその性おだやかな『蒼』の鬼であったが自分と気が合い、よく連んだ。まさか、その、お前なのか、と。さすがにいささか想定外で愕然としながら問うたところで返ってきたのが、『やっとお気づきになりました?』という優麻の言葉であった。
優麻――これはもちろん今の彼が名乗っている名前で、柚真人の記憶の中では、彼には別の名があった――は、『緋』が巫女と死別したときも、その後、草薙の者たちと鬼の征伐にあたったときも、『緋』とともにあった。
だから『緋』が人として転生の輪に入ることになった経緯も、そうやって巫女にいつかふたたびまみえることを願って草薙の者たちに託した言葉も知っていた。
生まれ変わることが叶うときには、徴を示す、という呪をともなった『緋』の死力をふりしぼった最期の言葉も。
そうして、千二百年ほどの時が流れ、皇の社に緋色の花が咲き乱れたという報を知った優麻は、柚真人が生まれてくることになる皇の一族の中に入り込んだ。
どうしてそこまでして――という感慨が柚真人の中に湧きはしたが、優麻は、『あなたの行く末が気になりましたので』と、それ以外のすべてはさしてたいしたことではないとでもいうように答えた。
ではもし、自分がなにも思い出すことなく人として生きたらどうするつもりだったのかと質せば、優麻は、それならそれで、人としてのあなたを見守るに留めるつもりでいましたよと言った。それだけがずっと前から私のゆいいつの気がかりでしたから、と。
ここでひとつ、では皇の一族にあたる笄の家に、どうやって入り込んだのか、ということになるが、優麻は、先代の笄の家の人間の胎を借りて人の肉身を得たのだという。
皇の庭に咲く花が赤く染まり出したころ。
かつて、『緋』が残した生まれ変わりの徴を信じて。
そこから柚真人が生まれるまでの年月が、そのまま優麻と柚真人の年齢差だ。
そのようにして鬼が人の胎に宿る術もあるにはあった。むろんそんなことを、ほかでもない『勾玉の血脈』の社家相手にそれと悟られずにしでかすには相当程度の強い力が必要となる。
しかし、ともに在った存在を想い続けて千二百年も長じた鬼であれば、可能であったろう。
『蒼』の鬼は、もともと長命で、性としては穏やかではあるが執着性も高く、そのため頑固で辛抱強く、非常に忍耐強い。
それでなくとも千二百年前、『緋』は巫女を失ってよりこの方、眷属であるはずの鬼という鬼を殺して殺して殺しまくったことと併せて考えると、笄優麻――という名を戴いたこの者は、現存する『蒼』の鬼としては長命にして最強級の存在となっているのかもしれなかった。
同時に、柚真人は理解した。
どうしていつも、この男が妙に訳知り顔で、なんでもわかっていますよというような顔で、腹立たしいくらい落ち着き払って自分の隣にいられたのか。それはそうだろう、齢千二百年を数える鬼ともなれば。
「お前の方の眷属は、植物や樹木を好んで山に棲んでることも多いだろ。お前自身、そうやってあちこちフラフラしてたとも言っていたよな。だから、俺よりは、今回みたいな事案についちゃ、もろもろ詳しんじゃないのか、って」
柚真人が言うと、優麻の表情はなるほどというものになった。
「それは……そうかもしれないですけれども」
「今回はちゃんとした祠もちってこともあって、うろんなモノじゃなさそうだ。村との協定もしっかりしていて、それが現代にまで続いている。だから年齢的にも、お前に近いくらいの古い……『何か』がいるんじゃないかと思うんだよ」
続けて、柚真人は缶ビールをあおった。こういう時は、グラスも使わず、缶から直で済ますことが多い。柚真人にならって、優麻も自分の手元にある缶ビールにひとくち、口をつけた。
「たしかに、その感じだと、おそらく同族……の可能性が高そうですねえ」
「そういう場合、そこに棲んでいるモノを強制的にどかす、とか、昔からそこにあって守られてきた協定を部外者がひっくりかえす、ってのはあんま得策じゃあないよな」
「まあ……でしょうねえ。だとしても、それを依頼主のために祓い除けるべきものとみなして、今の貴方がそうしようと思えばおそらくどんなものでも祓い除けることは出来るんじゃないかとは思いますが――」
「――お前。そうはいいつつ俺がそういう実力行使をするとは毛ほども思ってないだろ。つーかンなことしたら『勾玉の祭司長』以下鎮護官どもと西の連中が黙っちゃいねえよ。でなくてもしねえけど」
多少行儀は悪い行為なのだが、柚真人は言いながら手にしていた箸でちょいちょいと優麻を指した。表情は苦笑いだ。
優麻はこんなふうに柚真人を焚きつけるような言動を昔からよくする。
けれども、同時に柚真人の行動と優麻が焚きつける言動の内容は常に相反しがちであることを理解しているのだった。
もともと、そのあたりがかつて――かつてもかつて、前世の時に――本来であれば相反する性を持つともいえる『緋』の首魁であった柚真人と、『蒼』の鬼であった優麻の気が合った所以でもある。
『緋』の首魁には力があった。だから他者と無駄に争う必要がなかったし、生き物の血肉を好むとはいっても荒事にわざわざ手を染める必要もなかったのだ。
もちろん鬼であったから、自らの欲求や快楽のためにも人や獣を嬲りはした。しかしそのために人を狩り立てたりするよりも、誘惑したり誑かしたりするほうを好んだ。優麻は、そういう『緋』と一緒にいるのが愉しかったようだ。
そんな前世を覚醒した柚真人であったから、今であれば、山に張りつく鬼や怪異のひとつやふたつ、凪ぎ祓おうとすればできなくはない。優麻の言葉はそのことを示唆していた。
が、そのような行動に出ることはまかりならないという制約が、柚真人には課せられている。柚真人が『黙っちゃいない』というのはそれをさし、これは柚真人が『勾玉の血脈』に現状でも名を連ね続けるための条件なのだ。
もちろん、優麻もそのことは重々知っていた。なぜなら優麻の本性も含めて、柚真人は管理せねばならず、柚真人に課せられた制約は優麻にも適用されるからである。
皇神社の宮司たること、その本分から逸脱しないこと、すなわち柚真人はあくまでも人でなくてはならず、死者のための宮司でなくてはならず、鬼として覚醒したために得た――というか記憶に備わって取り戻したというべきか――力は使えない。
他方、柚真人が『西の連中』というのは退魔を生業とし西日本を主に活動拠点とする宮司たちの集団で、皇の一族とはまた別の『勾玉の血脈』に属する者たちだ。彼らは退魔の巫なだけあって、それでなくとも柚真人を毛嫌いしている感がある。鎮護官の命があるからお互い助け合うこともあるが、柚真人が皇の宮司としてちょっとでも下手を打ったりすれば、これ幸いと難癖をつけにくるだろう。
柚真人には、それらの嫌悪や誹りを受け、いかなる制約を課せられようとも、皇の宮司であり続ける必要がある。少なくとも、柚真人が皇の人間として絶対の至上命題としていることを果たすまでは。――彼女を、彼女としてこの社に取り戻すまでは。
「……そこで、だ」
「はい」
「ごくごく穏便に、ちょっと相手と話をするぐらいなら、まあ、問題はないんじゃないかと思うわけだ」
そう、続けて柚真人は優麻に向けた。
箸では総菜の中に見える緑色の豆を、いたずらでもするみたいに選んでつまむ。
「山に何かいるとして、それがどんなやつかっていうのと、契約の内容ぐらいは確認できるなら、しておきたいだろ? 村の住人に伝わってる話は、聞いてみたけどほとんど形だけのものしか残ってないんだよな。まあ、住人や戸数も減っている村で、そもそも山の相続人が何も知らなかったぐらいだからそこは致し方ないんだろうが、かつて人と約束をした『本人』にもし話が聞けるならそれにこしたことはないっつーか」
依頼主は、山を処分したいと言っていた。そしておそらく処分するつもりでいるだろう。
それが可能であるのか、そうでないならどうすべきなのか、できれば最善の方法を、こちらとしては、いちおう伝える義務がある。
「だから、次はお前もちょっと付き合え」
すると優麻はちょっとだけ目を瞬いた。
「お前がいた方が、たぶん、いいような気がする」
柚真人がつけくわえて口許を歪めると、応えてなるほどといったような表情になる。
「――そういうことですか」
呑み込み顔となった相棒に、柚真人は大きく首を縦に振って見せた。
「そういうこと」

