勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語



 要ります?  と言われて見ると、小さなアメの袋が目の前に差し出されていた。

 
「こんな時間になってますし、お疲れでしょう?」
 さらに正面からそう、穏やかに圧されてしまい、アメを受け取らされる柚真人である。
 しかたないからさっさと個包装の袋をむいて口に放りこむと、アメはミルクとバターの味がした。バター飴、というやつだ。
 まあ、糖分と甘味が脳にダイレクトに沁みる――と感じるくらいには、確かに疲れているのかもしれなかった。
 ここのところ小さな祓事の依頼が続いていたし、それが暦の上で決められている皇神社での深夜の神事が続く期間に重なって、いつになく忙しい事態になってはいたのだ。
 もっとも、柚真人は睡眠や休養をそれほど必要とはしないし、職業柄、気力も体力もそれなりにある方だ。それでもここに在るのがあくまでも人の身である以上、おのずと限界というものはあるということなのだろう。
 口に含んだ飴を舌の上にのせて、からころと動かしていると、
「柚真人くん、好きですよね」
 そうふいに付け足された。
「んあ?」
 と、相手の顔を見返す。
 柚真人はといえば、神社の社務所で御朱印を書いているところだった。神社の参拝時間は終わっていて、社務所自体はもう閉めてあり、宮司にとっては、いわばちょっとした空き時間だ。皇神社にも御朱印はあり、御朱印は基本的に宮司が手描きであらかじめ用意したものを授ける方式になっていた。今はその準備のための作業を、優麻にも空き時間を作らせて、手伝わせていたところだった。
 優麻の職業はあくまでも弁護士で、神社の神職ではない。が、代々皇神社を支えてきた血統を受け継ぐ家の者で、そのために必要な神職能力は充分に有している。ゆえに、柚真人に言わせればむしろ手伝う義務があるといえた。とくに細々とした雑務をこなすことについては、この男は有能である。
 優麻は、メガネの奥の瞳をどこか面白そうな空気も含んで和ませつつ、柚真人からの、先ほどの、『んあ?』という問いかけともただの反応ともつかない声に応えた。
「こういう、甘い、濃いミルク系の味のお菓子」
「……」
 自覚はある。
 しかし、味覚が子供っぽいと揶揄されたようで、素直に頷くには抵抗があった。
 いや、そこに抵抗を感じること自体がさらに子供っぽいことになるのかもしれなかったが。
 黙っていると、とさっと、封を開けたばかりと思われる袋ごとの飴が目の前に置かれてしまう。
「その様子だとお気に召されたようなので、袋ごとさしあげましょう」
「は?」
 いやおれは何にも言ってないぞ――と柚真人は思った。けれども、そう言ったら目の前の男からは、たぶんよりいっそう楽しげな笑顔つきでこう返されただろう。
『柚真人くんが、何も仰らないからこそ――ですよ』
「……」
 遺憾だ。
 と、柚真人は思った。
 思いつつ、
「…………」
 無言で。がり、と飴に歯をたて、を噛み砕く。
 そうして、さらにはそのままごりごりと飴の欠片を咀嚼して、飲みこんだ。
「…………」
 それから、ごそごそと袋をあさって、新しい飴の個包装を取り出す。
 嫌いな味じゃないのは確かだし、糖分補給もしたかったのは確かだ。
 というか、このやり口かたして、そもそも飴一個を手渡して来たそのはじめの時から、この大袋の方をまるごとよこすつもりだったんだろう。そう思うと、気がきくのだか、先回りされているのだか、ちょっとばかり判別がつかず――。


 なぁにが、要ります?  だよ。


 必要以上に理解されてる。
 わかられている。
 こいつには。
 いつもの、ことだが。
 そういうところが、こいつのーーちょっとだけ忌々しいところなんだよな、と思う。