勾玉遊戯:緋の杜の鬼と巫女の物語

01
 
 
 

 不思議な雰囲気の青年が来た。
 なんだか大学を出たてぐらいの風体の、えらく顔立ちの整った若者だ。
 だが、これで神社の宮司だという。
 青年は、弁護士からの紹介で来た者だと名乗った。
  

「――山、ですか」
「ええ、山です」
 青年の問いかけに、咲山(さきやま)(まこと)は頷いた。
 こんなところに人を招くのもどうかと思わなくもなかったのだが、その方が事情がわかりやすいだろうとも思って、相手に来てもらったのは都内の小さなアパートだった。
 その一室――というほどでもないさらに小さな居間に置いたテーブルセットに、誠は相手と向き合っている。
 テーブルの上には、いくつかの書面が並べてあった。
 一応、お茶くらいは出した方がいいのだろうと思って、ペットボトルのお茶も置いてあった。
 この家の中にあるものは、自分で使うのも相手に使うのもなんとなくどうかなあと思ったので手をつけていない。なぜなら、この家の主はもうこの世になく、この家の主と誠が親しかったわけでもなかったからだ。
「咲山誠さん――は、こちらにお住まいだった方の弟さん、なんですよね」
 改めて問うてくる相手に、誠は頷いた。
「はい。でも、兄は実家を継いだものと思っていたので、こんなところにひとりで暮らしていたとは思いもしませんでした。連絡もその……取り合っていなかったので……」
 そのへんの事情には、少し複雑なところがあった。だから、そもそも『この話』を、誠は弁護士に相談しなければならなかったのだ。
 そうして、弁護士から話が宮司に移った。
 とはいえ、もう一度事情の説明は必要だろうか、と誠が少し面倒くさく思ったとき、
「そのへんのご家庭内の事情は、咲山さんが相談なさった弁護士の方からうかがっています」
 そう返されて、誠は正直ほっとした。この、自分でも本当のところなにがどうなっているのかよくわからない話を、なんども他人に説明するのが、誠には億劫だったのだ。
 ことの始まりは、兄が亡くなったという知らせがあって、自分がその相続手続きをしなくてはならなくなったところから始まる。
 誠と兄の両親は、誠と兄よりも先に亡くなってしまっていて、その時は両親の財産の一切を、兄が相続していた。しかし兄は独身で、そのまま先日、亡くなった。そこで、兄が引きついでいた両親の財産ごと、誠が相続しなければならなくなったのだった。
 一方誠の実家は、とある東北のえらく奥まった田舎の村の中にあった。しかしなんというか、これが誠にとってはなんとも居心地の悪いところで、もともと家の跡を継ぐのはその家に生まれた長子に限るという慣習があったこともあって、誠は高校を卒業するとすぐに村を出ていた。
 その後、村を出て東京で就職した誠は、親とも兄ともほぼほぼ連絡を取ることなく、暮らした。
 だから、知らなかったのだ。
 その相続財産の中に、『売れない山』があることを。
 兄と両親から継いだ財産は、東京で生活基盤を築いた誠には不要なものばかりだった。
 実家の土地や建物、この兄の家、その中にある家財など。
 だからすべて売ってしまおうと思い、財産を調査したところ、実家にひとつ、大きな山があることがわかった。これが、『売れない山』なのだ。
 なぜ『売れない』のかというと、――まあ、こんな田舎のなんのとりえもない山には買い手もつかないという、相続あるあるもあるにはあるが、売ってはならないという妨害工作のようなものが、実家のあった村から来るのである。
 その山は、お前の家、咲山家が継ぐものであって、他所の者に渡してはならないのだ、と。
 状況を調べようと思って久しぶりに、本当に久しぶりに実家を訪れてみたところで、まず村の人間にそう言われた。現地での不動産調査を頼んだ業者も、現地で村人たちから妙な言動をされたと言っていた。
 察するに、どうも実家が持っていた山には、そういう――妙ないわくがあるらしい。
 しかし、そんなものはただの迷信だろう。財産的な価値がないからというならともかく、そんな迷信の類のために、売らずに自分が引き継がなければならない山など、このご時世にあるだろうか。
 まあ、うすうす村全体からそういう妙な匂いを嗅ぎ取っていたから、誠は小さい頃から気味が悪くて、早く村を出たかった。
 村を出てからは何かから解放された気分で、絶対に実家には近寄らなかった。
 でもそれは、そういう迷信のようなものを妙に大切にしているらしい、村の雰囲気、村人の雰囲気が気持ち悪かったのであって、誠自身が迷信や妙なしきたりなどを信じていたわけではないのだ。
 ただ。
 村人たちの振る舞いがまったく気にならないわけでもなかったので、その『山』について、誠も自分で調べてみた。
 そうしたら、さほど有名ではないものの怪談スポットのようなものとしての噂話が出てきた。
 人が行方不明になる山だとか、実際に返ってこない人がいるだとか。
 それだけならまだしも、その調べた話が刺激となってか、自分でも幼少期にそんなことがあったような記憶がよみがえってきてしまった。
 いや、もしかするとその記憶にあった出来事がきっかけで、自分はその村を離れたくなったのかもしれない。
 村には、山に入ってはいけないよと言われていた日が年に何日かあって、その日に山に入った子供のころの友達が、いなくなっているのだ。
 確か、村人たちは最初とても慌てていた。でも、村は数日で静かになったし、警察のようなものが来た記憶もないし、その後、いなくなった友達を誰も探したりはしなかった――ように思う。
 探すというより、もう最初から、なにかどこか妙な諦めの空気のようなものが、村全体を覆ったことと、山に入ってはいけない日があるということをさらに何度もこっぴどく大人たちから言われたことが、思い出された記憶の中にはあった。
 それで――。
「その山についての話がいったい何なのか、知りたいということですね」
 問題は山のいわくなのだということについては、相手にも説明し、誠が説明しおえると、相手の青年が静かに繰り返した。
 「……はい。そんな、わけのわからないものを継がされる身としても、なんだか気味が悪くて……いや、そんな、人が消える、みたいな話を信じているわけではないんですが。弁護士さんが、そういう……いなくなった人の行方とか、ちょっと不可解なことを調べられる方を紹介することもできる、とおっしゃるので……」
「そうですね。調べることは、たぶんできます。ただ、だからといって何かが変わるとか、何かを変えられるとか、そういうことにはならない場合もありえます。それでも、かまわないでしょうか?」
 相手が指摘するのは、おそらく、山について調べたところで、この山が『売れない山』のままで終わるかもしれない、ということなのだろう。
 誠としては、山が売れてくれればそれに越したことはなかった。それに、できればそんな気味の悪いものは手放してしまいたかった。だから、そうはいってもその『山』についてのいわくの正体のようなものが解明されれば、多少売れやすくなるんじゃないだろうか、くらいの気持ちでいたのだ――その時は。
「――はい」
 と、誠は相手の言葉に頷いた。
 十代の頃にわかれたきりだった兄の、まるで見知らぬ他人のものでしかないような遺品に囲まれながら、相手の青年の顔を見返す。
 整った顔立ちの、それゆえ宮司だと言われればそんな感じもするかと思えなくもない青年の名前は、――(すめらぎ)柚真人(ゆまと)、といった。