「おいしい」


ぽろりとこぼれた言葉を、私はきっと忘れない。

なぜかそう思った。

出汁の余韻に浸っている時、ふいに視線を感じて隣を見れば、羽生先輩がやわらかく笑っていた。
嬉しそうでいて、どこか切なそうな。
見たこともないような笑顔。
すると、その大きな瞳から一滴の涙が伝った。

 
「えっ、は、羽生先輩?」


慌てて丼を置く。

先輩が、泣いた?

一方の羽生先輩は、私に言われて初めて気づいたかのように、「あぁ」と親指の腹で涙を拭った。
のんきにも程度というものがある。

ハンカチでもあればとスカートのポケットをまさぐった。
しかしなにもない。
舌打ちしそうになるのをこらえ、どうしたものかと焦った。

羽生先輩は、この優しい人はいつも笑っていればいいんだ。
笑っていてほしい。
泣かれたら胸が痛くてたまらなくなる。