「ふうん。厄介払いも保護も、婚姻で済むってことか」
父は何も言わなかった。透子も、すぐには言葉が出なかった。
けれど、今目の前にいる父は透子を見ていた。初めて、本当に。
「すまなかった」
その言葉は、もっと早く聞きたかったものだった。
もし別の場所で、別の時間に告げられていたなら、透子の胸をこれほど痛ませることはなかったかもしれない。
それでも不思議と腹は立たなかった。父の声に滲んでいた後悔も、今さら取り繕うことのできない痛みも、透子には見えてしまったからだ。
透子は胸の奥で揺れる感情を静かに受け止めながら、ゆっくりと息を吸った。
「私は、父上をすぐには許せません」
「そうだろうな」
「でも、知ることができてよかったです」
宵がふっと吹き出すように笑った。その笑みは穏やかな形をしているはずなのに、触れれば指先を切りそうなほど冷えたものが滲んでいて、透子は思わず息を詰める。
父もまた、その空気の変化を感じ取ったのだろう。伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「無理だな。僕は性格悪いから笑って受け流すことなんてできないし、天地がひっくり返っても許すことなんてできない」
声は静かだった。怒鳴りつけるでもなく、感情を荒げるでもなく、ただ事実を告げるような口調だったにもかかわらず、その場にいる誰もが理解してしまう。
宵は怒っている。それも、自分のためではなく透子のために。
「透子の優しさに漬け込むなよ。――能無しが」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
父は何かを言おうとしたようだったが、結局ひとつも言葉にならなかったらしい。唇がかすかに動いただけで、その視線は行き場を失ったように揺れている。
透子は隣に立つ宵を見上げた。
誰かが怒ってくれている。自分がずっと飲み込んできた痛みを、そんなものは許されるべきではないのだと示してくれている。悲しかったことも、寂しかったことも、仕方のないことだと思い込んでいた。
けれど本当は違ったのだ。傷ついていたのだと認めてもいいのだと、宵は何も言わずに教えてくれている。
胸の奥に熱が広がっていくのを感じながら、透子は父へ向き直った。
「私はもう、何も言わずに差し出されるだけの娘ではありません」
父は黙ったまま透子を見つめていた。その眼差しの奥に浮かぶ感情を、透子はもう読み取ろうとはしなかった。観念したように目を伏せ、そのまま深く頭を下げた。
それは父としての謝罪だったのかもしれないし、もっと昔に犯した過ちへの贖罪だったのかもしれない。
透子には分からなかった。ただ、その背中が今までよりずっと小さく見えたことだけは覚えている。
父は何も言わなかった。透子も、すぐには言葉が出なかった。
けれど、今目の前にいる父は透子を見ていた。初めて、本当に。
「すまなかった」
その言葉は、もっと早く聞きたかったものだった。
もし別の場所で、別の時間に告げられていたなら、透子の胸をこれほど痛ませることはなかったかもしれない。
それでも不思議と腹は立たなかった。父の声に滲んでいた後悔も、今さら取り繕うことのできない痛みも、透子には見えてしまったからだ。
透子は胸の奥で揺れる感情を静かに受け止めながら、ゆっくりと息を吸った。
「私は、父上をすぐには許せません」
「そうだろうな」
「でも、知ることができてよかったです」
宵がふっと吹き出すように笑った。その笑みは穏やかな形をしているはずなのに、触れれば指先を切りそうなほど冷えたものが滲んでいて、透子は思わず息を詰める。
父もまた、その空気の変化を感じ取ったのだろう。伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「無理だな。僕は性格悪いから笑って受け流すことなんてできないし、天地がひっくり返っても許すことなんてできない」
声は静かだった。怒鳴りつけるでもなく、感情を荒げるでもなく、ただ事実を告げるような口調だったにもかかわらず、その場にいる誰もが理解してしまう。
宵は怒っている。それも、自分のためではなく透子のために。
「透子の優しさに漬け込むなよ。――能無しが」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
父は何かを言おうとしたようだったが、結局ひとつも言葉にならなかったらしい。唇がかすかに動いただけで、その視線は行き場を失ったように揺れている。
透子は隣に立つ宵を見上げた。
誰かが怒ってくれている。自分がずっと飲み込んできた痛みを、そんなものは許されるべきではないのだと示してくれている。悲しかったことも、寂しかったことも、仕方のないことだと思い込んでいた。
けれど本当は違ったのだ。傷ついていたのだと認めてもいいのだと、宵は何も言わずに教えてくれている。
胸の奥に熱が広がっていくのを感じながら、透子は父へ向き直った。
「私はもう、何も言わずに差し出されるだけの娘ではありません」
父は黙ったまま透子を見つめていた。その眼差しの奥に浮かぶ感情を、透子はもう読み取ろうとはしなかった。観念したように目を伏せ、そのまま深く頭を下げた。
それは父としての謝罪だったのかもしれないし、もっと昔に犯した過ちへの贖罪だったのかもしれない。
透子には分からなかった。ただ、その背中が今までよりずっと小さく見えたことだけは覚えている。


