宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「暁臣様は、それを嫌った。人の名を縛って得る婚姻など、国を腐らせると。だから廃止しようとなさった」
「……父上が」

 宵の声は掠れていた。
 父は頷き、宵を見る。

「暁臣様は、冷たい方ではなかった。奥方様を傷つけたことも、分かっておられた。だからこそ、あの儀式を終わらせようとなさったのです」
「では、なぜ簪が」

 透子が尋ねると、父の顔が苦しげに歪んだ。

「廃止に反対した者たちがいたのだ。婚姻縛りによって保たれていた家、得をしていた家、そして……縛られたまま捨てられた花嫁たちの怨念を利用しようとする者」

 父は拳を握る。

「暁臣様は、篠乃様の簪を最後の核として封じようとした。篠乃様の痛みと、過去の花嫁たちの怨念が結びついていたからだ」
「それで父上は死んだのですか?」

 宵が問いに父は答えなかった。その沈黙が答えのようだ。

「誰が、今それを使っている」
「私ではありません」
「あなたの言葉を信じろと?」
「信じなくて結構。ですが、私ではない。私はただ……十年前、封じ損ねた」

 部屋の空気が重くなる。

「簪は消え、暁臣様は亡くなった。私は怖くなり、全てを隠した」
「隠した結果、今花嫁が消えている……と?」

 宵の声は刃のようだった。
 父は目を伏せる。

「その通りです」

 透子は父の胸の色を見る。
 後悔は本物だった。けれど、それで許されるわけではない。

「父上。なぜ、私を南雲家へ嫁がせたのですか」
「……透子」

 名前を呼ばれた。父の声で。でも、透子の心はもう何も感じなかった。

「私は、厄介払いだったのですか」

 父はすぐには答えなかった。伏せられた眼差しの奥で、過ぎ去った年月を辿るような沈黙が続く。
 目を開けた父は深く息を吐き、その重みごと吐き出すように口を開いた。

「そうだ」

 母屋の外で、風が鳴った。

「お前を、家の役に立てようとした。南雲家との繋がりは、我が家にとって大きな意味を持つ」

 透子は目を伏せる。
 痛い。痛くてたまらないけれど、もう知っていた痛みだった。

「それに……南雲家なら、守れると思った」

 透子は顔を上げる。

「守る?」
「嫌な気配が帝都を覆い始め、花嫁たちが消えていった。次に狙われるのは、我が家の娘かもしれないと思った」
「だから、私を?」
「南雲宵のもとなら、少なくとも他の家より安全だと考えた」

 その時、宵が吐き捨てるように嗤った。