宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「父上はなぜ死んだのですか?」

 父の胸元には、濁った灰色が浮かんでいる。
 罪悪感や恐れ、長い年月をかけても消えなかった後悔。それらが幾重にも重なり合い、沈殿するように父の内側へ沈んでいる。

「父上」

 透子が静かに呼びかけると、父はようやくこちらへ目を向ける。その眼差しに宿るものは厳しさではなく、戸惑いに近いものだった。
 まるで初めて会う相手を見るように、父は透子を見つめている。

「私は知りたいのです」

 真っ直ぐに告げると、父の唇が動いた。

「……お前には関係ない」

 透子ではなく、お前。名前を呼ばれないことに慣れていたはずなのに、その呼び方は今も胸を冷たく撫でていく。

 隣から空気が張り詰める気配がした。
 視線を向けなくても分かる。
 宵が父を見ている。けれど透子は首を振った。これは自分で言わなければならないことだった。

「関係があります」

 静かに返すと、父の眉間に深い皺が刻まれる。

「私は南雲家の花嫁です。そして失踪した方々と同じように狙われました。何も知らないままでいることは、もうできません」

 言葉は驚くほど穏やかに口をついて出た。
 怖くないわけではない。それでも逃げたくはなかった。

 父はしばらく黙ったまま透子を見つめていた。その眼差しには戸惑いや困惑がある。けれど何より強かったのは、理解できないものを見るような色だった。
 幼い頃から知っているはずの娘が、いつの間にか知らない人間になってしまったかのように。

「……変わったな」

 ようやく落ちてきた声は、ひどく掠れていた。
 透子は静かに頷く。

「はい。旦那様が、私を見つけてくださったので」

 言葉にした瞬間、隣で息を呑む気配が伝わってきた。けれど透子は振り向かなかった。

 父もまた何も言わない。ただ静かに目を伏せ、その言葉の意味を噛みしめるように沈黙する。

 重たい静寂が部屋を満たしたあとで、父は深く息を吐いた。それは長いあいだ胸の奥へ閉じ込めていたものを、ようやく外へ出すことを決めたような吐息だった。

「婚姻縛りは、古くから朝廷の一部で使われていた、政略結婚を確実にするための儀式だ。花嫁の本名を簪に結び、嫁ぎ先へ縛る。逃亡と心変わりを防ぐ、家と家の契約を守るためのものだった」

 名前を縛る。それは、人を縛ることと同じだ。