宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

 宵の目が、苦しげに細まる。

「君は傷つくよ」
「もう傷ついています」

 透子は小さく笑った。
「傷ついているのに、平気なふりをしていた頃よりは、今の方がずっといいです」

 透子は黙って返事を待った。拒まれるかもしれないと思ったし、叱られるかもしれないとも思った。それでも視線だけは逸らさなかった。

 どれほど時間が過ぎただろう。
 宵は額を押さえるように指先を当て、それから観念したように息を吐いた。

「……分かった」

 予想していなかった返事に、透子は思わず目を見開く。

「よろしいのですか」
「よくないよ」

 宵は呆れたように肩を落とす。

「でも、止めたところで君は来るでしょ。そういう顔をしてる」

 透子は素直に頷いた。

「本当に聞き分けが悪いね」
「旦那様ほどではありません」
「比較対象が僕なの?」

 思わずと言った様子で宵が顔をしかめる。その反応が可笑しくて透子が微笑むと、宵は諦めたように首を振った。

「……正直でよろしい」

 いつもなら皮肉めいて聞こえるその言葉も、今はどこか疲れている。それでも拒絶の響きはなかった。

 宵は椅子から立ち上がり、透子の方へ向き直った。

「その代わり条件がある」
「条件、ですか」
「僕のそばを離れないこと。勝手な行動をしないこと。怪しいものに触らないこと」

 透子が頷いても、宵は不満そうな顔を崩さなかった。まるで信用していないような表情だった。

「あと、勝手に泣かない」

 透子はそこで困ったように眉を下げた。

「それは難しいかもしれません。努力はいたしますが」
「努力ねえ」

 宵は天井を仰ぐ。

「君の努力って、あまり信用できないんだよなあ」
「失礼です」
「今までの実績を振り返ってから言って」

 透子は反論しようとして、思い当たる節が多すぎることに気づいた。

 口を閉ざした透子を見て、宵の口元が緩む。その笑みはいつものような意地悪さを含んでいたけれど、どこか力が抜けていた。
 疲労も不安も消えてはいない。それでも透子を遠ざけようとする冷たさは、そこにはなかった。

 透子は胸の奥に灯る安堵を抱きしめるように、小さく息を吐いた。
 条件付きでも構わない。それでも宵は、自分を隣へ立たせてくれたのだから。