宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「勘違いしないで、嫉妬じゃないよ」

 宵は指先で湯呑みを弄びながら続ける。

「僕はそういう感情とは無縁だから」
「嫉妬は醜い感情なのですか」
「少なくとも僕がすると、かなり醜いと思う」
「そうなのですか」
「うん。たぶん面倒くさい」

 自覚があるのかないのか分からない言い方だった。
 透子は少し考えてから、静かに答えた。

「晴臣様のことは、嫌いではありません」
「ふうん」
「でも、好きだったのかは……今はよく分かりません」
「曖昧だね」

 透子は箸を置いて、汁物に視線を落とす。透明な汁には紅葉の形をした野菜が浮かんでいた。

 晴臣は優しかった。いつも正しく、朗らかで、透子にも穏やかに接してくれた。婚約者として不満を感じたことはなかったが、彼は透子の胸の奥深くにあるものを、一度も見ようとしなかったように思う。

 それは彼だけが悪いのではない。透子が何も言わなかったからだ。

「晴臣様は、悪い方ではありません」
「そうだね」

 宵は微笑んだ。春の日差しの下なら絵になりそうな、美しい笑みだった。

「悪気なく人を傷つける人間は、一番厄介だ」

 透子は思わず口を閉ざした。
 宵は透子を一瞥したのち、何事もなかったように箸を取っている。

「まあ、安心して。僕はちゃんと悪気があるから」
「安心できる要素がありません」
「あるよ。傷つけられた時、ちゃんと怒れる」

 透子は宵を見つめた。
 宵はもうこちらを見ていなかった。流れるような動作で、静かに食事を続けている。

 その横顔は綺麗だけれど、なんだか寂しそうだった。
 透子は胸の奥で、何かが小さく揺れるのを感じた。