宵が熱を出してから、三日が過ぎた。
表向きには療養中ということになっていたが、南雲宵という人が、言われた通りに寝台の上で大人しくしているはずもなかった。
八重の目を盗んでは北棟へ向かい、軍府から届く報告書や、古い婚姻儀礼に関する記録へ目を通しているらしく、そのたびに透子は呆れるより先に胸の奥を冷やされる思いがした。
その朝も、透子が薬湯を載せた盆を手に北棟の調査室へ入ると、宵は黒い羽織を肩に引っかけたまま、机に広げられた古い台帳へ目を落としていた。顔色はまだ悪く、左腕には包帯が巻かれたままだというのに、本人だけは何事もなかったような顔をしている。
透子が名を呼ぶと、宵はゆっくり顔を上げ、見つかったことを少しも悪びれない目でこちらを見た。
「……花嫁さん」
「寝ていてください」
透子が静かに告げると、宵は開口一番それなのかとでも言いたげに目を細めたが、反論するだけの力は残っていないらしく、小さく息を吐いた。
「横になるの、飽きたんだよ」
「飽きたで済むことではありません」
「最近、厳しいね」
「旦那様がいけないのです」
即座に返すと、宵は少しだけ笑った。けれどその笑みはまだ疲れていて、透子は薬湯を机へ置きながら眉を寄せる。
「まず、飲んでください」
「まずいから無理」
「まだ飲んでいません」
「匂いで分かる」
いつもの調子で言い返してくるものの、宵は透子の差し出した器を拒みきれず、不服そうに薬湯を受け取った。
ひと口飲んだ瞬間に眉間へ皺を寄せた顔は子どものようで、透子は少しだけ表情を緩めそうになったが、ここで甘い顔をすれば飲み残すに違いないと思い直し、最後まで飲むように目で促した。
「花嫁さん、僕のこと嫌い?」
「嫌いなら看病しません」
口にしてから、透子は自分の言葉に遅れて頬を熱くした。取り消すこともできずにいると、宵は器を持ったまま一瞬動きを止め、やがて困ったように目を伏せる。
「……そういうこと、普通に言う」
「普通ではありません」
「じゃあ余計に悪い」
そう言いながらも、宵は最後まで薬湯を飲み干した。透子が空の器を受け取ろうとした時、机の上に置かれていた封じ紙がふと目に入る。中には、透子を襲った黒い糸の残滓が納められていた。焼け焦げたような黒の中に、ほんのわずかだな、金色の糸のようなものが絡んでいる。
刹那、それは折れた簪のようにも見えた。だが瞬きを一つした時にはもう、透子の目には糸として映った。
寂しく、美しく、今にも崩れてしまいそうな薄い金色だ。これまで何度か見たことのある、誰かの孤独の色に少し似ていた。
表向きには療養中ということになっていたが、南雲宵という人が、言われた通りに寝台の上で大人しくしているはずもなかった。
八重の目を盗んでは北棟へ向かい、軍府から届く報告書や、古い婚姻儀礼に関する記録へ目を通しているらしく、そのたびに透子は呆れるより先に胸の奥を冷やされる思いがした。
その朝も、透子が薬湯を載せた盆を手に北棟の調査室へ入ると、宵は黒い羽織を肩に引っかけたまま、机に広げられた古い台帳へ目を落としていた。顔色はまだ悪く、左腕には包帯が巻かれたままだというのに、本人だけは何事もなかったような顔をしている。
透子が名を呼ぶと、宵はゆっくり顔を上げ、見つかったことを少しも悪びれない目でこちらを見た。
「……花嫁さん」
「寝ていてください」
透子が静かに告げると、宵は開口一番それなのかとでも言いたげに目を細めたが、反論するだけの力は残っていないらしく、小さく息を吐いた。
「横になるの、飽きたんだよ」
「飽きたで済むことではありません」
「最近、厳しいね」
「旦那様がいけないのです」
即座に返すと、宵は少しだけ笑った。けれどその笑みはまだ疲れていて、透子は薬湯を机へ置きながら眉を寄せる。
「まず、飲んでください」
「まずいから無理」
「まだ飲んでいません」
「匂いで分かる」
いつもの調子で言い返してくるものの、宵は透子の差し出した器を拒みきれず、不服そうに薬湯を受け取った。
ひと口飲んだ瞬間に眉間へ皺を寄せた顔は子どものようで、透子は少しだけ表情を緩めそうになったが、ここで甘い顔をすれば飲み残すに違いないと思い直し、最後まで飲むように目で促した。
「花嫁さん、僕のこと嫌い?」
「嫌いなら看病しません」
口にしてから、透子は自分の言葉に遅れて頬を熱くした。取り消すこともできずにいると、宵は器を持ったまま一瞬動きを止め、やがて困ったように目を伏せる。
「……そういうこと、普通に言う」
「普通ではありません」
「じゃあ余計に悪い」
そう言いながらも、宵は最後まで薬湯を飲み干した。透子が空の器を受け取ろうとした時、机の上に置かれていた封じ紙がふと目に入る。中には、透子を襲った黒い糸の残滓が納められていた。焼け焦げたような黒の中に、ほんのわずかだな、金色の糸のようなものが絡んでいる。
刹那、それは折れた簪のようにも見えた。だが瞬きを一つした時にはもう、透子の目には糸として映った。
寂しく、美しく、今にも崩れてしまいそうな薄い金色だ。これまで何度か見たことのある、誰かの孤独の色に少し似ていた。


