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榊が帰ったあと、案の定というべきか、宵の熱は再び上がった。
本来なら寝台で休んでいなければならない人間が、書類を読み、調査報告を受け、透子と言い争うだけの気力まで見せていたのだから、身体の方が抗議を始めたとしても不思議ではない。
八重は露骨に怒る人ではない。けれど、その静かな声色が本当に機嫌の悪い時のものであることを、透子も少しずつ理解し始めていた。
「旦那様」
「八重さん、今は説教されたら困る」
「説教ではございません」
「じゃあ何?」
「寝台へお戻りくださいませ」
「それ、命令だよね」
「お願いでございます」
「お願いの圧が強い」
宵は何度か弁明らしいものを試みていたが、八重の前ではほとんど意味をなさないらしい。結局は観念したように布団へ潜り込み、その様子を見ていた透子は思わず笑いそうになった。
軍府の人間たちを震え上がらせる南雲少将も、八重の前ではどこか勝手が違うらしい。そのことが少しだけ可笑しく、そして少しだけ微笑ましかった。
夜が更け、八重が薬を取りに部屋を離れると、静かな室内には二人だけが残された。
障子の外では風が庭木を揺らしている。昼間よりもずっと柔らかくなった灯りが部屋の隅を照らし、薬草の匂いと夜気が静かに溶け合っていた。
寝台の上から視線を向けてきた宵は、透子の顔を見るなり小さく目を細める。
「さっき、笑ってたでしょ」
「少しだけ」
「否定しないんだ」
「嘘は下手ですから」
「弱っている人間を笑うなんて、ひどい花嫁さんだ」
「違います。旦那様にも逆らえない方がいるのだと思ったら、少し安心しただけです」
宵は意外そうに目を瞬かせた。
「安心?」
「はい。旦那様は何でも一人でできる方のように見えるので」
「実際、たいていのことはできるよ」
「そういうところです」
透子が濡らした手巾を取り、額に滲んだ汗をそっと拭うと、宵は身じろぎしたものの、それを拒むことはしなかった。
「完璧ではないところを見ると、少し近く感じます」
「それ、褒めてる?」
「おそらく、たぶん」
「たぶんかあ」
宵は困ったように目を伏せた。
以前なら距離を取ろうとしたはずなのに、最近はこうした世話を受けることにも少しずつ慣れてしまったらしい。むしろ居心地が悪そうなのは、優しくされることそのものの方なのだろう。
優しくしないでほしい。
以前も言われた言葉を思い出しながら、透子は少しだけ苦笑する。けれど聞くつもりはなかった。嫌いなら看病などしないし、心配でなければ夜更けまでここに残ったりもしない。
榊が帰ったあと、案の定というべきか、宵の熱は再び上がった。
本来なら寝台で休んでいなければならない人間が、書類を読み、調査報告を受け、透子と言い争うだけの気力まで見せていたのだから、身体の方が抗議を始めたとしても不思議ではない。
八重は露骨に怒る人ではない。けれど、その静かな声色が本当に機嫌の悪い時のものであることを、透子も少しずつ理解し始めていた。
「旦那様」
「八重さん、今は説教されたら困る」
「説教ではございません」
「じゃあ何?」
「寝台へお戻りくださいませ」
「それ、命令だよね」
「お願いでございます」
「お願いの圧が強い」
宵は何度か弁明らしいものを試みていたが、八重の前ではほとんど意味をなさないらしい。結局は観念したように布団へ潜り込み、その様子を見ていた透子は思わず笑いそうになった。
軍府の人間たちを震え上がらせる南雲少将も、八重の前ではどこか勝手が違うらしい。そのことが少しだけ可笑しく、そして少しだけ微笑ましかった。
夜が更け、八重が薬を取りに部屋を離れると、静かな室内には二人だけが残された。
障子の外では風が庭木を揺らしている。昼間よりもずっと柔らかくなった灯りが部屋の隅を照らし、薬草の匂いと夜気が静かに溶け合っていた。
寝台の上から視線を向けてきた宵は、透子の顔を見るなり小さく目を細める。
「さっき、笑ってたでしょ」
「少しだけ」
「否定しないんだ」
「嘘は下手ですから」
「弱っている人間を笑うなんて、ひどい花嫁さんだ」
「違います。旦那様にも逆らえない方がいるのだと思ったら、少し安心しただけです」
宵は意外そうに目を瞬かせた。
「安心?」
「はい。旦那様は何でも一人でできる方のように見えるので」
「実際、たいていのことはできるよ」
「そういうところです」
透子が濡らした手巾を取り、額に滲んだ汗をそっと拭うと、宵は身じろぎしたものの、それを拒むことはしなかった。
「完璧ではないところを見ると、少し近く感じます」
「それ、褒めてる?」
「おそらく、たぶん」
「たぶんかあ」
宵は困ったように目を伏せた。
以前なら距離を取ろうとしたはずなのに、最近はこうした世話を受けることにも少しずつ慣れてしまったらしい。むしろ居心地が悪そうなのは、優しくされることそのものの方なのだろう。
優しくしないでほしい。
以前も言われた言葉を思い出しながら、透子は少しだけ苦笑する。けれど聞くつもりはなかった。嫌いなら看病などしないし、心配でなければ夜更けまでここに残ったりもしない。


