「あれ、もしかして気に入らない?」
「いいえ。とても、立派なお部屋です」
「立派、ね。君は感想まで地味だね」
透子は思わず宵を見た。
「……旦那様」
「何?」
「性格が悪いと、よく言われませんか」
口にした瞬間、自分でも驚いた。そんなことを言うつもりはなかった。けれど、するりと出てしまった。
宵も一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに唇の端を上げる。
「言われるって、さっき教えたよね」
「そうでした」
「花嫁さん、面白いねえ」
宵は本当に楽しそうだった。くつくつと笑ってはいるものの、それが本物なのかが分からない。この人のどこまでが冗談で、どこからが本気なのだろうか。
けれど、透子はさっきよりも息がしやすくなっている自分がいることに気づいていた。
実家では、誰かに言い返すことなどなかった。それは、言い返す前に諦めていたからだ。
でも宵は、不思議と透子の言葉を受け取る。傷ついたふりも、怒ったふりもせず、ただ面白がる。その距離感は怖いけれど楽でもあった。
「夕餉は一刻後。女中が呼びに来るから」
「旦那様も、ご一緒に?」
「一応、夫婦になるからね」
「……一応」
「そう。一応」
宵は何でもないことのように言う。
「安心して。南雲家の花嫁としての務めは、いずれ果たしてもらうことになるけど」
透子は思わず背筋を伸ばした。
「……はい」
「まあ、今すぐ何かを求めるつもりはないから。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、花嫁さん」
透子は返事に困った。
気遣われているのか、からかわれているのか分からない。
透子は言葉を失ったまま、目の前の男を見つめた。
その数秒のあいだに、驚きと困惑と、それから少しばかりの怒りが胸の中で綺麗に積み重なっていく。
「なっ……」
「おやおや、顔が赤くなってる」
「急に何をおっしゃるんですか」
「確認だよ。大事でしょ?」
「ですが、今言うことでは……」
「今言わないでいつ言うのさ。恥ずかしがっちゃって面白いね、君」
なんて人だろうか。本当に性格が悪い。
透子は今度こそ、はっきり顔に出してしまった。
宵はそれを見て、満足そうに笑った。
「じゃあ、また後で。花嫁さん」
そう言って、彼は部屋を出ていった。
残された透子は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
南雲宵は、嵐のような人だ。静かな人に見えて、人の心を乱していく。冷たいのに、なぜか目が離せない。
透子はそっと息をついた。目を逸らした方が身のためだと分かっている。けれど、逸らせなかった。
あんな孤独を抱えた人を、透子は見たことがなかったから。
「いいえ。とても、立派なお部屋です」
「立派、ね。君は感想まで地味だね」
透子は思わず宵を見た。
「……旦那様」
「何?」
「性格が悪いと、よく言われませんか」
口にした瞬間、自分でも驚いた。そんなことを言うつもりはなかった。けれど、するりと出てしまった。
宵も一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに唇の端を上げる。
「言われるって、さっき教えたよね」
「そうでした」
「花嫁さん、面白いねえ」
宵は本当に楽しそうだった。くつくつと笑ってはいるものの、それが本物なのかが分からない。この人のどこまでが冗談で、どこからが本気なのだろうか。
けれど、透子はさっきよりも息がしやすくなっている自分がいることに気づいていた。
実家では、誰かに言い返すことなどなかった。それは、言い返す前に諦めていたからだ。
でも宵は、不思議と透子の言葉を受け取る。傷ついたふりも、怒ったふりもせず、ただ面白がる。その距離感は怖いけれど楽でもあった。
「夕餉は一刻後。女中が呼びに来るから」
「旦那様も、ご一緒に?」
「一応、夫婦になるからね」
「……一応」
「そう。一応」
宵は何でもないことのように言う。
「安心して。南雲家の花嫁としての務めは、いずれ果たしてもらうことになるけど」
透子は思わず背筋を伸ばした。
「……はい」
「まあ、今すぐ何かを求めるつもりはないから。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、花嫁さん」
透子は返事に困った。
気遣われているのか、からかわれているのか分からない。
透子は言葉を失ったまま、目の前の男を見つめた。
その数秒のあいだに、驚きと困惑と、それから少しばかりの怒りが胸の中で綺麗に積み重なっていく。
「なっ……」
「おやおや、顔が赤くなってる」
「急に何をおっしゃるんですか」
「確認だよ。大事でしょ?」
「ですが、今言うことでは……」
「今言わないでいつ言うのさ。恥ずかしがっちゃって面白いね、君」
なんて人だろうか。本当に性格が悪い。
透子は今度こそ、はっきり顔に出してしまった。
宵はそれを見て、満足そうに笑った。
「じゃあ、また後で。花嫁さん」
そう言って、彼は部屋を出ていった。
残された透子は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
南雲宵は、嵐のような人だ。静かな人に見えて、人の心を乱していく。冷たいのに、なぜか目が離せない。
透子はそっと息をついた。目を逸らした方が身のためだと分かっている。けれど、逸らせなかった。
あんな孤独を抱えた人を、透子は見たことがなかったから。


