宵が目を覚ましたのは、夜明けより少し前のことだった。
透子は寝台の傍らに座ったまま、いつの間にか浅い眠りへ落ちていたらしい。重ねていた指先に、ごくかすかな動きを感じて目を開けると、部屋にはまだ夜の名残が沈んでいた。薬の匂いを含んだ静かな空気の中で、障子越しの光だけが淡く青みを帯び、朝が近づいていることを知らせている。
その頼りない明るさの中、寝台に横たわる宵がゆっくりと目を開けていた。
熱のせいだろうか。いつもより焦点の定まらない瞳が、しばらく透子を見つめる。昨夜、あれほど切羽詰まった声で名を呼んだ人とは思えないほど、その眼差しはまだ夢の底にいるように頼りなさげだった。
「……花嫁さん」
掠れた声だった。その呼び方を聞いた瞬間、透子の胸の奥がわずかに痛んだ。昨夜、あんなにも必死に名前を呼んでくれたのに、目を覚ませばまた元の距離へ戻ってしまうのかと思ったからだ。
けれど、その痛みを追うより先に安堵が広がった。
今こうして目を開け、自分を見ている。それだけで、昨夜から張り詰めていた心が少しずつほどけていく。
「お目覚めですか」
透子ができるだけ穏やかに微笑むと、宵は小さく眉を寄せた。
「何してるの」
「看病です」
「誰が頼んだの」
「勝手にです」
先回りして答えると、宵は呆れたように息を吐いた。その吐息さえ熱を含んでいて、透子は反射的に額へ手を伸ばしそうになる。
「君、本当に聞き分けが悪い」
「よく言われます。旦那様に」
「なら相当だね」
「旦那様に言われると、不思議と説得力がありません」
そう返すと、宵はかすかに笑った。いつものような余裕を含んだ笑みではなく、熱に浮かされた吐息の端に辛うじて残るような、弱くて淡い笑みだった。
その顔を見て、透子はようやく肩の力を抜く。昨夜から胸の奥に居座っていた不安が、少しだけ遠ざかった気がした。
「お水を飲まれますか」
「いらない」
「喉が掠れています」
「掠れてる声も色気があるでしょ」
「ご病人が何をおっしゃっているのですか」
「花嫁さんが冷たい」
「冷たくありません。心配しているだけです」
透子が水差しへ手を伸ばすと、宵は何か言いたげに薄く目を細めたが、結局は抵抗するだけの力がないらしく、小さく息を吐いた。
「心配は無駄だって言ったはずだけど」
「無駄でも心配することはあります」
「まだ言うんだ」
「何度でも言います」
「……本当に、聞き分けが悪い」
困ったように呟きながらも、宵は透子が差し出した水を受け取った。身体を起こそうとした瞬間、顔をしかめたので、透子は慌てて背中を支える。
透子は寝台の傍らに座ったまま、いつの間にか浅い眠りへ落ちていたらしい。重ねていた指先に、ごくかすかな動きを感じて目を開けると、部屋にはまだ夜の名残が沈んでいた。薬の匂いを含んだ静かな空気の中で、障子越しの光だけが淡く青みを帯び、朝が近づいていることを知らせている。
その頼りない明るさの中、寝台に横たわる宵がゆっくりと目を開けていた。
熱のせいだろうか。いつもより焦点の定まらない瞳が、しばらく透子を見つめる。昨夜、あれほど切羽詰まった声で名を呼んだ人とは思えないほど、その眼差しはまだ夢の底にいるように頼りなさげだった。
「……花嫁さん」
掠れた声だった。その呼び方を聞いた瞬間、透子の胸の奥がわずかに痛んだ。昨夜、あんなにも必死に名前を呼んでくれたのに、目を覚ませばまた元の距離へ戻ってしまうのかと思ったからだ。
けれど、その痛みを追うより先に安堵が広がった。
今こうして目を開け、自分を見ている。それだけで、昨夜から張り詰めていた心が少しずつほどけていく。
「お目覚めですか」
透子ができるだけ穏やかに微笑むと、宵は小さく眉を寄せた。
「何してるの」
「看病です」
「誰が頼んだの」
「勝手にです」
先回りして答えると、宵は呆れたように息を吐いた。その吐息さえ熱を含んでいて、透子は反射的に額へ手を伸ばしそうになる。
「君、本当に聞き分けが悪い」
「よく言われます。旦那様に」
「なら相当だね」
「旦那様に言われると、不思議と説得力がありません」
そう返すと、宵はかすかに笑った。いつものような余裕を含んだ笑みではなく、熱に浮かされた吐息の端に辛うじて残るような、弱くて淡い笑みだった。
その顔を見て、透子はようやく肩の力を抜く。昨夜から胸の奥に居座っていた不安が、少しだけ遠ざかった気がした。
「お水を飲まれますか」
「いらない」
「喉が掠れています」
「掠れてる声も色気があるでしょ」
「ご病人が何をおっしゃっているのですか」
「花嫁さんが冷たい」
「冷たくありません。心配しているだけです」
透子が水差しへ手を伸ばすと、宵は何か言いたげに薄く目を細めたが、結局は抵抗するだけの力がないらしく、小さく息を吐いた。
「心配は無駄だって言ったはずだけど」
「無駄でも心配することはあります」
「まだ言うんだ」
「何度でも言います」
「……本当に、聞き分けが悪い」
困ったように呟きながらも、宵は透子が差し出した水を受け取った。身体を起こそうとした瞬間、顔をしかめたので、透子は慌てて背中を支える。


