宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「気味が悪いですよね」

 思わず零れた言葉だった。すると宵の眉がわずかに動く。

「誰がそう言ったの」
「……誰も」
「嘘」

 即座に返された声に、透子は目を伏せた。

 幼い頃、一度だけ母へ話したことがある。あの方は寂しそうです、と。
 そして母は困ったように微笑んでいた。
 ――それは言わない方がいいわ。人の心を勝手に見るものではありません。

 それ以来、透子は見えるものを見えないふりするようになった。
 役に立たない。余計なこと。気味が悪いもの。
 そうやって口を閉ざしているうちに、誰も透子へ何かを期待しなくなっていった。

 宵はすぐには答えなかった。
 ただ透子を見ている。その視線には探るような鋭さも、からかうような色もなかった。

 代わりに、どこか不思議そうな気配だけがある。まるで、当たり前のことを当たり前だと思っていない相手を見ているようだった。
 やがて宵はふっと息を吐く。

「便利だね」

 不意に落ちてきた言葉に、透子は思わず顔を上げた。

「……便利、ですか」
「少なくとも陰陽寮なら欲しがる人間は多いだろうね」

 宵はそう言いながら、わずかに首を傾げる。
 その視線は透子を値踏みするものではなく、珍しいものを見つけた時のように静かだった。

「穢れや呪詛というものは、突然どこからか湧いてくるわけじゃない。その多くは人の感情から生まれる。憎しみや執着、後悔や悲しみが形を持ったものだ」

 低く落ち着いた声が静かに続く。

「だから本当に厄介なのは術そのものじゃない。何が原因で、どこから生まれたのかを見つけることの方だよ。君には、それが見えるんだろう?」

 透子は返事ができなかった。

「どこが痛いのか」

 静かな声だった。

「誰が傷ついているのか」

 そこに責めるような響きはない。ただ事実を確かめるような声だった。

「それは案外、簡単なことじゃない」

 透子の胸が小さく揺れる。
 そんなふうに言われたことはなかった。この力について話したことはあっても、価値を見出されたことはない。気味が悪いと言われるか、役に立たないと言われるか、そのどちらかだった。

 だから透子自身も、いつしかそう思うようになっていた。
 見えるだけだ。分かるだけだ。
 何も変えられない。何も救えない。そんな力に意味などないのだと。