宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「まあいいや。会議が終わったら帰るよ」
「私は会議に入らないのですか」
「入れない。陰陽寮の機密だから」
「では、どうして連れてきたのですか」

 そう問うと、宵は顔だけ振り返った。

「置いておく方が、危ないから」

 その言葉に、透子の胸の中が小さく波立つ。

「……例の事件ですか」
「八重さんから聞いた?」
「いいえ。女中たちの話を」
「口止めしたのに」

 宵は面倒そうに眉を寄せた。けれど次の瞬間には諦めたように肩を竦める。

「そう。君が次の標的になるかもしれない」
「なぜ、私が」
「南雲家の花嫁だから」

 宵は淡々と言う。

「では、昨日の夜のは――」

 口にした瞬間、自分でもしまったと思った。
 宵の目が鋭く細められる。

「……何で知ってるの」
「え?」
「告発文の話は、君にしていない」

 透子は言葉に詰まった。
 聞いたわけではないし、見たわけでもない。
 ただ昨夜、宵の周囲にまとわりつく見慣れない色を見たのだ。

 それは宵自身の感情ではなかった。誰かから向けられた悪意。鋭く尖った黒が、離れようとせず彼の周囲へまとわりついていた。
 警戒とも苛立ちとも違う。まるで外から投げつけられたもののような色だった。

 だから、何かがあったのだと思ったのだ。
 脅しなのか、警告なのか、そこまでは分からない。けれど穏やかな出来事ではないことだけは見て取れた。
 それをどう説明すればいいのか、透子には分からなかった。

「花嫁さん」

 宵が一歩近づく。

「君、何が見えてる?」

 甘い声だった。けれど逃げ道を与えない声でもあった。
 透子は唇を噛む。
 言いたくない。こんな力、役に立たない。気味が悪いと思われるだけだ。そう思いながら生きてきた。
 それでも、宵の視線からは逃げられなかった。

「……孤独が」
「何?」
「人の、孤独や痛みのようなものが、色で見えます」

 宵は黙っていた。
 透子は勇気を振り絞るように続ける。

「本当の心が読めるわけではありません。何を考えているかも分かりません。ただ、どこが痛いのか、どれくらい独りなのかが……少しだけ」

 言い終えた途端、急に怖くなった。
 宵は何も言わない。その沈黙が余計に不安を煽る。
 透子はぎゅっと指を握り締めた。