宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

「旦那様は、晴臣様が苦手なのですか」
「どうして?」
「先ほど、腹が立つと仰っていましたから」
「ああ」

 宵は少し考えるように視線を泳がせたあと、肩を竦める。

「苦手というより、眩しいんだよ」
「眩しい?」
「まっすぐで明るくて、誰からも好かれる。朝廷の人間も軍府の上層も、ああいう男が好きだろう?」
「旦那様とは違いますね」

 透子がそう言うと、宵は驚くほどあっさり頷いた。

「そうだね。僕は暗くて性格が悪くて、嫌われ者だから」

 まるで天気の話でもするような口調だった。けれど、その言葉は透子の胸へ小さな棘のように刺さる。

「ご自分で言うことではありません」
「事実だよ」
「事実でも、言わなくていいことがあります」

 透子が静かに言うと、宵は一瞬だけ言葉を失ったようだった。困ったように目を伏せ、小さく笑う。

「花嫁さんは優しいね」
「優しさを求めていらっしゃらなかったのでは?」
「そうだった」

 宵は薄く笑った。その笑みはいつもよりずっと弱々しく見える。

「だから困ってる」

 零れた声は驚くほど静かで、夜の闇へ溶けるようだった。

 透子は何か言おうとして、結局何も言えなかった。その声の奥にあるものへ触れてしまえば、きっともう後戻りできなくなる気がしたからだった。

 手巾は黒く染まった。けれど宵の手の色は、ほんの少し薄くなったように見えた。

「君、本当に変なことをするね」

 宵は自分の手を眺めながら言った。

「拭いただけです」
「少し楽になった気がする」

 透子は驚いて宵を見た。宵も自分で言ったことに驚いたような顔をしていたが、すぐに取り繕うように笑う。

「気のせいかもしれないけど」
「そうですか」
「嬉しそうだね」
「嬉しいです」

 宵は何か言いかけて、やめた。それから、困ったように視線を逸らした。

「……君、本当に困る」

 零れたその言葉は、もはやいつもの毒舌には聞こえなかった。
 
 透子は黒く染まった手巾を畳みながら、そっと顔を上げる。

「旦那様」
「何?」
「今夜は、少しでも眠ってください」

 そう言うと、宵は目を瞬かせた。まるでそんなことを頼まれるとは思っていなかったような顔だ。

「それは命令?」
「お願いです」
「花嫁さんからのお願いか」

 宵は頬杖をつき、どこか考え込むように透子を見つめる。