宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

 彼はよく笑う。けれどその大半は、人を遠ざけるためのものだ。
 意地悪な時。退屈な時。相手を試している時。そして本当に面白いと思った時だけ、目元がほんの少しだけ柔らかくなる。その違いに気付いたところで、何かが変わるわけではない。

「君ってたまに、すごく面倒くさいことを言うね」
「旦那様ほどではありません」
「うん。いい返しだ」

 褒められている気はしなかった。けれど宵は本当に少し愉快そうで、その目元には珍しく柔らかな笑みが浮かんでいる。

 透子がその表情を眺めていると、宵は湯呑みを卓へ戻しながら何気ない口調で言った。

「花嫁さん、今日は午後から軍府へ行くよ」
「軍府へ?」
「陰陽寮の定例会議。面倒だけど、一応当主だから」

 どこまでも気乗りしなさそうな言い方に、透子は思わず小さく瞬きをした。

「私も何か支度をいたしましょうか」
「いらない。君は屋敷にいて」
「分かりました」

 すると宵は意外そうに片眉を上げる。

「あっさりしてるね」
「ついて来いと言われておりませんので」
「そういうところは聞き分けがいい」

 感心したように言いながらも、宵はどこか納得していない様子で透子を見つめていた。
 やがて何かを思い出したように小さく息を吐く。

「でも、気づいたら変なものに触っていそうで不安だなあ」
「触りません」
「昨日、庭の祠の封じ石を見てたでしょ」
「見ていただけです」
「その前の日は北棟の廊下を眺めてたし」
「それも見ていただけです」
「好奇心で死ぬ人間って、だいたいそう言うんだよ」

 あまりにも失礼な言い方に、透子はわずかに眉を寄せた。

「私はそこまで危なっかしくありません」
「そうかな」
「そうです」

 きっぱり言い返すと、宵は面白そうに笑った。

「じゃあ聞くけど、昨日、倉の前で倒れていた小鳥には何をした?」

 透子は言葉に詰まる。その反応だけで十分だったらしい。宵は満足そうに頷いた。

「拾ったよね」
「……弱っていましたので」
「それで?」
「温めて、八重さんに相談しました」
「その小鳥、微量だけど穢れを持ってた」

 透子は思わず目を見開いた。

「そうだったのですか」
「そうだったんだよ。八重さんが慌てて僕に報告してきた」

 知らなかったとはいえ軽率だったのかもしれない。そう思って謝ろうとした瞬間、宵が先回りする。

「謝らない」
「……気をつけます」
「よろしい」

 宵は頷いたあと、頬杖をついて窓の外へ視線を向けた。その横顔にはどこか疲れが滲んで見える。