宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

 その日の午後、透子は自室でひとり庭を眺めていた。

 南雲家の庭は美しいが、どこか人を拒んでいる。
 松の枝は隙なく整えられ、池は風さえ忘れたように静かだ。白砂へ落ちる影までも計算され尽くしているようで、その景色には不思議な息苦しさがある。
 まるで、この家そのものだった。

「――奥方様。お茶をお持ちしました」
「ありがとうございます」

 静かに現れた八重が、茶と菓子を置きながら迷うように透子を見る。

「あの、先ほどはご迷惑をおかけしました」
「いいえ」

 八重は首を横に振る。

「旦那様があのようにお怒りになるのは、珍しいことではございません」
「……そうなのですか」
「ですが、奥方様にお怪我がなかったことを確認なさった時、安心しておられたように見えました」

 透子は驚いて顔を上げた。

「旦那様が、ですか? 私には、怒っていたように見えましたが」
「怒っておられましたよ。とても」

 安心していて、怒っていた。どちらも本当なのだろう。

「旦那様は、言葉を選ぶのがお上手ではありません」
「かなりお上手だと思います。人を怒らせる方向には」

 言ってから、透子ははっとした。
 八重が目を丸くし、それからふふっと笑う。

「奥方様は、旦那様とどことなく似ていらっしゃいますね」
「え……?」
「いいえ、失礼いたしました」

 それは褒め言葉なのだろうか。少なくとも透子には、すぐに喜べる言葉ではなかった。
 八重は穏やかに続ける。

「ですが、旦那様が奥方様とお話しになる時、少し楽しそうに見えます」
「楽しそうに?」
「はい。とても珍しいことです」

 透子は茶碗を見つめた。
 宵が楽しそう。
 確かに彼は、透子が言い返すたびに笑う。面白がる。けれどそれは、透子を馬鹿にしているだけかもしれない。

 そう思うのに、心の内側が少しだけ温まる。
 嫌な人なのに。綺麗で、怖くて、意地悪で。優しくしないでと言う人なのに。
 どうしてこんなに、気になってしまうのだろう。