宵の花嫁ー帝都婚姻録ー

 夕暮れ、二人は南雲家の庭を歩いた。
 空は薄紫に染まっている、昼でも夜でもない時間。
 透子が最初に、宵のようだと思った色。

「宵様」
「何?」
「私は、あなたを見つけられてよかったです」

 宵の表情が少し動く。

「僕は、見つかった側なんだ」
「はい」
「嫌だなあ」
「嫌ですか」

 宵は透子へ手を伸ばす。今度は迷わず、彼の方から。

「でも、もう逃げられないみたいだから」

 透子はその手を取った。

「逃がしません」
「怖い花嫁さんだ」
「宵様ほどではありません」
「うん」

 宵は透子の手を握り、夕暮れの庭を歩き出す。

「それでいい」

 もう、好きになったら離婚だとは言わなかった。代わりに宵は、透子の名を呼んだ。

「透子」
「はい」
「帰ろう」

 その声は静かで、やさしかった。

 透子は頷く。
 南雲家の屋敷は、まだ少し寒く、古く、痛みを抱えている。
 けれどそこには、透子の居場所がある。
 宵がいる。名前を呼んでくれる声がある。
 誰にも必要とされなかった透子を見つけてくれたのは、誰のことも愛さず、愛されたくない人だった。

 そしてその人は今、透子の手を離さずにいる。
 それだけで、透子はもう十分だった。