ファインダー越しの君と

「今日はいろいろ話せてよかった!また写真取りに来てね」

 これは……夢か?俺は家に着いてすぐ、スマホを開き、メッセージに感動していた。ああ、どうしよう…。なんで返信したらいいか…。嬉しい!とか言ったらキモいか?返信遅くした方がいい?いつもは何でも即決できるのだが、今日はなんかできない。
「あんた、帰ってきたならなんか言ってよねー!なんかあったか心配になるじゃないの」
「なんもねーよ!ただいま!」
 慌てて自分の部屋に駆け込んだ。思わずベッドに飛び込んだ。
 スマホが振動した。
 
「蓮水くん、下の名前"玲"って言うんだね」

 そのメッセージを見て胸が締め付けられる感覚がした。思わず脚をバタバタさせた。もう、この気持ちは止められない。
 天井を見上げる。俺、ほんとカッコ悪……。俺はいつも遠くから彼を待ってるだけ。写真もそう……いい瞬間撮れないかなって、ずっと木陰で眺めてるだけ。今日だってそうだ。話しかけてもらったから、連絡先も交換できた。こんなにも想いは膨らんでもう爆発しそうなのに、まだ俺は待つことしかできないのか?
 再びスマホが振動した。

「良い名前」

 顔が熱くなるのが分かった。メッセージを開けずに、クッションに顔を押し当てる。心臓がうるさかった。



 今日もまた俺はグラウンドに来てしまった。昨日の雨でベンチは濡れていて、座れない。いやいや、なにいつもと同じことしようとしてんだ、俺。
「玲!」
 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。どんどん大きくなってくる。
 俺がそっちにいく前に先に声をかけてきたのは朝比奈だった。初めて下の名前で呼ばれたことを意識している。しかも無邪気な笑顔……ずるいって。ああ、俺はまた待ってしまった。
「来てくれたんだ!」
「あ、うん……」
 やばい、顔がめっちゃ熱い気がする。それを隠すように口を開いた。
「あのさ」
「ん?」
「写真……撮っていいか?」
「待ってた」
 朝比奈はそれだけ言って、一瞬笑顔をこちらに向け、チームメイトの元に走っていった。
 水抜きをして泥だらけになったその手を水道で洗い流す。それだけなのに、綺麗に見えた。俺はカメラを持ち、フォーカスを合わせた。

 練習が終わり、夕焼けが広がっている。時計を見ると6時になっていた。
「玲、このあと時間ある?」
「あ、あるよ」
「この後ちょっと筋トレするから付き合ってよ」
「おう」
 平然を装いつつ、気が気じゃなかった。
「こっち来て!」
 俺はプレハブ小屋に連れて行かれた。ベンチプレスやダンベルが並べられている。ちょっとしたジムみたいだ。
「こんなとこ、あったんだ」
「そっか、文化部は来ないよね。こんな場所」
 あちらこちらの鯖がいい味を出している。普通ならただのオンボロ倉庫を無理やり運動部のジムにしたとしか見えないだろう。
 俺はカメラを取り出した。

ーーカチャ。

 間違いなく、鍵を閉めた音だった。
「玲」
 振り向くと朝比奈は俺の持っているカメラを軽くどかして、俺の頭に手を当てた。気づいたときには彼に抱きしめられていた。鍛え上げられた身体はいかついが、その手つきはものすごく優しかった。
「え、なんで……」
「好きな人と2人きりになれるって思って……我慢できなくなっちゃった」
 心臓が飛び出そう。
「今好きな人って……」
「ごめん」
「謝るなよ」
 朝比奈は少し身体を離した。
「いや、ほんとごめん。男になんか告白されたくないよな…ってか、それより理性保てないとかキモいよね……」
「そうじゃなくて……俺も」
 俺はうつむく朝比奈の顔に手を当てて、こちらを向かせた。
「俺も、同じ気持ちだから」
 朝比奈は目を丸くして俺を見ている。俺は手を離して、思わず口を開く。
「いや、逆に俺がビビったわ。俺、朝比奈を初めて撮った日から、好きだって思ってて……でも、そんな付き合いたいとか、そんなことできるわけないって思ってたし、俺が一方的に思ってて終わりなのかと思ってたくらいだったし……」
「玲って、そんな喋る人だったんだ」
 朝比奈は少し微笑んでいた。
「笑うなよ」
「鈍感だね、ほんと」
 いつもの眩しい笑顔が意地悪そうな顔に見えた。話しながら追い詰めるように歩いてくる。俺は後ろに下がることしかできない。
「初めて会った日から、可愛いなって思って、そこから毎日、教室の前に行っては喋れるタイミング探ってたんだから」
「え、そうだったんだ」
「そしたら、雨降ってバスで帰るっていうからカッパ持ってたけど、思わずバスで帰ろうって話しかけちゃった」
「そんな……」
「まだわからない?僕がどんなに玲のこと好きか」
「わっかないよ……そんなの。気付かなかったし……」
「じゃあ、もっとわかりやすく、口説いていい?」
「うわ」
 何かが引っかかり、後ろに倒れた。気付いたときにはベンチプレスの上に寝そべっていた。覆いかぶさるように、朝比奈が俺を見ている。
「あの時の玲、カッコよかった」
「いつの俺だよ」
「俺の悪口を言ってた、女子たちを追い払ってくれた日。いつも、あいつらの話、全部聞こえてた。でも、聞こえないふりしてた」
 朝比奈は俺の頬に手を当てた。
「あの日、俺の心のもやもやを一気に晴らしてくれた玲が本当にカッコよくて……自分の気持ちが確信に変わったんだ」
 頬に当たる指が時々擦れる。気持ちが流れ込んでくるようだった。
「玲のこと……好きになっていいかな」
「良いに決まってんだろ」
 俺は朝比奈の後頭部に手を回し、抱き寄せた。そのまま、無意識に唇を重ねた。
「もう1回……していい?」
「そういうの、聞くなよ」
「ごめんって」
 朝比奈が俺の口を塞ぐ。勝手に力が抜ける感じ、こんなの初めてだ。彼の体温が伝わってくるようだった。俺はそのまま彼を抱きしめて離せなかった。


 俺と朝比奈が付き合ってから、数週間。俺はいつも通り、朝比奈と一緒に通学している。
「玲、どうした?なんか静かだけど」
「今日はコンテストの結果発表なんだよ……」
「そういうことか」
「ああどうしよう……俺だけまた賞取れなかったら」
「大丈夫だって!僕は玲の写真、好きだよ」
「ちょまっ……あんまでかい声で言うなよ」
 朝比奈がくすくすと笑っている。
「シャイだなー」
「馬鹿にすんなよ」
「はいはい」
 朝比奈は俺の頭を軽く撫でた。そうこうしているうちに学校に着いた。
「結果、わかったら連絡してね」
「……わかったよ」
 彼の笑顔は相変わらず眩しかった。

「今回のコンテストの結果が届きました」
 先生が結果の書かれた紙を広げている。前の絶望感が蘇る。鼓動が早くなるのを感じた。ここまで来たらもう願うしかなかった。ふと、朝比奈の顔が浮かぶ。
「蓮水君!銅賞おめでとう!」
「え……嘘」
 俺は思わず涙した。
「玲!!よかったなぁ!」
 安達も一緒になって泣いて喜んだ。こんなにも、自然と涙が出たのは初めてだった。



 我が校の写真部としては成績が悪いかもしれない。でも、俺には金賞以上の価値を感じた。だって、初めて撮りたいものをコンテストに出して、初めての賞をもらったんだから。
 ありがとう。陽翔。

銅賞
『太陽』
蓮水玲