今日も俺はあのベンチに座っている。木陰に被っているベンチ。かれこれ、あの写真を撮った日から毎日来ている気がする。
彼は俺によく手を振ってくれる。いつ見ても、俺へのファンサは眩しい。
今日も朝比奈が俺を見つけ、手を振ってくれた。俺も小さく手を振り返す。やっぱり笑顔が輝いて見える。
「玲、お前朝比奈となんかあったか?」
安達がいつの間にか俺の隣にいた。
「いや、なんもないけど……なんで?」
「俺、朝比奈と去年同じクラスだったの、言ってなかったっけ?あいつ、クールイケメンで有名だからさ、あんな笑顔で手振ることなんてあるんだーって思ってさ。イケメンだけど基本は塩。でも、その冷酷さ女子には沼なんだよ」
「へーそうなんだ」
「せっかくだから、俺はテニス部の女の子でも撮ってこようかなー」
安達はスキップしながらテニスコートの方へ去っていった。
「ねえ、朝比奈くんって何でソフト部なんだろうね」
「女好きなんじゃない?あんだけ女子に囲まれて」
「えー、なんか気持ち悪い」
「野球部の方が絶対モテたよね」
上を見上げると、廊下の窓から外を覗く女子達が話している。前の女とはまた別の集団だ。よくドラマとかで見る"いじめっ子"の雰囲気があった。
「ソフト部の女子ってそんな可愛い子いないでしょ。朝比奈君はもっと可愛い子と付き合って欲しい」
「他校に彼女いたりして」
「いたら泣いちゃうなー」
若干、動揺している自分がいる。あんなやつらに朝比奈を取られてたまるか!って、俺は何にムキになってるんだよ。ファインダーを覗こうとしたけど、できなかった。俺は思わず立ち上がる。
「おい!お前ら、朝比奈のこと悪く言うんじゃねえ!」
「は?あんた誰?」
「今言ってたこと、朝比奈にそのまま言えんのか?」
「陰キャには関係ないだろ」
「お前らの声、こっちまで聞こえてんだよ!お前らみたいな性格ブスな奴に惹かれる男なんかいねーよ!陰キャで悪かったな!」
女子たちは舌打ちして立ち去って行った。
周りを見ると、グラウンドからいくつもの視線が俺に向けられているのが分かった。その視線の中に、朝比奈もいるのが分かった。一瞬目が合う。その場に立っていられなくなり、俺もその場を立ち去った。
俺が久しぶりに大声をだしたあの日から、グラウンドを見下ろす女子たちはいなくなった気がする。いわゆる一軍女子たちの朝比奈ファンは目立たなくなった気がする。
「6時限目古典かよ……眠いじゃん」
安達は後ろを向いて俺の筆箱を枕にして寝ている。
「前向けよ、先生来るぞ」
「冷たいなー、玲は」
ふと廊下を見ると朝比奈が走っていくのが見えた。
「今の朝比奈くんじゃない?」
「なんか最近、この辺の廊下でよく見かけるようになったよね」
「気になる子でもいるんじゃないの?」
「やっぱり、めっちゃカッコいい……」
廊下側の女子たちがざわついた。一軍女子が身を引いた分、その他にも朝比奈推しの女子が大量にいることに気づかされた。なぜか唐突に俺は不安になった。そのせいで、古典の授業はほとんど頭に入ってこなかった。
授業が終わると、急に雨が降ってきた。雨の匂いが教室中を漂う。
「今日はこれから雨が強まるので、全部活停止です。真っ直ぐ家に帰ってください」
ホームルームが終わると、全校生徒が一斉にチャリを走らせて帰っていった。
「玲ー。帰ろうぜ」
「うわ、ごめん、安達。カッパ忘れちゃったから、俺バスで帰るわ」
「お前やってんな……気をつけてな」
「ごめん、じゃあな」
昇降口で安達を見送る。周りを見ると、俺と同じくカッパを忘れた勢はいるようだった。
外はすっかり大雨。これじゃあバス停にも辿り着けない。バッグの中を漁る。くそ、なんでこんな時に限って折り畳み傘も持ってないんだよ。
「蓮水くん」
名前を呼ばれて振り向くと、目の前に朝比奈がいた。
「ど、ど、どうした?」
「いや、僕もカッパ忘れちゃって……バスで帰ろうと思ったから、一緒にどうかなって思って」
やばい、手が震えている。だって、あの朝比奈が俺と一緒に帰ろうって言ってくれたってのも奇跡だし、いやそれより、こんな長く話せるチャンスないし!さっきまでの自己嫌悪は消え去った。
「え、いいの?こんな俺なんかが……」
「僕が一緒に帰りたいんだ。傘、入っていいよ」
「え」
朝比奈は傘を開いて、俺を待っている。これって……相合い傘じゃないか!顔が熱い気がした。
「ほら、早く行くよ!」
「うわ!」
うだうだしてたら肩を寄せられた。力が強すぎて、抵抗する間もなかった。なんだこの距離感は……。いつもソフト部で女子と一緒にいるから距離感バグっちゃったのか?完全に女子高生同士がイチャイチャしているあの距離感なんだが。
そしてそのまま、彼の隣を歩いている。常に方が触れる距離だし、なぜか車道側を歩いてくれている気がした。いや、俺が意識し過ぎなのか?どうしよう……緊張しすぎて、喋れない。
「蓮水くんは、いつも何の写真を撮ってるの?」
沈黙が続いていただけに、ビビってしまった。あなたの写真です……なんて言えるわけない。
「風景とか?建物とかが多いかな……」
「僕のこと撮ってくれてるかなって思ってたんだけど」
「え……」
これはどう捉えたらいいのだろうか。心臓がうるさい。隣で聞こえてないか心配だった。雨の後にかき消されていることを願いたい。
「あ、ごめん。撮りたいもの撮ればいいよね……余計な口出しした」
「い、いや!俺……」
信号で立ち止まる。朝比奈と目が合った。
「朝比奈のこと、撮りたいよ」
朝比奈は微笑んでいた。
「嬉しい」
顔を上げる朝比奈は真っ直ぐ俺を見ていた。思わず視線を逸らす。
「そんな嬉しいのか?こんな陰キャの俺なんかに写真撮りたいなんて言われたら気持ち悪くない?朝比奈は女子に人気あるんだろうし……」
「そんなことないよ。みんな僕を自分の理想像に落とし込もうとしてるだけ」
「それって、どういう……」
信号が青になって歩き出した。
「僕さ、小さい時からソフトボールやってきたから、野球じゃなくて、ソフトを続けたかったんだ。スピード感が違うっていうか、規模が小さいからこその難しさを感じるっていうか。だから、僕はソフトがやりたいのに、男子はみんな野球に転向していって、結局、一人になった」
どこか悲しそうな目をしている。でも、その奥にはしっかりとした芯がある。俺の目にはそう見えた。
雨が少し強まってきた気がする。朝比奈の肩が濡れてきているように見えた。構わず話し続ける。
「スポーツに男とか女とか関係ないだろ?僕はソフトボールをやりたかったから、ソフト部に入った。そこには女子しかいなかったけど、それでも構わなかったんだ。でも、うちの学校だって、ソフトボールは女の子のスポーツっていう認識だし、それが普通だっていうのもわかってる。でも……馬鹿にしてくる人もやっぱりいるんだよな」
俺の目には、朝比奈が少し涙ぐんでいるように見えた。
「僕、メンタルそんなに強くないからさ、その言葉に傷つかないわけじゃないんだよね」
「……つえーよ」
「え?」
「朝比奈は本当に強い。やりたいことに真っ直ぐで、誰に何言われようが曲げずにここまで来たってことだろ?十分、強いし……かっこいい」
俺は朝比奈のようにブレない芯みたいなのは持ったことがない。周りの様子伺って焦るし、それで落ち込んで……。木陰のベンチに座ってる俺は、自分から逃げてるばっかりな気がして、なんだか惨めに思った。
「蓮水くんって、よく人のこと見てるんだね。なんか、元気出たよ」
朝比奈は笑顔でこっちを見ている。彼の後ろから日が差した。まるで太陽のように輝いている。
「そんなこと言われるの……初めてだわ」
「僕も初めてだよ」
雨が止んだ。バス停につき、傘を閉じると虹が出ている。
「今度、また写真撮りにきてよ」
「ああ」
俺はカメラを撮り出した。
「虹、撮るの?」
「さあね、どうかな」
俺はファインダーにその後ろ姿を収めて、シャッターを押した。
「あのさ、蓮水くん。連絡先、交換しない?」
「え……そんな」
「嫌なの?」
「そ、そんなことない!むしろ、嬉しい」
「よかった」
笑顔でスマホを差し出してきた。やっぱりその笑顔は眩しかった。
彼は俺によく手を振ってくれる。いつ見ても、俺へのファンサは眩しい。
今日も朝比奈が俺を見つけ、手を振ってくれた。俺も小さく手を振り返す。やっぱり笑顔が輝いて見える。
「玲、お前朝比奈となんかあったか?」
安達がいつの間にか俺の隣にいた。
「いや、なんもないけど……なんで?」
「俺、朝比奈と去年同じクラスだったの、言ってなかったっけ?あいつ、クールイケメンで有名だからさ、あんな笑顔で手振ることなんてあるんだーって思ってさ。イケメンだけど基本は塩。でも、その冷酷さ女子には沼なんだよ」
「へーそうなんだ」
「せっかくだから、俺はテニス部の女の子でも撮ってこようかなー」
安達はスキップしながらテニスコートの方へ去っていった。
「ねえ、朝比奈くんって何でソフト部なんだろうね」
「女好きなんじゃない?あんだけ女子に囲まれて」
「えー、なんか気持ち悪い」
「野球部の方が絶対モテたよね」
上を見上げると、廊下の窓から外を覗く女子達が話している。前の女とはまた別の集団だ。よくドラマとかで見る"いじめっ子"の雰囲気があった。
「ソフト部の女子ってそんな可愛い子いないでしょ。朝比奈君はもっと可愛い子と付き合って欲しい」
「他校に彼女いたりして」
「いたら泣いちゃうなー」
若干、動揺している自分がいる。あんなやつらに朝比奈を取られてたまるか!って、俺は何にムキになってるんだよ。ファインダーを覗こうとしたけど、できなかった。俺は思わず立ち上がる。
「おい!お前ら、朝比奈のこと悪く言うんじゃねえ!」
「は?あんた誰?」
「今言ってたこと、朝比奈にそのまま言えんのか?」
「陰キャには関係ないだろ」
「お前らの声、こっちまで聞こえてんだよ!お前らみたいな性格ブスな奴に惹かれる男なんかいねーよ!陰キャで悪かったな!」
女子たちは舌打ちして立ち去って行った。
周りを見ると、グラウンドからいくつもの視線が俺に向けられているのが分かった。その視線の中に、朝比奈もいるのが分かった。一瞬目が合う。その場に立っていられなくなり、俺もその場を立ち去った。
俺が久しぶりに大声をだしたあの日から、グラウンドを見下ろす女子たちはいなくなった気がする。いわゆる一軍女子たちの朝比奈ファンは目立たなくなった気がする。
「6時限目古典かよ……眠いじゃん」
安達は後ろを向いて俺の筆箱を枕にして寝ている。
「前向けよ、先生来るぞ」
「冷たいなー、玲は」
ふと廊下を見ると朝比奈が走っていくのが見えた。
「今の朝比奈くんじゃない?」
「なんか最近、この辺の廊下でよく見かけるようになったよね」
「気になる子でもいるんじゃないの?」
「やっぱり、めっちゃカッコいい……」
廊下側の女子たちがざわついた。一軍女子が身を引いた分、その他にも朝比奈推しの女子が大量にいることに気づかされた。なぜか唐突に俺は不安になった。そのせいで、古典の授業はほとんど頭に入ってこなかった。
授業が終わると、急に雨が降ってきた。雨の匂いが教室中を漂う。
「今日はこれから雨が強まるので、全部活停止です。真っ直ぐ家に帰ってください」
ホームルームが終わると、全校生徒が一斉にチャリを走らせて帰っていった。
「玲ー。帰ろうぜ」
「うわ、ごめん、安達。カッパ忘れちゃったから、俺バスで帰るわ」
「お前やってんな……気をつけてな」
「ごめん、じゃあな」
昇降口で安達を見送る。周りを見ると、俺と同じくカッパを忘れた勢はいるようだった。
外はすっかり大雨。これじゃあバス停にも辿り着けない。バッグの中を漁る。くそ、なんでこんな時に限って折り畳み傘も持ってないんだよ。
「蓮水くん」
名前を呼ばれて振り向くと、目の前に朝比奈がいた。
「ど、ど、どうした?」
「いや、僕もカッパ忘れちゃって……バスで帰ろうと思ったから、一緒にどうかなって思って」
やばい、手が震えている。だって、あの朝比奈が俺と一緒に帰ろうって言ってくれたってのも奇跡だし、いやそれより、こんな長く話せるチャンスないし!さっきまでの自己嫌悪は消え去った。
「え、いいの?こんな俺なんかが……」
「僕が一緒に帰りたいんだ。傘、入っていいよ」
「え」
朝比奈は傘を開いて、俺を待っている。これって……相合い傘じゃないか!顔が熱い気がした。
「ほら、早く行くよ!」
「うわ!」
うだうだしてたら肩を寄せられた。力が強すぎて、抵抗する間もなかった。なんだこの距離感は……。いつもソフト部で女子と一緒にいるから距離感バグっちゃったのか?完全に女子高生同士がイチャイチャしているあの距離感なんだが。
そしてそのまま、彼の隣を歩いている。常に方が触れる距離だし、なぜか車道側を歩いてくれている気がした。いや、俺が意識し過ぎなのか?どうしよう……緊張しすぎて、喋れない。
「蓮水くんは、いつも何の写真を撮ってるの?」
沈黙が続いていただけに、ビビってしまった。あなたの写真です……なんて言えるわけない。
「風景とか?建物とかが多いかな……」
「僕のこと撮ってくれてるかなって思ってたんだけど」
「え……」
これはどう捉えたらいいのだろうか。心臓がうるさい。隣で聞こえてないか心配だった。雨の後にかき消されていることを願いたい。
「あ、ごめん。撮りたいもの撮ればいいよね……余計な口出しした」
「い、いや!俺……」
信号で立ち止まる。朝比奈と目が合った。
「朝比奈のこと、撮りたいよ」
朝比奈は微笑んでいた。
「嬉しい」
顔を上げる朝比奈は真っ直ぐ俺を見ていた。思わず視線を逸らす。
「そんな嬉しいのか?こんな陰キャの俺なんかに写真撮りたいなんて言われたら気持ち悪くない?朝比奈は女子に人気あるんだろうし……」
「そんなことないよ。みんな僕を自分の理想像に落とし込もうとしてるだけ」
「それって、どういう……」
信号が青になって歩き出した。
「僕さ、小さい時からソフトボールやってきたから、野球じゃなくて、ソフトを続けたかったんだ。スピード感が違うっていうか、規模が小さいからこその難しさを感じるっていうか。だから、僕はソフトがやりたいのに、男子はみんな野球に転向していって、結局、一人になった」
どこか悲しそうな目をしている。でも、その奥にはしっかりとした芯がある。俺の目にはそう見えた。
雨が少し強まってきた気がする。朝比奈の肩が濡れてきているように見えた。構わず話し続ける。
「スポーツに男とか女とか関係ないだろ?僕はソフトボールをやりたかったから、ソフト部に入った。そこには女子しかいなかったけど、それでも構わなかったんだ。でも、うちの学校だって、ソフトボールは女の子のスポーツっていう認識だし、それが普通だっていうのもわかってる。でも……馬鹿にしてくる人もやっぱりいるんだよな」
俺の目には、朝比奈が少し涙ぐんでいるように見えた。
「僕、メンタルそんなに強くないからさ、その言葉に傷つかないわけじゃないんだよね」
「……つえーよ」
「え?」
「朝比奈は本当に強い。やりたいことに真っ直ぐで、誰に何言われようが曲げずにここまで来たってことだろ?十分、強いし……かっこいい」
俺は朝比奈のようにブレない芯みたいなのは持ったことがない。周りの様子伺って焦るし、それで落ち込んで……。木陰のベンチに座ってる俺は、自分から逃げてるばっかりな気がして、なんだか惨めに思った。
「蓮水くんって、よく人のこと見てるんだね。なんか、元気出たよ」
朝比奈は笑顔でこっちを見ている。彼の後ろから日が差した。まるで太陽のように輝いている。
「そんなこと言われるの……初めてだわ」
「僕も初めてだよ」
雨が止んだ。バス停につき、傘を閉じると虹が出ている。
「今度、また写真撮りにきてよ」
「ああ」
俺はカメラを撮り出した。
「虹、撮るの?」
「さあね、どうかな」
俺はファインダーにその後ろ姿を収めて、シャッターを押した。
「あのさ、蓮水くん。連絡先、交換しない?」
「え……そんな」
「嫌なの?」
「そ、そんなことない!むしろ、嬉しい」
「よかった」
笑顔でスマホを差し出してきた。やっぱりその笑顔は眩しかった。

