ファインダー越しの君と

(れい)……玲!!」
「え、あ、ごめん」
 とある日の放課後。部室でカメラを片手に意識がどっかに飛んで行っていた俺を安達が現実に引き戻した。
「最近どうしたんだよ。賞取れなかったのがそんなに悔しいのか?」
「お前にはわからないだろ」
 俺はあの日から彼のことが頭から離れなかった。ボールが頭に当たっておかしくなっちまったのか?そんなわけない。
 もう一度、あの写真を見た。やっぱり現実だ。写真を撮った瞬間はめちゃくちゃ良いと思っても後日見返したら良くないなんてことはよくある。でも、この写真は……いや、こいつのことだけは、何度見返してもよく撮れていると思う。
「玲って、ポートレート撮るんだっけ?」
 安達が俺の肩から顔を出して、カメラのプレビュー画面を覗き込んでいる。
「いや?そんなこと……ないけど」
「隠さなくったって良いだろ?さっきの写真、めちゃくちゃよく撮れてたじゃないか」
 こんなにも見せたくないと思ったのは初めてだ。
「玲、なんか顔赤くね?熱でもあんのか?」
「んなわけ!ちょっとトイレ」
 俺は部室から飛び出した。ああ…もう何やってんだよ。廊下をスタスタ歩いた。
 確かに俺はいつもポートレートを撮っていなかった。コンテストに出す写真はいつも風景。動かないものの方が俺の好きなものを表現できる気がしたから。そう思って、ずっと撮ってきた風景の写真も、見返してみれば、どれも華がなく、いつも何かが足りないと思っていた気がする。

「ねえ、朝比奈(あさひな)くんってまじカッコよくない?」
「ヤバいよね!運動神経抜群だし、頭もいいし…何よりイケメンだし!!」
「なんでソフト部なんだろうね?」
「野球部でもいいと思うのに……」
「えー、でも野球部だと坊主になっちゃうから、ソフト部の方がいいかもよ?」
「確かに〜」
 廊下の窓から外を覗く女子達が話しているのが聞こえた。こうやってグラウンドを見下ろして、査定でもしてんのか。

 廊下を一周歩いて、部室に戻ってきた。みんな各々写真を撮りに部室から出ている頃だと思ったが、安達は俺のことを待っていた。
「おい、玲ー、遅いよ」
「ごめん……」
 安達がじっとこっちを見ている。
「ほら、さっきの朝比奈の写真。見せてみろよ」
「……あさひな?」
「ソフト部の朝比奈だよ。お前が撮った写真」
「え?」
 慌てて写真を見返す。こいつが……さっき騒がれてた、あの朝比奈?
「え!!」
 俺は思わず立ち上がってしまった。
「そんな驚くことか?」
「まあ…」
「え、ちょっとあの…まさかだけどさ。お前、誰かもわからずに撮ってたってこと?」
 俺はそっぽを向いて頷いた。
「ある意味すごくね?」
「何でだよ」
「普通、写真って何かを撮りたいって思って撮るじゃん。なのに、誰かもわからない人をそんな綺麗に撮れるかねっていう」
 首の辺りから熱いものが込み上げてくるような感覚がした。
「そんなの……偶々だってあるだろ!」
 俺は走って外に出て行った。
「……玲、どうしたんだ?」


 朝比奈ってそんなに有名なのか?ってか、ソフト部で男子っていたんだ。だから、ファインダー覗いてたら女しかいなかったのか。あの日を思い出し、いくつかの不思議な感覚に納得した。それにしても、あいつイケメンだよな……。俺はあの写真を見る度に胸がざわついていた。あの肉体美に憧れというか、俺もああなりたいっていう尊敬っていうか……よくわからない感情を抱いている。
 あれこれ考え事をしながら、無意識にあのベンチに来てしまった。奇跡の1枚を撮ったこの場所なら、次のコンテストで賞を狙えるかもしれない。俺らしくない、直感ってやつだ。いつもはどんなものを、どんな撮影方法で、とか、どんな画角で、とか…そんな技術的なことばかり考えてきた。でも、それが功を成したことはない。ならば、次のコンテストはあのシャッターを押した時の運命に賭けてみるのも、悪くないのかもしれない。
 俺はこの前と同じ方角にカメラを向けた。朝比奈は……あれ、今日も女子ばっかだ。ってことはまたボールがこっちに……。
「あの……」
 俺はファインダーから目を離した。
「この前、ボール当てちゃった方ですか?」
「……はい」
 鼓動が速くなるのを感じた。だって、あの写真のまんまの人が目の前にいるんだから。間近で見ると、より一層イケメンに見える。筋肉もすごいし、オーバーサイズのTシャツを着ているが、そこからチラ見えする筋肉が、これまたギャップで……って、俺は何を考えているんだよ!
「朝比奈陽翔(はると)です。2年A組。よろしく!」
 手を差し伸べてきたその顔が眩しかった。こんな平凡な陰キャの俺なんかと全然釣り合わないルックスとスタイル。烏滸がましいと思いつつ、その手を握りたい欲求を抑えられなかった。
「よろしく…蓮水玲です…2年E組です」
 想像を遥かに超える分厚い手。強く握られたその手に緊張してるのか、手汗が止まらない
「同い年か!これで僕たち友達だね!」
 ああ…笑顔が眩しいよ。眩しすぎて直視できない。俺は頷くことしかできなかった。
「写真、好きなの?」
 彼は手をそっと離して俺に問いかける。
「まあ……。俺、写真部で」
「そうなんだ!かっこいいね!」
 そんな、そんな、あなたの方が何倍も何十倍もかっこいいです。
「あ、ありがとう」
「また撮りに来てよ。でも、ボールには気をつけてね」
「……はい」
「んじゃ、またね」
 彼は笑顔で走り去っていった。思わずファインダーを覗いた。その後ろにフォーカスを合わせる。
 気づいた時にはもう遅かった。俺は多分、もう……。

ーーパシャ。

 この日、俺は撮りたいものを見つけた。