憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

 八月。夏休み本番!
 暑い!!! 娯楽は屋内に限る。
 ヒーローショーだ。
 布教と称し、暁と大星さんも誘って、航琉くんと俺の四人でヒーローショーを観て、近くのカフェで昼飯を取りつつ休憩中。
 大星さんは絵だけじゃなく舞台演出にも興味があって、ヒーローショーをとても気に入ってくれた。専門用語を交えながら難しそうなことを暁と話し、暁も楽しげに応じていて、その様子を見ていたら俺にも分かるように話の内容を解説してくれた。

「最近どう?」
 スパゲッティをフォークに取りながら、俺は暁に尋ねた。航琉くんとは学校が休みでもよく会ってるし通話は毎日のようにしてるから、最近の出来事はお互いよく知っている。だから暁に会うと、最近どうなのかなと思ってつい聞いちゃう。
 服装はこの前会ったときとそんなに変わらない。暁自身が気に入ったってことなのかな。俺は俺で令和のオシャレも気に入ったけど今日は平成スタイルだ。日によって気分で色々着るから、暁もそうなのかもしれない。
「代わり映えはない。変化のないことに驚いているくらいだ。安定しすぎている……嵐の前の静けさかと思って大荒れを覚悟しているんだが、ずっとそれが来なくてむしろ自ら荒れておいたほうが良いのかと思い始めた。18禁グロホラーの話をしていいか?」
「ダメ。どさくさに紛れて何言ってんの。友達だからって何要求してもいいわけじゃない的なことヤミポンが言ってたじゃんか」
「相当要約されているがその通りだ……」
 暁はしょんぼりした後航琉くんを見た。
「航琉くん……」
「あと二年……ッ! 待っていてください……!!」
「ああ……!!」
 力強いアイコンタクトが交わされている。
 やばい、嫉妬も起きねぇ。話題に混ざりたくねぇ……。プロが怖がらせようとして作ったホラーは怖いんだってば。
 大星さんのほうを見ると、サンドイッチを持ちながら怯えた顔で半笑いになっていた。良かった、仲間がいた。目が合い、俺も同じ表情をして弱々しいアイコンタクトを交わした。
「副人格達からは、副人格達のほうをもう見るなと言われているような気はするんだ」
 暁はアイスティーをストローで混ぜながらそう言った。
「そっか……」
 キョウさんに、暗に関心を持つなと言われたような気がしていたのを思い出した。
「だが僕の精神年齢は実年齢より幼くてね、反抗期だ。見ちゃう」
 茶目っ気のある言葉と表情は別人格の表れというよりも、暁全体の緊張が解けていっているように見えた。だけど、自分と向き合うのは、辛くはないのかな……。
 そう思っていたのがバレたのかもしれない。暁はふっと力を抜くように笑った。
「見ちゃうのは、航琉くんの影響かもしれない」
「僕ですか?」
 航琉くんは、ピザを食べながらきょとんとした顔をしている。
「燈李をよく見ていた。見ることが、愛なのだろう?」
「僕の場合燈李さんを見るときは性欲も含まれています」
 真面目な顔で言い放たれた言葉に、暁は頭を抱えた。
「……台無しだ……」
「航琉くん、多分今暁良い話をしようとしてたんだと思う」
「ああ……続きがあったんだが、どのテンションで話せばいいのか分からなくなってきた……」
 航琉くんは俺の言葉にまたきょとんとした後、暁の話を聞こうと再度真面目な顔になり姿勢を正した。
「……そう、それ。きちんと聞こうとするところもだ。燈李が喜んでいたから、良いものであると認識してしまった」
「そりゃ、まぁ……。……いつから? それ」
「殆ど当初からだな」
「……まじか」
 当初から俺の心臓はそんなんだったのか、ってのと、当初からバレてんのか、ってのと、今航琉くんがこっちを滅茶苦茶見てるのもあって、恥ずかしいやら嬉しいやら。
「矛盾するかもしれないが……」
 過去を眺める独り言のような声だった。
「僕は、愛されるだけでは足りなかったんだと思う。恋愛は欲に変換して受け取ってしまうから、自分に向けることは出来ない。自分のことは好きではなかったしな。だが君が……」
 暁が俺の方を向く。
 目が合うと、少し口角を上げられた。
「いや、いい。君は役作りが得意だろう。僕の考えそうなことくらい分かるはずだ」
 そこまで万能じゃないぞ。
「だから僕が言わなそうなことを言おうかな」
 何、言われるんだ……? つい身構えて、緊張する。
 暁はそんな俺を見て柔らかく微笑んだ後、視線の置き場みたいに自身の手を眺めてから言った。
「友人として、愛しているよ」
 ピアスが、店の蛍光灯にキラリと反射した。
「僕も、恋人として、愛しています! 燈李さん!!」
 航琉くんは俺を真っ直ぐに見ながら言ってきた。
 暁は素直なとき真っ直ぐじゃないし、航琉くんは真っ直ぐだし、俺は俺で二人分をギュッと受け止める気持ちでギュッと目を閉じる。
「俺も!! 愛してる!!!」
 よくある言葉なんだと思う。一語一句違わず、同じことを今もどこかで誰かが誰かに言っているのかもしれない。
 だけど、そう言葉にした俺たちの気持ちは誰とも同じじゃない、俺たちだけのものだ。
 言葉にすると胡散臭いとかは俺にはわかんないけど、言葉に乗せて心が伝わるのは、良いんじゃないかなと思うんだ。
 だから言ってくれたんだろ? 暁。
 とまでは言わないでおいてやるか。今は。そのうち引っ込みがつかなくなった頃に言ってやろ。
 目を開けると航琉くんが大星さんに両手を広げ、ハグ待ちのポーズをしていた。
 首を傾げて見つめていると
「仲間外れにはしたくないので……」
 と、航琉くんは言い、大星さんは困惑しながらもハグされに行っていた。
「いいのか? 燈李。カレピッピが自分以外の別の輩とハグしている」
「んー、まぁ、あのくらいは」
 俺も暁とハグしたし、航琉くんの大星さんへのハグに特別で強い感情があるようには見えないし、俺も大星さんを仲間外れにはしたくない。
 航琉くんの慈愛の表情と大星さんの困惑は見ていてちょっと面白かった。

「安定はしているが……君はさっき僕を心配したんだろう? その通り、自己を見つめると痛手を負うことはある。そうでなくとも具合の悪くなる才能に溢れ過ぎていてね……荒療治の効果と思われるこの安定が、長続きするとは思えない」
 食事の終わり頃、暁は天気の話題みたいに、それも『良い天気だなー』くらいののんびりとした口調で話した。
「精神が落っこちることも、あるだろう。そのときは……」
 今度は真っ直ぐに俺を見る。
 人に意思を伝えるときはこうするのだと、学んだことを活かすように。
「必ず戻ってくるから、待っていてほしい」
「え……そんなの、当たり前……ってか、それじゃ何にもしてなくない……?」
 辛いとき、支えてくれた。だから、今度は支えになりたい。俺に出来ることなら、なんだってするつもりだ。
 暁は、微笑んで小さく首を横に振った。
「きっと、ここに辿り着くことが、僕には一番難しかったんだ」
「……よく、わかんないけど……待ってたら、戻ってきてくれるの?」
「ああ」
 それは、消えないってこと?
 居てくれる? この世界に。
「生きていようと思う……。生きているからな。さてと、そろそろ僕の話はいいだろう。つい話すぎてしまう。もう近況は出てこないぞ。今度はそっちの番だ。最近どうなんだ?」
 暁は少し目を閉じた後、いつもの皮肉っぽい笑顔でこちらを向いた。
「俺も特に代わり映えはないよ。進路はそろそろ焦んないとだけど……」
 呆れたような半目になって頬杖をつかれる。
「おいおい……話したくないのなら結構だが、君達のキッカケにも多少は関わってはいるし仲を取り持ったことも障害になったこともある身だ。大介くんじゃないが、少しは恋バナをしてくれてもいいだろう」
「あ、そっち?」
 話したくないことも隠してることも全くないな。あまりにも航琉くんが一緒にいるのが当たり前過ぎて、わざわざ話題に出すようなことがなかった。
「仲良くやってるよ、見ての通り! デートもよく行くし。この前涼しかったから、外で遊べるなと思ってセミの抜け殻集めに行った!」
「僕のほうが二つ多く見つけました」
「……小学生か? 大星、心配しなくていい。彼らは遊園地に行ったり二人で観覧車に乗ったりしている。年相応のことも出来ているんだ。いつもセミを集めているわけではない、はず……」
「そう、なんだ……?」
「セミじゃなくて抜け殻な。今度大星さんと暁もやる? 学校近くの公園は粗方俺らが網羅しちゃったから、ちょっと遠出になるけどそれで良ければ」
「先月は大介さんと彼女さんも誘いましたが、彼女さんは興味がないそうで三人でやりましたね。ふふ、そのときも僕が勝ちました」
「航琉くん強いんだよなー!」
 暁が頭を抱え始めた。セミの抜け殻はあんまり好きじゃなかったか。大星さんも困った顔をしている。
「……壁ドンは? やったのか」
「やりました。意外と難しかったです」
「ドンがなー。ドンの部分に気合い入れちゃうと音がデカくなっちゃって、トキメキよりも音にびっくりが優先されちゃうんだよ」
「かといって優しくやると壁ドン感がなくて……」
「色々検証したよね。ドン感を諦めるとか、手だけじゃなくて上腕ごと壁にドンしてみるとか」
「上腕ごとだと前屈みになるので、足の筋肉を使うんです」
「それで選手交代で俺がドンする側やってさ。航琉くんにはもうすんごい屈んでもらった。この身長のままやっても良かったんだけどねー、航琉くん的にはドンされる側が低い方が嬉しいみたいで」
「とても、良かったです……燈李さんの壁ドン……!」
「大星気にするな。彼らはおそらくこれが通常通りだ」
「二人の、世界ってやつなのかな……? 奥が深いな……まるで深淵だ……見ているのに見られているような……」
「それは考え過ぎだ……」
 困惑する大星さんに暁が説明をし、大星さんは俺にはよくわからないことを言っている。
 暁は少し頭を押さえた後長い溜息をついて、やれやれという風に首を軽く横に振った。
「壁ドンの検証だけして解散か? 壁ドンからの顎クイからのベロチューくらい……」
「べろっ……!? それっ、は、過激じゃねぇ!? ちゅーくらいなら、まだ、し、も……、……。……チュー?」
「接吻、口付け、キスのことだ。補足すると、全年齢対象の映画にも該当行為は散見される」
 全、年、齢……?
「航琉くん!!!」
 俺は勢い良く航琉くんに顔を向けた。
「キスは18禁ではない!!!!!」
「キスは……18禁では……ない……!!???」
「禁欲のし過ぎでバグっているのか? 大星、大丈夫だ。理解しようとしなくていい。彼らはそういう……なんて言ったらいいのかな……僕が障害物になっていたからこちらにも責任はある……しかしまさかとは思っていたが、半年以上も前だぞ……?」
 責任を感じて促してくれたのはメッチャわかった。でも今それどころじゃない!
「どう、俺、どうしよう今すぐキスしたい、今、どうしよう、人に見られるのは嫌だ、独り占めしたい! 物陰……は人が来るかもしれないし、トイレは嫌! 初チューだぞ、綺麗なところがいい! トイレに用がある人の邪魔にもなりたくない! ……俺んちか? 一番近いの俺の家?」
「燈李、考えが全部口から出てるぞ」
 ソワソワしてきた。航琉くんもソワソワしている。
「暁! 大星さん! 俺ら一旦帰っていい……? キスしてくるから!」
 暁が呆れ顔で笑っている。
「解散でいい。思う存分してこい」
「ありがとうございます!」
 航琉くんが俺の手を握って立ち上がった。
 大星さんも頷いている。
「ありがとう!!!」
 俺もお礼を言って、慌てながら代金を置いていそいそとカフェを出る。
「……ふっ、……あははっ!」
 出る間際、後から暁の明るい笑い声が聞こえた。その顔を見てみたかったけど、振り返っている余裕は全然なかった。
 きっとこれからいつでも見られる機会はあるだろう。
 だって、生きているのだから。