「手に負えないことを考えようとするなよ」
キョウさん個人を見ることはなかったけど、暁の格好はキョウさんに近いままだった。服装はシンプルなものが多いものの、派手な髪の色と多量のピアスはそのまま。
だからキョウさんが消えてしまったのか、そこに居るのか……最後に見たとき、消えるという言葉を使っていたということは、寝て起きたら自分が消えてしまうかもしれないと思いながら生きているのか、とか、俺は暁のほうを先に知って仲良くなったから暁を主体として見ていて、キョウさんを『墨涼暁』という人間の一部分として見ていたし、暁がキョウさんに近くなっていくのは自分自身を取り戻していくようにも見えたけど、キョウさんの側から見たら違うのかもしれない。
などと、考えながら暁のピアスを眺めていたときそう言われてしまった。
七月下旬。夏休みに入り、そろそろ本気で進路を考えねばならず、俺はとりあえず大星さんの通う大学に見学に来ていた。係の人に一通り案内を受けた後、暁にバッタリ会い、学内の食堂に誘って駄弁っていたときのことだ。
暁と大星さんの友人付き合いは続いていて、たまに会っているらしい。曰く、「気は合う」とのこと。暁は約束の時間よりも早めに着いて、暇でぶらついていたところだったそうだ。
「それは俺自身の問題だ。トモリに明け渡すことはしない。全く、キミは本当に分かりやすいな。体の内側にいなくてもこれ程察知出来てしまうとは思わなかったよ」
一瞬の睨みつけるような視線と低め声の後、柔らかな表情になって暁はそう言った。
「……あ? え?」
思わず唐揚げ定食を食べる手が止まる。俺はせっかくだし大盛りを頼んだ。暁は腹が減ってないそうで、食堂の人がサービスでくれた氷の入った水だけだ。
「キョウが消えたんじゃないかと考えていたんだろう。これは今、"どれ"だと思う?」
「???」
困惑していると彼は困ったように微笑んでから、話してくれた。
「あの後も、表には出ていた。一人称や声色は同じにしていたが……」
「えっ!? 全然、わかんなかった……」
「気付いていなかったのか? 最初の頃は君の態度が違っていたから、気付いて触れないでいるのかと」
「完全に無意識だ。相手の機嫌とか体調とかでもこっちの態度は多分変わるし、違ってたんならそれかと思う」
「なるほど……。それで、……そうだな……暁の状態で君と会っているとき、キョウのほうが羨ましがった……んだと思う。会話の途中からキョウが出てきて、暁のフリをして接していた。記憶の共有は出来ているし、同時に起きていられようになったし、感性は異なるが受け応えに問題はないし、暁としても不満はなかったから気が済むまでやらせていた」
少し視線を下にして、氷水のコップを軽くカランと揺らして混ぜてから一呼吸置いて暁は続けた。溶けて小さくなった氷を眺めている。
「以前は交代の際に、引っ込むほうが"眠る"、"閉じる"のような感覚があったんだ。意識を失って、交代側が動き出す。意識があっても、"遠くなる"。そのとき少し時間が掛かる。俺が暁を呼び出した屋上のときがそうだっただろ? 今はシームレスって言うのかな。全員が起きてて、好きにしてる。基本的に表には僕が出てるけど、出る出ないは自由。記憶は全員共有。寝る時間は一緒だ」
「なる、ほど……? ……でも、その、……今、悲しそうに見えるのはどうしてかって、聞いていいのかな」
「……君は、案外鈍感でもないらしいな……」
暁は水を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「シームレスと言ったが……『入れ替わりがシームレスに行われている』と感じていたのは、もう随分と前なんだ。今もそういうときはある。ただ、どちらかといえば『今どれが強く出ているな』と、ふとしたときに感じる程度のほうが多い。キョウが、出ているときもあるが……僕のほうからはキョウを感じ取れなくなった。意識の分断とはまた違う、喪失に、かなり近い」
「……喪失」
視線で促され、俺は定食を食べるのを再開した。
「"居る"ことは分かる。出ているときにそう感じ取ることも出来る。だが意識を内側に向けたとき、存在がとても小さくて、触れられない大きさになった。彼が何を感じ、何を思っているのか、存在が大きい頃は察知出来たんだ。今はもう、分からない」
"彼"という単語は、まるで他者のようで今まで避けていた言葉だと思う。
自身の分裂や分断を治そうと暁は動いて、分断が強化されるようなことを避けて、境目をなくそうとして、溶け合おうとして、だけど失いたくないと縋る言葉のようにも聞こえた。
「僕は、彼にひどいことをしていたんだなと、今になって思う。押し付けて、追いやって、……彼が何を好んで何を思ったのかも、知らないまま」
暁は、自身の耳に触れた。沢山のピアスがついた、派手な頭髪の中の耳。
「だからこれは、弔いなんだ。今からでも彼を幸せにしたいと思うんだが、何が好きなのか知らないから。せめて好みの格好を……、……あー……?」
「ん?」
今度はその手をおでこに当てた。
「……別に好んでやっていたわけではないらしい……別人格として区別をつけようと……? そうかよ、お気遣いどうも!!」
怒って腕組みだ。
「どうやらまだ声は聞こえるようだ。あー、それは嫌だな、却下」
「なんて?」
「……。……キョウは恋愛脳で、身体の接触が好きだ。ここが相容れない。僕は大星に恋愛感情を抱いていない。感性が違うんだ。そもそも恋愛とは何かを考えたほうがいい。恋愛脳じゃないって? はいはい、わかったわかった」
そう言ったあと暁は溜息をついて頭を抱えた。
「……悪い。変なところを見せてしまった。人前でこんなことやるべきじゃない」
「全然全然。暁のこと知られるの俺は嬉しいよ。でも恋愛とは何かってのは、ちょっと難しく考えすぎじゃねぇの」
「キミにだけは言われたくない」
それはそうだろうなぁ……。
俺はといえば、恋愛……つまり航琉くんとの関係は恋愛に悩んでた頃が嘘みたいに全く問題なく超良好。お互いの家に遊びに行ったり、夜に通話をしたり、ラブコメ漫画を借りて読ませてもらったり、放課後どこかに立ち寄ったり、休日に出掛けたりしている。
ただ俺自身のこと……父さんに関する物事は、おそらく専門家を頼る『治療』の対象だとは思うけど、今は治療しない道を選んでいる。
思い出すのはしんどいし、不意に感覚が蘇ると自分がどこにいるのかわからなくなるのは相変わらずだし、それを隠すのは簡単だし、なるだけ思い出しそうな状況を避けて生きていけば先に寿命が来るんじゃねぇかな……。しんどいことに向き合うよりも、楽しいことをしていたい。
それと、例え辛いことであっても、失いたくないと思ってしまっている。この痛みが、父さんとの唯一の繋がりのような気がして、手放す勇気が出てこない。
唯一絶対の『それ以外要らない』と思うような愛があれば辛いものを捨てられるのかもしれないけど、俺には出来ないし、したいとは思わない。
だから前に進もうとする暁は、かっこいいと思う。
「タンスの引き出しのようだと言っていたな」
「ん? ああ、うん」
タンスのように感じたことは、他愛もない雑談で伝えていた。
「言い得て妙だ。確かに今、沢山の引き出しが開いているようにも感じる。これからも、閉じたり開いたりを繰り返すんだろう。そしてその中身が変わることも考えられる」
「中身が変わる……?」
「きっと自然なことなんだ。幼少期の自分と今の自分では同じ話題で盛り上がることは不可能だろう。いつの間にか、変わっていく。君が友人になった存在も、どの引き出しからも消えてなくなるかもしれない」
「え……」
「そのときは……」
空調の風で髪が、ふわりと揺れた。
「僕のことはキミが心の中で弔ってくれれば、それで充分だ」
柔らかな中音域の声。
「ヤミポン……」
暁とヤミポンは地続きだ。ヤミポンだった頃に顔も何度かは見ている。なのに俺は、初めてヤミポンはそんな顔をしていたんだと、知った気がした。
「というかその格好はそれだろ? 今時だ」
そう、今俺は令和のシンプル綺麗めファッション。最近はこのスタイルが多い。
「んんー……これはどちらかと言うと、まだヤミポンと一緒にいる感じ的な……」
「本人がここに居るのに? イマジナリー僕か。うわぁ……」
ドン引きされちまった。
暁は俺の服を見て、呆れながらも懐かしむ顔をした。
「図書館のときと同じ服装だな。……キミの体の住み心地は良かった……健康で、体力があって……」
おや、ヤミポン継続。
「何だ? その顔は」
「いや、一瞬だけヤミポンが現れてすぐ消えちゃって切ねぇ〜〜〜みたいな展開かと思ってたから」
フッ、と鼻から息を吐いて不敵な笑みを浮かべられた。
「そんなに簡単に消えてたまるか」
それは彼の中の全員が、俺達を悲しませないように言ってくれた言葉のようだった。
キョウさん個人を見ることはなかったけど、暁の格好はキョウさんに近いままだった。服装はシンプルなものが多いものの、派手な髪の色と多量のピアスはそのまま。
だからキョウさんが消えてしまったのか、そこに居るのか……最後に見たとき、消えるという言葉を使っていたということは、寝て起きたら自分が消えてしまうかもしれないと思いながら生きているのか、とか、俺は暁のほうを先に知って仲良くなったから暁を主体として見ていて、キョウさんを『墨涼暁』という人間の一部分として見ていたし、暁がキョウさんに近くなっていくのは自分自身を取り戻していくようにも見えたけど、キョウさんの側から見たら違うのかもしれない。
などと、考えながら暁のピアスを眺めていたときそう言われてしまった。
七月下旬。夏休みに入り、そろそろ本気で進路を考えねばならず、俺はとりあえず大星さんの通う大学に見学に来ていた。係の人に一通り案内を受けた後、暁にバッタリ会い、学内の食堂に誘って駄弁っていたときのことだ。
暁と大星さんの友人付き合いは続いていて、たまに会っているらしい。曰く、「気は合う」とのこと。暁は約束の時間よりも早めに着いて、暇でぶらついていたところだったそうだ。
「それは俺自身の問題だ。トモリに明け渡すことはしない。全く、キミは本当に分かりやすいな。体の内側にいなくてもこれ程察知出来てしまうとは思わなかったよ」
一瞬の睨みつけるような視線と低め声の後、柔らかな表情になって暁はそう言った。
「……あ? え?」
思わず唐揚げ定食を食べる手が止まる。俺はせっかくだし大盛りを頼んだ。暁は腹が減ってないそうで、食堂の人がサービスでくれた氷の入った水だけだ。
「キョウが消えたんじゃないかと考えていたんだろう。これは今、"どれ"だと思う?」
「???」
困惑していると彼は困ったように微笑んでから、話してくれた。
「あの後も、表には出ていた。一人称や声色は同じにしていたが……」
「えっ!? 全然、わかんなかった……」
「気付いていなかったのか? 最初の頃は君の態度が違っていたから、気付いて触れないでいるのかと」
「完全に無意識だ。相手の機嫌とか体調とかでもこっちの態度は多分変わるし、違ってたんならそれかと思う」
「なるほど……。それで、……そうだな……暁の状態で君と会っているとき、キョウのほうが羨ましがった……んだと思う。会話の途中からキョウが出てきて、暁のフリをして接していた。記憶の共有は出来ているし、同時に起きていられようになったし、感性は異なるが受け応えに問題はないし、暁としても不満はなかったから気が済むまでやらせていた」
少し視線を下にして、氷水のコップを軽くカランと揺らして混ぜてから一呼吸置いて暁は続けた。溶けて小さくなった氷を眺めている。
「以前は交代の際に、引っ込むほうが"眠る"、"閉じる"のような感覚があったんだ。意識を失って、交代側が動き出す。意識があっても、"遠くなる"。そのとき少し時間が掛かる。俺が暁を呼び出した屋上のときがそうだっただろ? 今はシームレスって言うのかな。全員が起きてて、好きにしてる。基本的に表には僕が出てるけど、出る出ないは自由。記憶は全員共有。寝る時間は一緒だ」
「なる、ほど……? ……でも、その、……今、悲しそうに見えるのはどうしてかって、聞いていいのかな」
「……君は、案外鈍感でもないらしいな……」
暁は水を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「シームレスと言ったが……『入れ替わりがシームレスに行われている』と感じていたのは、もう随分と前なんだ。今もそういうときはある。ただ、どちらかといえば『今どれが強く出ているな』と、ふとしたときに感じる程度のほうが多い。キョウが、出ているときもあるが……僕のほうからはキョウを感じ取れなくなった。意識の分断とはまた違う、喪失に、かなり近い」
「……喪失」
視線で促され、俺は定食を食べるのを再開した。
「"居る"ことは分かる。出ているときにそう感じ取ることも出来る。だが意識を内側に向けたとき、存在がとても小さくて、触れられない大きさになった。彼が何を感じ、何を思っているのか、存在が大きい頃は察知出来たんだ。今はもう、分からない」
"彼"という単語は、まるで他者のようで今まで避けていた言葉だと思う。
自身の分裂や分断を治そうと暁は動いて、分断が強化されるようなことを避けて、境目をなくそうとして、溶け合おうとして、だけど失いたくないと縋る言葉のようにも聞こえた。
「僕は、彼にひどいことをしていたんだなと、今になって思う。押し付けて、追いやって、……彼が何を好んで何を思ったのかも、知らないまま」
暁は、自身の耳に触れた。沢山のピアスがついた、派手な頭髪の中の耳。
「だからこれは、弔いなんだ。今からでも彼を幸せにしたいと思うんだが、何が好きなのか知らないから。せめて好みの格好を……、……あー……?」
「ん?」
今度はその手をおでこに当てた。
「……別に好んでやっていたわけではないらしい……別人格として区別をつけようと……? そうかよ、お気遣いどうも!!」
怒って腕組みだ。
「どうやらまだ声は聞こえるようだ。あー、それは嫌だな、却下」
「なんて?」
「……。……キョウは恋愛脳で、身体の接触が好きだ。ここが相容れない。僕は大星に恋愛感情を抱いていない。感性が違うんだ。そもそも恋愛とは何かを考えたほうがいい。恋愛脳じゃないって? はいはい、わかったわかった」
そう言ったあと暁は溜息をついて頭を抱えた。
「……悪い。変なところを見せてしまった。人前でこんなことやるべきじゃない」
「全然全然。暁のこと知られるの俺は嬉しいよ。でも恋愛とは何かってのは、ちょっと難しく考えすぎじゃねぇの」
「キミにだけは言われたくない」
それはそうだろうなぁ……。
俺はといえば、恋愛……つまり航琉くんとの関係は恋愛に悩んでた頃が嘘みたいに全く問題なく超良好。お互いの家に遊びに行ったり、夜に通話をしたり、ラブコメ漫画を借りて読ませてもらったり、放課後どこかに立ち寄ったり、休日に出掛けたりしている。
ただ俺自身のこと……父さんに関する物事は、おそらく専門家を頼る『治療』の対象だとは思うけど、今は治療しない道を選んでいる。
思い出すのはしんどいし、不意に感覚が蘇ると自分がどこにいるのかわからなくなるのは相変わらずだし、それを隠すのは簡単だし、なるだけ思い出しそうな状況を避けて生きていけば先に寿命が来るんじゃねぇかな……。しんどいことに向き合うよりも、楽しいことをしていたい。
それと、例え辛いことであっても、失いたくないと思ってしまっている。この痛みが、父さんとの唯一の繋がりのような気がして、手放す勇気が出てこない。
唯一絶対の『それ以外要らない』と思うような愛があれば辛いものを捨てられるのかもしれないけど、俺には出来ないし、したいとは思わない。
だから前に進もうとする暁は、かっこいいと思う。
「タンスの引き出しのようだと言っていたな」
「ん? ああ、うん」
タンスのように感じたことは、他愛もない雑談で伝えていた。
「言い得て妙だ。確かに今、沢山の引き出しが開いているようにも感じる。これからも、閉じたり開いたりを繰り返すんだろう。そしてその中身が変わることも考えられる」
「中身が変わる……?」
「きっと自然なことなんだ。幼少期の自分と今の自分では同じ話題で盛り上がることは不可能だろう。いつの間にか、変わっていく。君が友人になった存在も、どの引き出しからも消えてなくなるかもしれない」
「え……」
「そのときは……」
空調の風で髪が、ふわりと揺れた。
「僕のことはキミが心の中で弔ってくれれば、それで充分だ」
柔らかな中音域の声。
「ヤミポン……」
暁とヤミポンは地続きだ。ヤミポンだった頃に顔も何度かは見ている。なのに俺は、初めてヤミポンはそんな顔をしていたんだと、知った気がした。
「というかその格好はそれだろ? 今時だ」
そう、今俺は令和のシンプル綺麗めファッション。最近はこのスタイルが多い。
「んんー……これはどちらかと言うと、まだヤミポンと一緒にいる感じ的な……」
「本人がここに居るのに? イマジナリー僕か。うわぁ……」
ドン引きされちまった。
暁は俺の服を見て、呆れながらも懐かしむ顔をした。
「図書館のときと同じ服装だな。……キミの体の住み心地は良かった……健康で、体力があって……」
おや、ヤミポン継続。
「何だ? その顔は」
「いや、一瞬だけヤミポンが現れてすぐ消えちゃって切ねぇ〜〜〜みたいな展開かと思ってたから」
フッ、と鼻から息を吐いて不敵な笑みを浮かべられた。
「そんなに簡単に消えてたまるか」
それは彼の中の全員が、俺達を悲しませないように言ってくれた言葉のようだった。
