憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!


 実のところ屋上は立ち入り禁止だ。とはいえちょっとした冒険心があれば突破出来てしまう。
 侵入経路は二通りあって、比較的簡単なのは外の非常階段から。非常階段の扉となっている鍵の掛かった網目状の柵をよじ登り、後は階段を上がるだけ。ただし人目のある時間帯は見つかって怒られるのが関の山だ。今は人目が滅茶苦茶ある時間帯だ。非常階段ルートは得策じゃない。
 もう一つの方法は勿論内側から。屋上への出入り口は南京錠で閉ざされているが、ちょっとした技術があれば……よし、開いた。
 曇りのどんよりとした空模様。濃淡のある灰色の雲は煙みたいで、息苦しくなりそうだ。こういう日は屋上気分じゃないんだけどな。
「お昼の友情タイムだったのに、呼び出すなよ。5分休みで足りないなら授業中も小声で話せるだろ。天気は微妙だし、なんで屋上に来なきゃいけないの」
〈友情? 無意味だろ。授業中は授業を受けろ。屋上に来たのは……〉
「友情は無意味じゃない」
 俺は中の人の言葉を遮って言ってやった。
「前にも言ってたよな、お前。友達は要らないって。なんでだよ」
〈なんで? さっきも言った。分かりきったことじゃないか。無意味だからだ〉
「無意味じゃない! 楽しいよ!」
〈楽しさが何になる? ……友情と恋愛を秤にかけたとき、重いのは……選ばれるのは恋愛だ。なら友情なんて無意味だ〉
「なっ」
〈こんな下らない話をしに来たわけじゃない。なぜ……〉
 今度は俺の言葉が遮られた。
〈なぜ、僕はキミに拘束されているんだ〉
「は? なんの話?」
〈キミの周辺を離れることが出来ない。屋上でキミの体に入ったから屋上に来れば元に戻るかと期待したが、少し時間が経ったところで変化は訪れない。不可能なようだ。キミが何かしてるのか?〉
 なんだか難しそうな話だな。さっきの友情についての話は不服だけど俺は頭を整理しないと混乱そうで、無愛想でいる余裕がなくなってきた。
「ええと、つまりお前はどういう状態なの?」
〈僕は屋上に居た。キミに取り憑き、体を使っていた。ここまでは分かるよな?〉
「うん」
〈キミの体から出られなくなった。キミの意識が戻れば或いはと思っていたが、そもそも意識はあったな? 友人との会話内容から察するに、キミは僕が体を動かしていたときのことを覚えている。なぜ体を取り戻そうとしなかった? キミが足掻いていた様子は感じ取れなかった。感じ取れなかっただけで本当は足掻いていたのなら、文句の一つでもあっていいはずだ。なのにキミからはよく分からない話題ばかり〉
「いや文句はあるよ、主にファッションだけど」
〈ファッション? 今のキミよりは……マシだっただろ、僕の服装は。時代に沿った格好は社会性の表れだ。周囲からの評判も良かった〉
 言葉の途中でこちらの格好を眺めたかのような間が開いた。
「ファッションは生き様なんだよ! どっから見えてんの? 今。俺の中に居るんだよな?」
 合成音声に呼吸はないくせに、わざわざ〈……ハァ〉と呆れたような声を出してから、中の人は答える。
〈基本的にそうだ。あの彼からの人工呼吸がショック療法になったのか、体の主導権はキミになった。以降も僕はキミの中に居る。たまに背後霊くらいの距離で外に居ることもある。時間経過と共にもっと離れられるかと思ったが、現状そうじゃない。離れられても三歩程だ〉
「ソーシャルディスタンス……」
〈過去にこういった経験は? 物事は大抵、事例が解決方法に繋がる〉
 俺の合いの手を躱し、とにかく本題を進めたいという話しっぷりだ。中の人が中に居ることに関して俺は別にそこまで困ってないというか、楽しいから一緒に居てもいいと思うんだけど、中の人としてはそうではないのだろう。でも流石に幽霊に取り憑かれる経験は俺もしてきていない。
「ないよ」
〈自分の体が自分のものではない感覚も、外から見ている感覚も?〉
 俺は頷く。前者は先週の中の人の自動操縦がそれだけど、後者は中の人が俺の体を使っていたときですら未経験だ。いわゆる幽体離脱ってやつにはなっていない。
〈なるほど。あまりにも平然としすぎているから経験者かと思ったが違ったか〉
「別に困ってないしなぁ……結構楽しいし、お前も楽しんだらいいのに。さっき言ってた"あの彼"、航琉くんはお前が好きなんだし、応えてあげたら? 俺思ってたんだよ、出会いはドラマチックだったとしてもその後が塩対応じゃなんにも発展しないだろ」
〈……は?〉
 中の人は全く予想外の話題が降りかかってきたかのような反応をした。コイツ、もしや恋に奥手だな? 後押ししてやろう。
「俺は応援したいんだよ。航琉くん健気で良い子だよ? お前のために凄く頑張ってるよ。友達は要らなくても、恋人ってなら前向きに検討してあげたらいいじゃん?」
〈キミは……〉
 ――いたいよぅ
 子供の声。
 ――こわいよぅ
 ずっと、泣いている。
 ……熱い
「……う、ぇ」
〈おい?〉
 急にひどい眩暈がして、俺はその場にしゃがみ込んでしまった。体力を使い果たした運動後と寝不足が一気にきたような感覚だ。だいぶ、気持ちが悪い。
〈どうした、大丈夫か〉
「……ちょっと、寝不足、だなこりゃ。今朝誰かさんに早く起こされちゃったしぃ?」
〈あれはっ、……すまなかった〉
「……真に受けるなよ。冗談だよ。ごめん」
 心配されまいと強がりで煽ってみたけど、真面目なこいつに悪いことしちゃったな……。今朝のは善意で起こしてくれたと、俺だってちゃんとわかってる。
 俺は一旦教室に戻ろうと考えた。言葉で強がってみても、足取りはふらついてしまう。
〈本当に大丈夫か? どこか悪いんじゃないか〉
「早退する。寝れば治る」
 立ち上る煙のような暗い空から目を逸らしながら、俺はさっき中の人が言っていたことを思い出していた。
 ――友情と恋愛を秤にかけたとき、選ばれるのは恋愛だ――
「……そうやって簡単に秤にかけて、他を捨てていくのが恋愛だ」
 俺はこのとき、本当は誰にこの言葉を伝えたかったのか。眩暈がひどくて覚えていない。