絵本はちょっと前本屋に寄ったときになんとなく買ったものだ。
二月上旬頃。その頃によくキョウさんが遊びに来ていた。
「暁と会う予定だったんだろ? 俺だ。残念だったな?」
最初に遊びに来たときの開口一番はそれで、予定の邪魔をしてやる的な魂胆があったようたけど二月上旬の集まりはほぼ期末テスト勉強会だ。
「それほど残念ではないっすけど、キョウさんって勉強わかるんすか?」
「本日は暁さんに勉強を教えてもらう集まりでしたが……遊ぶ予定はないので、キョウさんを退屈させてしまうかと」
「高校を卒業したのはこっちだ。俺に勉強が教えられないとでも?」
暁から『キョウは暴力的な人格』と聞いていたから少し身構えたけど、これといって問題はなく、むしろ面倒見よく勉強を教えてくれた。
後日に聞いた話だと、キョウさんは何度か俺に攻撃をしようとしていたらしい。俺は全く気付いていなかった。特に怒ったり睨んだり表情が暗くなったりすることのないまま『なんとなく今出来そうな距離だから』くらいの、犬を撫でるタイミングと同じ感覚で殴ったり首を絞めたりをしようとする、らしい。
航琉くんは実は気付いていて、俺の肩を寄せたりキョウさんに勉強の質問をしたりして牽制していたそうだ。
暁も明らかに予定していた出来事のド忘れはおかしいと思ったのか記憶を辿り、しっかりと思い出しては都度俺に謝り、航琉くんにお礼を言っていた。実害が出たわけじゃないけど、航琉くんは複雑な顔をしていた。俺に害をなすものは徹底的に嫌いで、でも暁のことは航琉くんにとっても友達だからなのだろう。
キョウさんは決して、航琉くんが居ないときに遊び来ることはなかった。
期末テストはお陰で俺も航琉くんも点数が良くて、航琉くんと一緒にキョウさんに伝えると
「へぇ? お礼でもしてくれるってわけ?」
と言われたため、その場で俺の奢りで遊びに行った。
基本的には暁が表に出ているし連絡も暁とだから、意図的な交代も可能だそうだけど治療を目指している暁に「キョウさんを出して」と言うのは人格の分断の強化を招きそうで、暁と会ってるときにわざわざキョウさんに出てもらって暁と喋れなくなるのも嫌だし、キョウさんとは来てくれたときだけ遊ぶ仲だった。
一度だけ、
「俺が嫌じゃないのか」
と聞かれたことがある。
キョウさんを知ると暁の一面を知られたみたいで嬉しかったからそう伝えると、無愛想に
「……そう」
とだけ言われた。
航琉くんがいつの間にか牽制をしなくなり、ということは暴力を向けてこなくなったってことかなと考えていた頃、キョウさんは棚に飾っていた絵本を顎で示した。
「それ」
「これ? 絵本?」
「あっちに語り聞かせしてたんだって? ガキ臭いな」
「キョウさんにも読み聞かせする?」
「……別に」
フイと棚から目を逸らされる。
航琉くんは『ガキ臭い』を俺への悪口と受け取ったのか、ムッとした顔をした。
暁は「キョウと僕は殆ど同じだ」と言うけど、違う部分もある。
暁と比べると、キョウさんは自分の感情を感じ取りにくいように見えた。不安とか、興味とか、強烈なものは感じ取るみたいだけど、そこまでではないものは掴もうとしないのか、内面の動きが見えにくい。感じ取った瞬間に自分自身に届けるのをやめているようにも思えた。会ってそんなに経ってないからそう見えるのかもしれない。
キョウさんの背中を眺めながら、部屋に居るからか俺はタンスの引き出しを連想した。
同じタンスの、どの引き出しが開いているかが違う。暁に開けられていて、キョウさんには閉ざされている引き出しもあるし、逆もある。
物事の受け取り方は異なっていて、思考の流れや話の運び方は、俺から見るとキョウさんと暁は同じだ。キョウさんと話していても、ふとしたときに『あ、暁だ』と思うし、キョウさんは「似てない」と言っていたけど、別人扱いは俺にはどうしても出来ない。
航琉くんが読んでほしそうに絵本と俺を見てきたので手に取って読むと、キョウさんは一瞬視線を投げてきたけど嫌がられはしなかった。退屈そうにあくびをされ……読み終わる頃にキョウさんは寝た。
寝る直前、ぼんやりとした小さな声でキョウさんは呟いていた。
「消えるのかな、俺」
感情のない声だった。
それが、俺がキョウさん個人を見た最後だった。
少しして、暁から大星さんとの交際関係を解消したと聞いた。
応えることが出来ないから、と暁は言っていた。
二月上旬頃。その頃によくキョウさんが遊びに来ていた。
「暁と会う予定だったんだろ? 俺だ。残念だったな?」
最初に遊びに来たときの開口一番はそれで、予定の邪魔をしてやる的な魂胆があったようたけど二月上旬の集まりはほぼ期末テスト勉強会だ。
「それほど残念ではないっすけど、キョウさんって勉強わかるんすか?」
「本日は暁さんに勉強を教えてもらう集まりでしたが……遊ぶ予定はないので、キョウさんを退屈させてしまうかと」
「高校を卒業したのはこっちだ。俺に勉強が教えられないとでも?」
暁から『キョウは暴力的な人格』と聞いていたから少し身構えたけど、これといって問題はなく、むしろ面倒見よく勉強を教えてくれた。
後日に聞いた話だと、キョウさんは何度か俺に攻撃をしようとしていたらしい。俺は全く気付いていなかった。特に怒ったり睨んだり表情が暗くなったりすることのないまま『なんとなく今出来そうな距離だから』くらいの、犬を撫でるタイミングと同じ感覚で殴ったり首を絞めたりをしようとする、らしい。
航琉くんは実は気付いていて、俺の肩を寄せたりキョウさんに勉強の質問をしたりして牽制していたそうだ。
暁も明らかに予定していた出来事のド忘れはおかしいと思ったのか記憶を辿り、しっかりと思い出しては都度俺に謝り、航琉くんにお礼を言っていた。実害が出たわけじゃないけど、航琉くんは複雑な顔をしていた。俺に害をなすものは徹底的に嫌いで、でも暁のことは航琉くんにとっても友達だからなのだろう。
キョウさんは決して、航琉くんが居ないときに遊び来ることはなかった。
期末テストはお陰で俺も航琉くんも点数が良くて、航琉くんと一緒にキョウさんに伝えると
「へぇ? お礼でもしてくれるってわけ?」
と言われたため、その場で俺の奢りで遊びに行った。
基本的には暁が表に出ているし連絡も暁とだから、意図的な交代も可能だそうだけど治療を目指している暁に「キョウさんを出して」と言うのは人格の分断の強化を招きそうで、暁と会ってるときにわざわざキョウさんに出てもらって暁と喋れなくなるのも嫌だし、キョウさんとは来てくれたときだけ遊ぶ仲だった。
一度だけ、
「俺が嫌じゃないのか」
と聞かれたことがある。
キョウさんを知ると暁の一面を知られたみたいで嬉しかったからそう伝えると、無愛想に
「……そう」
とだけ言われた。
航琉くんがいつの間にか牽制をしなくなり、ということは暴力を向けてこなくなったってことかなと考えていた頃、キョウさんは棚に飾っていた絵本を顎で示した。
「それ」
「これ? 絵本?」
「あっちに語り聞かせしてたんだって? ガキ臭いな」
「キョウさんにも読み聞かせする?」
「……別に」
フイと棚から目を逸らされる。
航琉くんは『ガキ臭い』を俺への悪口と受け取ったのか、ムッとした顔をした。
暁は「キョウと僕は殆ど同じだ」と言うけど、違う部分もある。
暁と比べると、キョウさんは自分の感情を感じ取りにくいように見えた。不安とか、興味とか、強烈なものは感じ取るみたいだけど、そこまでではないものは掴もうとしないのか、内面の動きが見えにくい。感じ取った瞬間に自分自身に届けるのをやめているようにも思えた。会ってそんなに経ってないからそう見えるのかもしれない。
キョウさんの背中を眺めながら、部屋に居るからか俺はタンスの引き出しを連想した。
同じタンスの、どの引き出しが開いているかが違う。暁に開けられていて、キョウさんには閉ざされている引き出しもあるし、逆もある。
物事の受け取り方は異なっていて、思考の流れや話の運び方は、俺から見るとキョウさんと暁は同じだ。キョウさんと話していても、ふとしたときに『あ、暁だ』と思うし、キョウさんは「似てない」と言っていたけど、別人扱いは俺にはどうしても出来ない。
航琉くんが読んでほしそうに絵本と俺を見てきたので手に取って読むと、キョウさんは一瞬視線を投げてきたけど嫌がられはしなかった。退屈そうにあくびをされ……読み終わる頃にキョウさんは寝た。
寝る直前、ぼんやりとした小さな声でキョウさんは呟いていた。
「消えるのかな、俺」
感情のない声だった。
それが、俺がキョウさん個人を見た最後だった。
少しして、暁から大星さんとの交際関係を解消したと聞いた。
応えることが出来ないから、と暁は言っていた。
