春休み。陽気のいい昼間に航琉くんに了承を得て、暁を呼びマロちゃんの散歩を一緒にさせてもらった。暁はマロちゃんを抱っこさせてもらってそのフワフワに
「マズイ、後戻り出来なくなりそうだ……」
となり、
「もう手遅れです」
と航琉くんに言われていた。
おやつ時には航琉くんの家に行き、俺が持ってきたスナック菓子と、航琉くんが用意してくれていたバニラアイスを三人で食べている。
飲み物は途中で暁が買ってくれた。テーブルの上には大きなジュースのボトルやお茶のボトル、そしてそれぞれ好みのものを注いだグラスが三つ。二つじゃなくて、三つだ。暁は幽霊じゃないから、飲み物を飲むし食べ物を食べる!
「好きなアイスのメーカーはありますか? アイス以外でも食べたいものがあれば、次回はそれをご用意します」
マロちゃんに犬用のおやつをあげてから航琉くんは机に戻り、俺達に聞いた。今回は多分、俺が暁はバニラアイスが好きらしいと何気ない会話で言ったことを覚えていて、用意してくれていたのだろう。
「俺は特には。航琉くんが好きなもの食べたいかな。あと新作系のやつ。暁は?」
「僕も特には……。……あ」
「?」
「いや、……言っていいのかな、これ」
「言おうよ」
「言いましょう」
暁が迷いながら目を逸らし、航琉くんはきょとんとした表情でその顔を覗き込んでいる。
航琉くんが人を見つめる様子をはたから見るとこんな感じなのか、横顔も美形だ……などとうっかりうっとりしていると、暁が戸惑いながらも口を開いた。
「その、アイスは美味しかった。ありがとう。どのメーカーであっても好んで食べる。……ただ、今は……」
チラリとこちらに伺うような視線が来た。
「君の、母君の唐揚げが恋しい……かもしれない」
速攻で母さんに連絡をとり、その夜唐揚げパーティーが開催されたのは言うまでもない。
唐揚げは母さんが味付けと指導をしながら、航琉くんが大半の工程を担ってくれた。
食べる俺を見つめて、
「僕の作ったものが燈李さんに吸収されていく……とても、よいです」
などと真顔で言われている。
「いいのか燈李、妙なことを言われている」
「いいのいいの、言ってるだけだから」
「エスカレートするとアレだぞ。自分の与えたもので生きてほしい……からの監禁拘束四肢切断だ」
「なんで!!???」
後ろ部分は光莉や母さんに聞こえないよう小声だったけど俺はバッチリ聞いてしまった。
「妄想したことはあります。燈李さんの生活の全て、僕が与えるもので構成されたら……出来たとしてもしませんよ。お嫌でしょう」
「うん出来たとしてもしないで……。その状況だと多分『航琉くんが好きな燈李さん』を保てないし……頭ん中は自由にしてていいから……。なんで二人してホラーな発想になるんだよ……」
「燈李、ホラー映画は福祉の側面があるんだ」
「ごめん何て?」
「とてもよくわかります」
「航琉くんは話が早い」
曰く、「物語の目的、『主人公が難を脱するか死ぬか』がはっきりしているから見やすい」「ホラーシーンがメインのものは特にそう」「恋愛やヒューマンドラマのような複雑な心理描写は色々考えてしまうため頭が疲れているときには見られないが、ホラーは純然たる『怖い』『怖さから逃れたい』に集中出来る」「グロテスクなものは芸術性が高かったり画面のパフォーマンスの景気が良い」とかなんとか……。全然わからなかったけど、暁と航琉くんは非常に盛り上がっていた。
途中からまた俺に何かを与えたい話に戻り、航琉くんは家庭菜園をすることになったらしい。あんま聞いてなかったから流れは知らない。育てた野菜をくれるそうだ。そのくらいならむしろ嬉しいので、楽しみにしておこう。
話しながらも行儀良く食べる暁を、光莉が首を傾げて見ていた。
「暁さんって、どこかで会ったことあったっけ? なんだか……なんだろ、似てないのにお兄ちゃんとか、家族って感じ」
暁の動きが一瞬止まり、俺はちょっと緊張したけど、その顔は穏やかに微笑んでいた。
「そうだな……言葉を間違えているかもしれないが、実家のような安心感というのはこのことかもしれない」
嘘のない肉声に不意打ちをくらって、ダバッと涙が出た。俺は最近よく泣く。ヒーローが活躍している姿を見るだけでも泣くときがある。
「なっ……!? ほら、ティッシュ」
箱ごと顔に押し付けられ、前は野菜ジュースのストローすらさせなかったことを思い出して更にダバダバと涙が出てきた。
「デザートの林檎があります……!」
「……うう、美味しい……」
航琉くんは俺を宥めようとしてか林檎を口元に運んでくるし、美味いし、泣きながら食べる俺をものっすごい間近で見ていたし、その光景に暁は引いていた。
「あの絵は……」
夜、俺の部屋にて。
食後に「二人とも泊まっていったら?」と母さんが提案し、暁は遠慮しそうになってたけど航琉くんが即答で
「泊まります。ありがとうございます」
と返したためか、胸の前で横に振りかけていた手を下ろして航琉くんの態度を見習うように
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
と頭を下げ、今は寝る支度中。
「絵?」
「ストラップの……いや、美術室の絵だ」
『夜明け』。
ヤミポンが嫌っていた、キョウさんが綺麗だと思った、大星さんの描いた絵。
それは触れれば痛みのあるような、心の凍った場所にあるもののような気がして、続きを促して良いのか迷った。航琉くんが背筋を正して暁を向いて聞く姿勢をとり、暁もそれを見て一度閉じていた口を再び開く。
「描き上がったのを見せられた当時、あの絵に描れた四人は、僕と、僕の両親と、大星だと言われた。不仲な家族がいつか仲直りして、そこに自分も居られたらと思って描いたのだと。無神経だと思った。今でも、どうしても綺麗とは思えない」
ひどく冷たく、静かな声だった。
「だけどキョウは……それを夢見ていたよ。いつか家族で仲良く暮らせる日が来るんじゃないかって。……馬鹿だよな……」
暁は、目元を押さえて静かに泣いていた。
肩に手を置くとか、背中をさするとかが出来ないでいると、航琉くんが絵本を差し出してくれた。ちょっと前に俺が買っていたものだ。
読み聞かせをすると暁は眠たそうにしたので、布団に促したらすぐに眠った。
寝る直前、その表情はとても小さな子供のように見えたけど、起きた後はいつもの暁だった。
「マズイ、後戻り出来なくなりそうだ……」
となり、
「もう手遅れです」
と航琉くんに言われていた。
おやつ時には航琉くんの家に行き、俺が持ってきたスナック菓子と、航琉くんが用意してくれていたバニラアイスを三人で食べている。
飲み物は途中で暁が買ってくれた。テーブルの上には大きなジュースのボトルやお茶のボトル、そしてそれぞれ好みのものを注いだグラスが三つ。二つじゃなくて、三つだ。暁は幽霊じゃないから、飲み物を飲むし食べ物を食べる!
「好きなアイスのメーカーはありますか? アイス以外でも食べたいものがあれば、次回はそれをご用意します」
マロちゃんに犬用のおやつをあげてから航琉くんは机に戻り、俺達に聞いた。今回は多分、俺が暁はバニラアイスが好きらしいと何気ない会話で言ったことを覚えていて、用意してくれていたのだろう。
「俺は特には。航琉くんが好きなもの食べたいかな。あと新作系のやつ。暁は?」
「僕も特には……。……あ」
「?」
「いや、……言っていいのかな、これ」
「言おうよ」
「言いましょう」
暁が迷いながら目を逸らし、航琉くんはきょとんとした表情でその顔を覗き込んでいる。
航琉くんが人を見つめる様子をはたから見るとこんな感じなのか、横顔も美形だ……などとうっかりうっとりしていると、暁が戸惑いながらも口を開いた。
「その、アイスは美味しかった。ありがとう。どのメーカーであっても好んで食べる。……ただ、今は……」
チラリとこちらに伺うような視線が来た。
「君の、母君の唐揚げが恋しい……かもしれない」
速攻で母さんに連絡をとり、その夜唐揚げパーティーが開催されたのは言うまでもない。
唐揚げは母さんが味付けと指導をしながら、航琉くんが大半の工程を担ってくれた。
食べる俺を見つめて、
「僕の作ったものが燈李さんに吸収されていく……とても、よいです」
などと真顔で言われている。
「いいのか燈李、妙なことを言われている」
「いいのいいの、言ってるだけだから」
「エスカレートするとアレだぞ。自分の与えたもので生きてほしい……からの監禁拘束四肢切断だ」
「なんで!!???」
後ろ部分は光莉や母さんに聞こえないよう小声だったけど俺はバッチリ聞いてしまった。
「妄想したことはあります。燈李さんの生活の全て、僕が与えるもので構成されたら……出来たとしてもしませんよ。お嫌でしょう」
「うん出来たとしてもしないで……。その状況だと多分『航琉くんが好きな燈李さん』を保てないし……頭ん中は自由にしてていいから……。なんで二人してホラーな発想になるんだよ……」
「燈李、ホラー映画は福祉の側面があるんだ」
「ごめん何て?」
「とてもよくわかります」
「航琉くんは話が早い」
曰く、「物語の目的、『主人公が難を脱するか死ぬか』がはっきりしているから見やすい」「ホラーシーンがメインのものは特にそう」「恋愛やヒューマンドラマのような複雑な心理描写は色々考えてしまうため頭が疲れているときには見られないが、ホラーは純然たる『怖い』『怖さから逃れたい』に集中出来る」「グロテスクなものは芸術性が高かったり画面のパフォーマンスの景気が良い」とかなんとか……。全然わからなかったけど、暁と航琉くんは非常に盛り上がっていた。
途中からまた俺に何かを与えたい話に戻り、航琉くんは家庭菜園をすることになったらしい。あんま聞いてなかったから流れは知らない。育てた野菜をくれるそうだ。そのくらいならむしろ嬉しいので、楽しみにしておこう。
話しながらも行儀良く食べる暁を、光莉が首を傾げて見ていた。
「暁さんって、どこかで会ったことあったっけ? なんだか……なんだろ、似てないのにお兄ちゃんとか、家族って感じ」
暁の動きが一瞬止まり、俺はちょっと緊張したけど、その顔は穏やかに微笑んでいた。
「そうだな……言葉を間違えているかもしれないが、実家のような安心感というのはこのことかもしれない」
嘘のない肉声に不意打ちをくらって、ダバッと涙が出た。俺は最近よく泣く。ヒーローが活躍している姿を見るだけでも泣くときがある。
「なっ……!? ほら、ティッシュ」
箱ごと顔に押し付けられ、前は野菜ジュースのストローすらさせなかったことを思い出して更にダバダバと涙が出てきた。
「デザートの林檎があります……!」
「……うう、美味しい……」
航琉くんは俺を宥めようとしてか林檎を口元に運んでくるし、美味いし、泣きながら食べる俺をものっすごい間近で見ていたし、その光景に暁は引いていた。
「あの絵は……」
夜、俺の部屋にて。
食後に「二人とも泊まっていったら?」と母さんが提案し、暁は遠慮しそうになってたけど航琉くんが即答で
「泊まります。ありがとうございます」
と返したためか、胸の前で横に振りかけていた手を下ろして航琉くんの態度を見習うように
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
と頭を下げ、今は寝る支度中。
「絵?」
「ストラップの……いや、美術室の絵だ」
『夜明け』。
ヤミポンが嫌っていた、キョウさんが綺麗だと思った、大星さんの描いた絵。
それは触れれば痛みのあるような、心の凍った場所にあるもののような気がして、続きを促して良いのか迷った。航琉くんが背筋を正して暁を向いて聞く姿勢をとり、暁もそれを見て一度閉じていた口を再び開く。
「描き上がったのを見せられた当時、あの絵に描れた四人は、僕と、僕の両親と、大星だと言われた。不仲な家族がいつか仲直りして、そこに自分も居られたらと思って描いたのだと。無神経だと思った。今でも、どうしても綺麗とは思えない」
ひどく冷たく、静かな声だった。
「だけどキョウは……それを夢見ていたよ。いつか家族で仲良く暮らせる日が来るんじゃないかって。……馬鹿だよな……」
暁は、目元を押さえて静かに泣いていた。
肩に手を置くとか、背中をさするとかが出来ないでいると、航琉くんが絵本を差し出してくれた。ちょっと前に俺が買っていたものだ。
読み聞かせをすると暁は眠たそうにしたので、布団に促したらすぐに眠った。
寝る直前、その表情はとても小さな子供のように見えたけど、起きた後はいつもの暁だった。
