憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

「出すべきじゃない部分が出てるって言ったじゃん?」
 食べ終わって、帰り道。
 俺はちょっとずつ感覚を考えに変換しながら暁に話しかけた。
「ああ、そうだ」
 "正常"とか"異常"という言葉を暁は"良いもの"と"悪いもの"として使っていると思う。
 キョウさんは、暁の一部だ。会えて嬉しいと、俺は思う。
 それに、副人格として俺を守ってくれたヤミポンを否定したくなかった。あれは二重人格ではないけど、人格が二つある状態ではあった。
 例え本人であっても、異常だとか、悪いものみたいに言われるのは嫌だ。
「そうならざるを得なかったんじゃないのかな……苦しくて泣いちゃうのと同じみたいに……。泣けるときに泣いたほうがいいって思うのは、……えーと、俺の場合は泣き喚いてスッキリしたけど、暁の場合は人格の表出とか分断の強化に、なる……? っつーか、なんでもかんでも同じ扱いダメだよな、泣くのとは違うよな……航琉くんが同性を好きってのも俺いまだに同性愛と異性愛の違いよくわかんないし、航琉くんが女の子だとしても好きだろうし、えーと、話ずれた、つまり、その……ごめんわかんなくなってきた……」
 言語化失敗。思考があっちこっちに行ったままだった。しかも後半ノロケみたいになった。何がしたいんだ俺は。
「後半部分に関しては君個人の感覚としてだけならばそれ程問題ではないだろう。社会という視点で考えるときには困るが。航琉くんにとっては違うだろうしな。個人と社会は相互に影響を及ぼす……難しそうな顔だな、この辺りは今度君向きの簡単な言い回しを考えておく。人格の分断や強化に関しては分からない。出さないようにしたいとは思っている。泣くとのは違うと感じる。それで、……悪いが、何を言いたかったんだ……?」
 困惑させてしまった……。
「ごめん、何が正しいんだかなんなんだかわかんなくなっちゃって……」
「構わない。流通している正しさや名言よりも、親しい友人の正しいんだかなんなんだかわかんないもののほうが愉快だ。許容出来ない言動であれば指摘する。代表者ではなく一個人としてな」
 違うと言われたってことは違うんだろうし、間違ってること言って傷付けたくないけど……腫れ物みたいにして遠ざけるのも、違う気がする。
「……さっきも言ったやつだけど、出すべきじゃないとは思わないし、異常とか悪いものみたいにされるのは」
「キョウは」
 落ち着いた声だった。怒りや拒絶は感じないけど、俺の言葉を遮って止めたのは続きを聞かないためだろう。
「人に暴力を向けたがる人格だ。知っているだろう」
「そりゃ……まぁ……」
 暁はふぅっと肩の力を抜くような溜息をついた。
「そんな自分に嫌気が差したらしい。暴力を人に振るわない代わりに自分に向ける人格がやや出来つつある。ソイツが何をしでかすのかわからないし、今がそうなのかも分からない」
「えっ!」
「この体はアザだらけだった。大星が一回だけ見たことがあるそうだ。他者から見ると性格と記憶はそのまま、『不注意だった』と言い訳をして自らを害するんだと。それをキョウも僕も覚えていない。自分でやったことだけはボンヤリと理解している。コイツを確立させたくないんだ」
「それ、は……」
「悪とか異常とかの言葉を使わないとしても、良いものではないだろ。気付いたら肉体を失っていた、なんてことになりかねない。要因不明で数時間から数日吹き飛ぶ記憶喪失もよく起こるし、……何度も、同じことを喋っている可能性が……もしかして今もそうか……?」
「いんや、色々初耳」
「そうか……」
 明らかにホッとした表情だ。でもすぐに顔が曇った。
 さっき話していたときの声色の変化から思うに、忘れてしまうことそれ自体より、忘れて人に迷惑を掛けることを気にしていそうだ。
「何度同じこと話しても良くない? 俺も何度も同じ話するから聞いてほしいんだけどな。ヒーロー番組の最終話とか、永遠に喋り足りないから」
「……わかった」
「でも今は暁の話聞きたい。ずっと喋ってくんなかったし」
「喋ってはいただろう」
「喋ってただけだろ! なんも教えてくれなかったじゃん!」
「言ったところで無意味だと思っていたからな。……今も無意味か……何故僕は話しているんだ……?」
「俺が嬉しいから」
「……。……ハァ……」
 慣れ親しんだ溜息だ。否定をしてこないってことは、納得がいったってことかな。
「以前よりは、本当にマシなんだ。記憶喪失も人格交代のせいではなく、物忘れを思い出せないだけの可能性もある。これに関しては治る事例はあるそうだ。感覚としての違いは、分からないが……」
 相槌の意味で視線を向けると、頭に手を当てて暁は続けた。
「人格交代にせよ記憶喪失にせよ、"僕"として意識がハッキリした瞬間はそれまで眠っていた感覚で、眠気が起きないのが今は困り事だ。体は起きていたわけだから、後から一気に眠くなる」
 なんてことないみたいに話すけど、俺からすると、すごく大変そうだ。
「……前よりはマシって……今も結構、大変そうに見えるけど……」
「あぁ、それは……」
 ふっ、と笑って暁がこちらを向いた。
「その体に居たことで健康な状態に慣れ親しんだらしい。腹が減れば食べるとか、疲れたら休むとか、自然と出来るようになった。……それと、身体の反応で嘘をついているか否か、緊張しているのかリラックスしているのかも分かってしまった」
 少し口籠もって、目を逸らされた。肉声で顔が見えると、合成音声と輪郭だった頃より感情が分かるのがやっぱり良い。
「……だから、君が信頼に値する人間であることも知ったし、この世界に安心できる場所があると知った。その場所が僕のものではなくても、その体が、友人や……家族と居るときにあまりにも安らいでいるものだから。心臓で分からせられてしまった。影響が、今も残っている。人と過ごすときの原因不明の謎のストレスのようなものや過ごした後の気分の波が殆どない。それ以外でも前よりずっと安定している。とんだ荒療治だよ。全く医学的じゃない」
 後半だいぶ早口だったのは、照れ隠しだろう。少しは素直になってきたのかもしれない。
「よくわかんないけど、よかった? のかな」
「ああ、よかったよ」
 皮肉げに笑うのも、きっと照れ隠しなのだろう。
「そういえば、キョウが屋上に来たのは僕を取り戻すためだったらしい。既に実家は出ていた」
「へっ!? 結構壮絶な言い争いしてたような……」
 片方は要らないとかなんとか……を言葉にするのは憚られた。本人達が言っていたことの引用だとしても、あんまり口にしたくはない。
「精神の中核を失い体調を大幅に崩していて、願掛けや思い込みでも構わないから同じことをすれば取り戻せるんじゃないかと考えたようだ。あの言い争いは……売り言葉に買い言葉、だ」
「やりすぎだろ……」
「悪い癖だな。ほぼ自動で喋って止まらなくなる。人生の課題にするよ。ついでになんだが、屋上の七不思議は大昔からあるそうだ」
「あ!??」
「高三当時は学内で情報を集めていたが、今回のキョウの情報源は昔から住んでいる近隣地域の方々からだ。屋上の噂を知っている人は多かった。怖い話ブームは流行っては廃れてを繰り返している。廃れた時期の長いここ数年の教師生徒が知らないのも無理はない。大方君はどこかで耳にしたものを薄っすら覚えていて、自分の発想だと思い込んだんだろう」
 つまり、真似したものを自分発祥だと思い込んでたってこと……? 
「……なんか、それってすっごくイヤ……」
「だろうなぁ……」
 同情の眼差しを向けられている。自分が作ったと吹聴する気はなかったけど隠す気もなかったし、クラスの雑談とかで言う前に知ることが出来て良かった。この恥は一人で抱えきれないから、暁からの同情は有り難く受け取っておこう……。