憑かれ告られ愛となれ、そして友となれ!

「荒療治でどうにかなれば専門家は要らない。ただ、専門家曰く専門家だけでもどうにもならない。日々の生活が大切……らしい」
 連絡先を交換して、ちょこちょこ会うようになって少しした頃、デート服の買い物に付き合って貰った後で一緒にメシを食べているとき、暁がふとそんな話をした。確か今はどう過ごしているかとか、体調はどうなのかとかの流れだったと思う。
 ちなみに連絡先の交換にもやや苦労した。「必要か?」と聞かれて「友達だろ!」とゴネたらしぶしぶ了承してくれた。逆になんで必要じゃないも思ったんだよ。偶然じゃ会えない仲なら連絡先必要に決まってんだろ。
 交換するときは嬉しそうな顔をしていた。輪郭と合成音声だった頃と比べると、分かりやす過ぎて怒る気にもなれない。
「僕は……精神疾患というやつだ。知っての通りだと思うが。僕自身、その状態がマイナス要素であるという偏見があって具体的な病名を口にすることにはまだ抵抗がある。治ってはいない。生前……という言い方が正しいのかはわからないが、以前と状態としては何一つとして変わってはいないんだ。……何一つ、は言い過ぎか。多少は良くなったが、解決したわけじゃない」
 荒療治、というのはあの屋上での出来事を指すらしい。「体に戻ってきたという一点においては非常に効果があった」そうだ。
「そっかぁ。結構キョウさんも遊びに来るもんなー」
「はぁ!??」
「あれ、無自覚?」
「いや、思い出そうとすれば思い出すことは出来る……くそっ、ド忘れの範囲かと思っていた……」
 日常の全ての出来事や会話を一分一秒一字一句覚えていられないように、暁の場合は人格が交代しているときのことを「大まかな部分は覚えている」んだとか。とはいえ話に聞いていると、俺にとっての何年も前の遠足くらいのレベルで記憶には残っていない。事実として何をしたのか、本当に大まかな部分だけが残るようだ。きっかけがあれば詳しく思い出すこともあるそうで、数日前の食事のメニューと同じ感覚だ、と本人は言っていた。
「別に人格がいくつあろうが、生活に問題がなければいいんだ。だがどの病状由来だか分からない不調がありすぎる」
 詳しく聞こうとしたら「書籍に書いてあるようなことしか起きてない。珍しい症例じゃない」と言われた。当てはまるものと当てはまらないものもあるだろうし、俺は暁自身のことを知りたいと伝えたら
「僕の場合は珍しくはないが、その通り万人に当てはまるものでもない。代表だと思わないでくれよ」
 と、前置きし、
「……不便なんだ、色々と」
 と、愚痴をこぼすように教えてくれた。
「治療をしたいんだ。以前よりはマシだが、眩暈やだるさはよく生じる。稀に幻聴……内面の声や過去の印象的な言葉ではなく、その日聞いた駅のアナウンスとかが延々に聞こえてしまって疲れるし、臨場感があるから今いる場所と聞こえる内容が違って混乱する。旨みも面白味もなさ過ぎる」
「面白味」
「幻聴と言えばもっとサスペンススリラーのようなものじゃないのか? 二重人格においても、僕の場合は旨みがない。ほぼ性格は変わらないし、記憶も一応は保持できている。『二重人格』としての面白さがないんだよ。自分でも今だに疑ってるくらいだ。あくまで二面性とド忘れじゃないのかと」
「面白さで測るものじゃないだろ……それに、その……」
 明らかにキョウさんは確立された人格として存在してるように見えるけど、あんまり指摘するのは良くないのかな。多分暁は、自分がその状態であることを否定したいんだと、思う。
「分かっているさ。何度珍しくないと強調したところで、他人から見れば奇妙だ」
「そんなことは」
「人格が交代するという感覚も、ちゃんとある。認めたくはないが、意識を喪失して……或いは喪失せずに外から見ている感覚か内側に閉じ籠る感覚で、体は勝手に動いている。『思い出す』ことは出来る。でもこちらの意思とは違う言動を取っている。人付き合いをすれば違和感を抱く人も出てくる」
 突然普段と違う人物像になられたら、びっくりする人は居るだろう。俺も知らずに今の暁に出会ってキョウさんが現れたら、驚いたと思う。
「恥ずべきことだ。本来人前に出すべきではない部分が出ている。対人における社会的な在り方を維持出来ていない。……好奇の目に晒されるのも嫌だ……隠して過ごしたい。幸い、隠せる範疇だと、思う」
「恥ずべきとは思わないよ。出すべきではないとも、思わない」
「君は甘すぎる」
「なら、もしも俺が同じ状態だとしたら恥ずべきだって思う?」
 ヤミポンが居た頃は二重人格のふりをしていたけど、周りは誰一人としてそんなことは言わなかった。
「……酷な質問だ。解答を拒否する。君に向けるものを自分に向けることは出来ない」
「うーん……」
 それは俺に対しては思わないけど自分は許せないってことか……。
「親しい間柄に向けられるものと社会は違う。……正常な人間として、社会で生活することを目標にしたい。そう考えるのは、異常な思考ではないと信じたい……」
「正常、って……」
 正常ってなんだろう? なんて、哲学的な現実逃避を言いかけた。そんなことを呑気に思いそうになったのは、俺がおそらく正常側だからだ。
 安易な言葉で、『単なる違い』とか『個性』とかでこの場だけで片付けられる程、社会の正常の範囲は広くはない。
「うーん……う〜〜〜ん……なんかヤダ……」
「やだ?」
 俺はテーブルに突っ伏した。考えがあっちこっちに行って頭がパンクしそうだ。
「気持ちを言葉にすんのは割と得意なほうだと思ってんだけど、社会とか出てくると……難しい感じするし、今のはなんか、社会もだけど、個人として嫌だった」
「そうか。何故?」
 気持ちを言葉にするのは得意とはいえ、入手したばかりの感覚の情報を即座に人にわかりやすく変換するのは簡単じゃない。
 正常とか異常とか、なんか嫌だ。